お江戸を指南所

朝山みどり

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第15話 美也子屋

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ミツジは美也子屋を出入りする客をさりげなく見ながら裏口へ回って見る。ちょうど八百屋が野菜を届けに来たところだった。
あの娘の格好は客のまえにも出られそうな格好だったが、せいぜい片付けって所だなとミツジは考えていると、娘が二人裏口から出て来た。神社に入ると二人共神妙に手を合わせている。一人はあの日泣いていたシズだ。

さっそくミツジは声をかけた。
「ご利益は本物だ。また美人さんに会えた。しかも二人だ」と言うと大げさに柏手を打って
「ありがとうございます」と言った。
それから二人を見て
「美人さんが忘れているといけないから、俺はミツジロウ。ミツジと覚えてくれ。こうして会えたんだ。名前を教えて欲しいな」
「どうする?キヨちゃん」とシズが言うとキヨは
「シズちゃんそれだと名前が」とシズを軽く叩いた。

「キヨちゃんとシズちゃん。美人は名前もきれいだね」と笑った。
それから
「おっとお嬢さん二人を邪魔しちゃいけないね」と言うと
手を振って去って行った。

「ああいう人に騙されないようにって家で言われた」とシズが言うと
「ほんとよね」とキヨは答えたが、『優しい面を知ってるから』と思っていた。

さて、千夏は仕立て上がった新しい帯を千代から譲られた着物に合わせると、気分が弾んで出かけたくなった。そこで甘酒を飲みに行った。
「やっぱり、甘酒はここのが美味しいわ。キヨちゃん元気にしてるかな」と千夏はトセに言った。甘酒屋を出ると二人の足は自然にキヨが働く美也子屋の方へ向かった。
「お嬢さん、誰もが振り返りますよ」とトセが誇らしげに言った。
「トセったら、着物と帯が良いのよ。」と千夏は美也子屋の前を通りながら言った。

「寄って見ますか?」とトセが言うも
「ううん、やめとく、でもキヨちゃんいるかな?」と千夏は答えると
「まだ、お店にはいないでしょうけど・・・簪は旦那様からも買うように、まぁいいと思いますが、もう一度お話してからのほうがいいでしょう。でも手柄なんかだったら」と重ねてトセが言うと
「そうね。ちょっと見たいわ」と千夏は答えた。
「お嬢さん、笑顔はやめておすましですよ」とトセが言った。

美也子屋は、今風なものを置いてある店だ。のれんをくぐると
「いらっしゃいませ。どうぞごゆっくり」と声がかかったが店のものはよって来ない。
「見せて下さい」と言いながらトセは店内を見回した。
簪、櫛、おしろい、紅、こっちには懐紙入れ、手柄もあった。
千夏の目が止まったのは刺繍のついた手柄だった。これならトセに刺繍して貰うともっといいものになるなと思ったのだ。
そして千代の着物をうそつき襦袢にして残ったところを手柄にしてもいいなと千夏は手柄の前に立ったまま考え込んでしまった。
気に入ったのだと思ったトセは
「お嬢さん、どれもいいですね」と声をかけた。
「うん?トセ!」と少しびっくりして千夏は答えた。小声で
「自分で作れそうかなって見てたの」
トセはそれを聞くと
「たしかにそうですね。でもひとつ買いましょう。それから糸も買いましょう」
と糸の方に移動した。

手柄を一つと糸を買った二人は店を出た。
「お嬢さん、簪を一つ、二つ買いましょう。いや、一つでいいですね。奥様とあちらの旦那様の上方土産がありますからね」
「まぁトセ、まだ上方にも着いてないでしょうに・・・」
「でもかならず、いくつも下さいますよ」とトセが言うと
「うん、わたしもそう思う」と千夏も答えて、堪えきれずに笑った。
「残念、最後までおすましできなかった」と千夏が言うと
「まぁお嬢さんは笑うともっと綺麗ですから」とトセも笑った。

「あら、笑うとまた・・・」と奥で店を見ていた女中が言った。
「綺麗な人が来た」と言うので見に来たのだ。
そのなかの一人キヨは
『やっぱり千夏ちゃんは綺麗だ。それに店の人、番頭さんも注目してる上客ってわかるんだ』と誇らしい気持ちと憧れ、それに少し嫉妬の混じった気持ちで二人を見た。

二人は手柄と糸を買ったが、ちょうど手が空いた番頭がお金を受け取り、丁寧に挨拶して送り出した。番頭を見て手代も小僧も頭を下げて見送った。


昼前ごろ、ゴスケをお供に番頭自ら着物を届けに来た。千夏は最初に買った八丈を着ていた。
「お嬢様、本当にお似合いです。こちらもお似合いですよ・・・その出来れば」と言う番頭に頷くと千夏は着替えて見せた。
「まぁお嬢さんこちらもいいですよ」とトセが言うと番頭もゴスケも
「本当に」と相槌を打った。
「お嬢様、合わせに直しましたら帯を見にいらして下さいませ」と番頭がそっと言うのに千夏は頷いた。


霧山の家では七人が一度、本宅に引き取られた。そのあとこちらにセンゾウとリキが戻って来て六三にこき使われている。順三郎の生活はあまり変わらない。時間があれば生垣越しに「千夏殿」と呼びかけては話をする。
「あの?順三郎様、幽霊は出ませんか?」と千夏に聞かれて順三郎はどきりとした。
「幽霊ですか?」
「はい、わたくし黙っておりましたが、幽霊屋敷と言われてましたのよ」
「はて、どうでしょうか?夜は寝ておりますから・・・」と至って真面目な顔で順三郎が答えると千夏は笑って
「順三郎様。真面目な顔で冗談をおっしゃいますのね」と言った。
「いえ、冗談ではなく・・・夜は・・・」と順三郎はちょっと赤くなってぶつぶつ言ったが
「千夏殿、折り入ってお父様に指南をお願い致したいことが出来ました」
「なんでしょうか?」
「いえ、それは直接・・・」と順三郎は口ごもった。
「今日、戻り次第連絡を差し上げますから、お話して下さい」と千夏が言うと
「お願いします」
「それでは、戻りましたらお知らせに参ります」と千夏が言うと
「お願いいたします」と順三郎が頭を下げて
「それではちょっと準備を致します。失礼」と去って行った。

平治郎が戻るとすぐに千夏は父と話した。それでトセが使いに行った。

トセと一緒にやって来た順三郎は平治郎と玄関で打ち合わせをしてすぐに帰って行った。
「あれ、もうお帰りですか?」と千夏ががっかりしたように言うと
「あぁ、お互い忙しいからね」と平治郎が答えると千夏はちょっと父を睨んだ。

「明日、早朝に打ち合わせをすることになった。朝飯前にちょっと二人で出かける」と言うと平治郎は
美也子屋の話をするトセに
「好きなものを買えばいい。遠慮するな」と返事をして
「千夏も遠慮しないでいいからな」と言ったが
「あっ千代たちがたくさん買ってきそうだな・・・まぁいいか」と首をかしげながら言った。
「旦那様もそう思いますか?「あら、お父様もそう思うの?」と同時に言った二人は顔を見合わせて吹き出した。
「いや、それくらい・・・千代と言うよりシゲ子さんが買うだろう」と平治郎が言うと二人の笑いは大きくなった。
「「本当に」」という声に平治郎も笑った。

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