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50 披露宴 フローラ目線
50 披露宴 フローラ目線
結婚式の華やかな喧騒の中にいても、わたしの心はどこか落ち着かなかった。
笑い声や、すべてが遠くに聞こえる。
まるで、わたしだけが別の場所に立っているみたいに。
視線を上げる。
そこにいるのは、お姉さまとアレク様。
並び立つ二人は、あまりにも自然で、まるで最初からひとつの絵として描かれていたかのようだった。
「きれい」
思わず、誰にも聞こえない声がこぼれる。
悔しいけれど、否定できない。
お姉さまは、確かに輝いている。
そして、その隣に立つアレク様は、その輝きを当然のものとして受け止めている。
周囲の視線が集まるのも、無理はなかった。
その光景を遠くから見ていると、胸の奥がじりじりと焼ける。
どうして、あんな顔ができるの。
どうして、あんなふうに立っていられるの。
式が終わり、人の流れが緩やかになる。
その中で、お父さまとお母さまが、お姉さまに近づいていくのが見えた。
わたしは無意識に眉をひそめる。
今さら?
足を止めて、耳を澄ます。
「ミネルバ……その……」
お父さまの声が、やけに小さい。
あれほど強気だった人が、こんな声を出すなんて。
お母さまも、いつものような勢いはなく、どこか取り繕うような笑みを浮かべている。
「お身体は……大丈夫なの?」
その言葉に、お姉さまはゆっくりとうなずいた。
「ええ。問題ありませんわ」
穏やかで、やわらかい声。
けれど、そこに温度はなかった。
「ご心配、ありがとうございます」
丁寧な言葉と完璧な礼儀。
それ以上でも、それ以下でもない。
お父さまが何か言いかけて、言葉を失う。
お母さまも、続ける言葉を探している。
けれど「では、失礼いたしますわ」
お姉さまは静かにそう言って、一歩下がった。
その動きに迷いはない。
それは、はっきりとした拒絶だった。
わたしは思わず息を吐く。
なんて、きれいな拒絶。
なんて、冷たい微笑み。
その後の披露宴で、席に着いたとき、すぐに違和感に気づいた。
お姉さまの姿がない。
「ミネルバ様はご欠席とのことです」
侍女が小声で告げる。
「お身体を考えて……との配慮だそうです」
胸の奥で、何かがほどける。これでいいのよ。
グラスを持つ手に、少しだけ力を込める。
これで、ようやく、主役は、わたし。
小さく、心の中でつぶやく。
宝石を散りばめたドレス。
完璧に整えられた髪。
隣には控えめに微笑む夫。
すべてが揃っている。
これ以上ない舞台。
だったはずなのに……
「ミネルバ様、本当にお変わりありませんでしたわね」
「ええ、あの落ち着き……さすがとしか」
「灰色のドレスも素敵でしたわ。あれ、特別なお仕立てでしょう?」
「アレクサンダー様のあの態度……あれほど大切にされているなんて」
耳に入ってくるのは、そんな声ばかり。
思わず、唇が動く。
どうして。
いない人の話題で、会場が満ちている。
笑い声の中に、お姉さまの名が混ざる。
わたしはグラスを置いた。
指先がわずかに震える。
声を整えて、隣を向く。
結婚したばかりのロバート・スペードに話しかけた。
「ロバート。わたし、あのお菓子をいただきたいですわ」
できるだけやわらかく、愛らしく。
「ああ」
彼は立ち上がると、皿を取りに行く。
その背中を見送りながら、わたしはそっと息をつく。
途中で揶揄われて、笑いながら彼は戻って来た。
「遅くなりました。美味しそうだね」
「ありがとうございます」
にっこりと笑って受け取る。
けれど、そのとき、気づいた。
ロバートの視線が、わたしではなく、どこかの誰かに向いていることに。
「ロバート?」
小さく呼びかける。
「ん?」
ようやく視線が戻る。
けれど、その目はどこか空虚だった。
「どうかされました?」
「いや……なんでもない」
嘘ね。すぐに分かるわ。
あの人を、見たいのね。
お別れしたあの人を。
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。
こんな未来がくるなんて、あの時は思ってなかった。
もっと、違うはずだった。
華やかで、煌めいていて、みんなに取り囲まれて。
幸せを独り占め。すべて、わたしのものになるはずだったのに。
笑い声が遠くなる。
音楽が、ただの雑音に変わる。
わたしは、ゆっくりと周囲を見渡した。
誰も、わたしを見ていない。
夫でさえもみていない。
両親もみてない。声高にお姉様とアレクサンダー様のことを話題にして……
相手にされてないのに、みっともない。
手に持った菓子の甘さが、急に重たく感じる。
わたしは主役の席に座っている。
それなのに、まるで、舞台の端で踊らされているみたい。
お姉さまの残した光の中で。
お姉さまの余韻の中で。
思わず、笑いがこぼれた。
誰にも気づかれない、小さな笑い。
これじゃ、道化ね。
こんなにも着飾っているのに。
こんなにも華やかなのに。
幸せなはずなのに。
なにがいけなかったの?
