黙ってすっこんどいたら良かったのに

朝山みどり

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39 出会い ミナ目線 2

 
 
 休みの日、彼の言った通りにお店へ行った。

 ショッピング街の中心、ガラス張りの眩しい店。
 扉を開けた瞬間、軽やかなベルの音が鳴った。

「あ、来たんだ」

 彼は店の奥にいて、笑顔で近づいてきた。

「本当に来てくれたんだね。嬉しいよ。思った通り、うちの服が似合いそう。服のセンスがいいね」

 店のライトが反射して、彼の瞳がキラキラして見えた。
 私は緊張で、手の指先が少し震えていた。

「よかったら着てみて、どんなになるのか見たい。見たいだけだからね」

 そう言って、いくつかの服を軽く手に取って見せてくれる。
 彼の仕草は慣れていて、洗練されていて、そのたびに胸が高鳴った。

「どれも似合いそうだけど、一番はこれかな?」

 彼が差し出したのは、淡いベージュのワンピース。
 触れると柔らかくて、女の子らしいシルエットだった。

「え……こんな……高そう……」

「うちの服の欠点は高いことなんだ。買わなくていい。ただ、君が着たらどうなるか見てみたいだけ」

 服を受け取って着替えてみた。試着室も豪華だった。

 服は袖が長かった。

 試着室から出ると、

「いいねぇ。思ったより似合う。君のための服みたいだ」

 わたしは照れて笑った。

 彼はそばにくると、

「肩のラインがしっかりしてるから、服が映えるねぇ」と言いながら、わたしの肩から、腕にかけて撫でて

「袖はこのままでもいいかな」と言いながらたくしあげて、

「少し詰めた方がいいか」と言った。

「着替えてきますね」と試着室に戻った。

 彼が触れた肩から腕にかけて、じんわりと熱が広がっていた。撫でられた場所だけ、空気よりも体温よりも、ほんの少し高い気がする。
 彼の指先の形が残っているようで、息を整えようとしたけれどうまくいかなかった。

 試着室のカーテンをそっと閉じ、鏡の前に立つ。さっきよりも自分の肩のラインがはっきり見える気がするのは、気のせいだろうか。胸のあたりがふわっとして落ち着かなくて、わたしは一度深呼吸した。

 彼の声が外から聞こえた。

「ゆっくりでいいよ。焦らなくていいから」

 その落ち着いた声に、またさっきの熱がぶり返してくる。鏡越しに、自分の頬が赤くなっているのを見て思わず手で触れた。冷えた指先が触れたのに、火照りは少しも引かない。

 着替え終わっても、試着室のカーテンを開ける勇気がすぐには出なかった。だって、顔が赤いのだもの。彼の指がかすかに残したあの感触が、肩のあたりでまだ静かに疼いている。

 こんなことでどうするの、わたし。

 そう思いながら、一度小さく息を吐いて、やっとカーテンに手をかけた。


 その後、食事に行った。食後のコーヒーを飲みながら、彼は穏やかな声でいろんな話をしてくれた。
 仕事のこと、スタッフのこと、ショッピング街の裏側のこと。

 私の話もちゃんと聞いてくれた。

「清掃、辛いよね。でも、絶対見てる人はいる。段ボールの処理もそうだけど、君の手は綺麗だし、動きも丁寧。仕事に対する姿勢がいいよ」

 そんなこと、誰にも言われたことがなかった。

「褒めるの上手なんですね」

 思わずそうこぼすと、彼は笑った。

「本当のことだから言えるんだよ」

 胸の奥がじんわり温かくなった。


 家に帰ると、トオルはいつも通り暗い顔でスマホを見ていた。

「おかえり」

「ただいま」

 こちらをみてもくれなかった。今日はいつもよりおしゃれしているのに。

 胸の奥に沈んでいた何かが、ひどく重くなった。

 私は、ダイスケさんに言われた「キラキラした娘」という言葉を思い出していた。

 本当に、私はキラキラしているのだろうか?
 清掃の制服を着て汗を流す姿でも、そう見える人がいるのだろうか。

 トオルがため息をついて、冷蔵庫から発泡酒を出した。

 わたしも一本飲むことにした。ダイスケさんの笑顔を思い出すと美味しいような気がした。


 数日後、清掃の仕事中、またダイスケさんに会った。

「ミナちゃん、今日も頑張ってるね」

「はい」

「君のこと、見つけると嬉しくなる」

 その言葉は、救いのように聞こえた。

「また休みの日、お店においでよ。話したいこと、まだあるし」

「……はい」

 その返事は、心の奥で自然に出ていた。

 おしゃれした娘たちが楽しそうに話しながら、通り過ぎて行く。

 だけど、どの娘より、あの日、試着室の鏡に写っていた自分がキラキラしていると思った。

 ローンがなければわたしが一番キラキラしているのに。

 ダイスケさんも喜んでくれるのに。そう思った。


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