黙ってすっこんどいたら良かったのに

朝山みどり

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41 転機 トオル目線

 あの朝、俺はいつも通り、廊下を歩いていた。
 出社が遅い男が前からやって来た。いつものように。

「おはようございます」
「・・・おはようございます」

 すれ違う時の一言。それだけだ。だが、今日は違っていた。


「少し……お話してもいいですか」

 話しかけられた。あれについて聞きたいのだろうか?

「俺に、ですか?」

「はい」

 一緒に隅に、エレベーターホール横に移動した。思考過程が一緒?


「どうして、この会社に残ったんですか?」直球だ。

 答えてやるか。

「ここ……冷暖房、完備なんですよ」

「……え?」

 構わず続ける。

「ショッピング街より楽そうだと思ったんです。あそこ、外気の影響を受けるし、人も多いし。
 冬は寒いし、夏は暑い。でもここは、温度も湿度も一定でしょう?」

 彼は言葉もなく黙って聞いていた。


 しばらくして思いがけない話をされた。

 地方に新しい会社。まぁネット環境をうんと強化した場所だろうことはわかる。

 わかるが・・・・

 要は、この俺を社長とする会社を作るとか・・・文字通り作るらしく、建て始めたそうだ。

 彼はネットをいじるのは得意だが、それ以外はダメだとか。まぁそうだろう。

 それで一緒に出来るのは俺?挨拶してたのがよかった?


 そして、あの社長と面談した。


「あなたの経歴、能力、トラブル。それから…会社内での立ち振る舞い。全部評価しています」

 淡々とした声だった。
 褒めるでもなく、甘やかすでもない。ただ選んでいる口調だった。

「人集めも任せます。信頼できる人なら誰を連れてきても構いません。いえ、誰を連れて来てもかまいません」

「ただ、すぐにでもと言いたいですが、まだ、会社が建っていませんので、しばらく修行をしますか?紹介します。修行も部下を連れて行ってかまいません。社宅もないですから、支度金を出します。新しく出発して下さい」

「はぁ」

「期待してます」

 なんだか、足元がふわふわした感じで部屋を出て廊下を歩いた。

 だんだん、足に床の硬さを感じ始めた頃、ミナのことを考えた。

 色々あって、人生が狂ったけど、地方、知ってる人がいない所で新しく始めることはどうだろう?

 二人の人生は一緒にならないだろうけど、それぞれが新しく好きな所へ行けるだろう。

 それに支度金は魅力的だ。借金がなくなるってだけで息苦しさから解放される。


「ミナ。地方に行くけど、仕事がある。俺と一緒に来ないか」

 リビングのテーブルで向かい合ってそう切り出した。

「……わたしも新しい道を見つけたの。誘ってくれてありがとう。でも行けない」

 そうなんだ。よかった。だから、最近おしゃれしていたんだ。よかった。ミナはやっぱりおしゃれして笑っているのが一番だ。


 胸が少し痛んだが、それと同時に妙な軽さも感じた。
 残念、という気持ちと、あぁこれで縁切りだ、とほっとする気持ちが、交互に浮かんできた。

 俺たちは、二人の終わりを直視出来るようになったんだ。

 引っ越しの準備は思ったより早く進んだ。

 家具も家電も全部処分した。
 ローンは仕度金で払い終わった。


 そして最後の夜。もう、ミナは新しい部屋に引っ越している。その費用は俺が負担した。支度金から出したらいいと勧められたのだ。
 俺がそうすると推察されていたみたいだ。

「その方が、スッキリするよ。彼女にも支度金を出すつもりだったから、ちょうどいいよ」

「うん、助かる」

 この殿方の口ぶりが気になったが、もう、どうでもいいだろう。ミナの出発を祝おう。

 そしてミナが新しい部屋に移って行った。

 広い部屋が空っぽになった。

 テレビもない。ソファもない。ミナが欲しがったテーブルさえ、もう誰かの家へ運ばれていった。

 残ったのは、照明とエアコン。最初の夜みたいだった。




 ビールを飲み、持ち帰りピザをかじった。
 ベランダに出ると、夜風が強くて寒かったが、気持ちよかった。

 街の明かりがポツポツと点いている。

 俺はコートをかぶって、床に寝転がった。


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