結婚式の華やかな喧騒の中にいても、わたしの心はどこか落ち着かなかった。
笑い声や、すべてが遠くに聞こえる。
まるで、わたしだけが別の場所に立っているみたいに。
視線を上げる。
そこにいるのは、お姉さまとアレク様。
並び立つ二人は、あまりにも自然で、まるで最初からひとつの絵として描かれていたかのようだった。
「きれい」
思わず、誰にも聞こえない声がこぼれる。
悔しいけれど、否定できない。
お姉さまは、確かに輝いている。
そして、その隣に立つアレク様は、その輝きを当然のものとして受け止めている。
周囲の視線が集まるのも、無理はなかった。
その光景を遠くから見ていると、胸の奥がじりじりと焼ける。
どうして、あんな顔ができるの。
どうして、あんなふうに立っていられるの。
式が終わり、人の流れが緩やかになる。
その中で、お父さまとお母さまが、お姉さまに近づいていくのが見えた。
わたしは無意識に眉をひそめる。
今さら?
足を止めて、耳を澄ます。
「ミネルバ……その……」
お父さまの声が、やけに小さい。
あれほど強気だった人が、こんな声を出すなんて。
お母さまも、いつものような勢いはなく、どこか取り繕うような笑みを浮かべている。
「お身体は……大丈夫なの?」
その言葉に、お姉さまはゆっくりとうなずいた。
「ええ。問題ありませんわ」
穏やかで、やわらかい声。
けれど、そこに温度はなかった。
「ご心配、ありがとうございます」
丁寧な言葉と完璧な礼儀。
それ以上でも、それ以下でもない。
お父さまが何か言いかけて、言葉を失う。
お母さまも、続ける言葉を探している。
けれど「では、失礼いたしますわ」
お姉さまは静かにそう言って、一歩下がった。
その動きに迷いはない。
それは、はっきりとした拒絶だった。
わたしは思わず息を吐く。
なんて、きれいな拒絶。
なんて、冷たい微笑み。
その後の披露宴で、席に着いたとき、すぐに違和感に気づいた。
お姉さまの姿がない。
「ミネルバ様はご欠席とのことです」
侍女が小声で告げる。
「お身体を考えて……との配慮だそうです」
胸の奥で、何かがほどける。これでいいのよ。
グラスを持つ手に、少しだけ力を込める。
これで、ようやく、主役は、わたし。
小さく、心の中でつぶやく。
宝石を散りばめたドレス。
完璧に整えられた髪。
隣には控えめに微笑む夫。
すべてが揃っている。
これ以上ない舞台。
だったはずなのに……
「ミネルバ様、本当にお変わりありませんでしたわね」
「ええ、あの落ち着き……さすがとしか」
「灰色のドレスも素敵でしたわ。あれ、特別なお仕立てでしょう?」
「アレクサンダー様のあの態度……あれほど大切にされているなんて」
耳に入ってくるのは、そんな声ばかり。
思わず、唇が動く。
どうして。
いない人の話題で、会場が満ちている。
笑い声の中に、お姉さまの名が混ざる。
わたしはグラスを置いた。
指先がわずかに震える。
声を整えて、隣を向く。
結婚したばかりのロバート・スペードに話しかけた。
「ロバート。わたし、あのお菓子をいただきたいですわ」
できるだけやわらかく、愛らしく。
「ああ」
彼は立ち上がると、皿を取りに行く。
その背中を見送りながら、わたしはそっと息をつく。
途中で揶揄われて、笑いながら彼は戻って来た。
「遅くなりました。美味しそうだね」
「ありがとうございます」
にっこりと笑って受け取る。
けれど、そのとき、気づいた。
ロバートの視線が、わたしではなく、どこかの誰かに向いていることに。
「ロバート?」
小さく呼びかける。
「ん?」
ようやく視線が戻る。
けれど、その目はどこか空虚だった。
「どうかされました?」
「いや……なんでもない」
嘘ね。すぐに分かるわ。
あの人を、見たいのね。
お別れしたあの人を。
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。
こんな未来がくるなんて、あの時は思ってなかった。
もっと、違うはずだった。
華やかで、煌めいていて、みんなに取り囲まれて。
幸せを独り占め。すべて、わたしのものになるはずだったのに。
笑い声が遠くなる。
音楽が、ただの雑音に変わる。
わたしは、ゆっくりと周囲を見渡した。
誰も、わたしを見ていない。
夫でさえもみていない。
両親もみてない。声高にお姉様とアレクサンダー様のことを話題にして……
相手にされてないのに、みっともない。
手に持った菓子の甘さが、急に重たく感じる。
わたしは主役の席に座っている。
それなのに、まるで、舞台の端で踊らされているみたい。
お姉さまの残した光の中で。
お姉さまの余韻の中で。
思わず、笑いがこぼれた。
誰にも気づかれない、小さな笑い。
これじゃ、道化ね。
こんなにも着飾っているのに。
こんなにも華やかなのに。
幸せなはずなのに。
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