急いで戻って来た猫

朝山みどり

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10 公園 リリ子さん目線

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新しい車が来た翌日、わたしは少しそわそわしていた。
もうずっと前から「そろそろ買い替えませんか」とディーラーの人に言われていて、試乗も何度かした。
年をとると腰を曲げないで乗る車って言うのがおすすめポイント。確かに乗るのは楽だったが、最初、降りるとき地面が少し遠かった。最初に注意して欲しかったって言うと謝られたが、今後、これをセールスの言葉に入れるそうだ。

久しぶりに明るい色の服を着て、タマに首輪をはめた。

助手席にバスケットを置いてタマを入れる。スマホをセットして公園を目的地にした。

エンジンをかけるとタマがビクッとしてわたしの手元を見ている。心配なの?
大丈夫。優良ドライバーよ。

「リリ子。行きます」とブレーキから足を離した。乗り慣れない車はポンとうなって前に出た。

小さいエンジンは健気にわたしたちを運んでくれる。

ナビが優しく曲がる場所を教えてくれる。


信号待ちのたびに、タマを見て、頭を撫でる。

これからの楽しい時間を思うと、ニコニコしてしまう。


タマにリードをつけると、車を降りた。

タマは胸を張ったようにすっと歩き出した。青い首輪がよく似合っている。

「王子様みたいね、タマちゃん」と話しかけると当たり前って顔で見上げて来た。

 

芝生の道を一歩ずつ歩くたび、タマはわたしを振り返る。
時折、すっと目を細めるその顔が、何かを考えているようで面白い。

「リードが気になるの?平気よ、誰も笑わないわ」

わたしがそう言うと、タマはくるりと尻尾を揺らしてまた前を向いた。
まるで「わたしのほうが気高いのだ」と言わんばかり。

 

公園の中央に近づくと、若い人たちが何かの撮影をしているらしかった。
カメラを持った人、衣装を着た人
わたしはすぐに思い出した。
テレビで見たことがある。
あれは最近の若い人たちの「コスプレ」というもの。


突然、タマがぴたりと立ち止まった。
そして、目を丸くしてその人たちを見つめている。

「どうしたの、タマちゃん?」

わたしはしゃがんで、タマの背をそっと撫でた。
でも、タマは目を瞬かせて、まるで別の世界を見ているみたいだ。

ポーズを決める彼らを見ていてふと思った。 

この子が人間になったら、きっと誰よりも素敵な男の人になるだろう。
あの猫耳の少年なんかより、かっこよく、誰よりも優しくて、誰よりも誇り高い。

わたしが道で転びそうになれば、すっと手を差し伸べてくれる。
誰かに意地悪をされそうになれば、静かに睨み返してくれる。
春の風が強すぎれば、わたしの前に立ってくれる。

「きっと、王子様ね。あなたはわたしの――」

思わず声に出してしまった。
タマはちらりとわたしを見上げて、何も言わずにまた視線を猫耳の少年に戻す。

 

わたしはタマの耳の後ろをそっと撫でた。
撫でるたびに、タマの尻尾がわずかに揺れる。

人間にならなくてもいいのよ、と心の中で思う。

あなたはもう、わたしにとっては王子様だから。
四本の足で歩いていても、言葉が話せなくても、
わたしの王子様は、ずっとあなただけ。

 

「一休みしましょうか」

わたしはリードを軽く引いて、空いているベンチへ歩き出した。
タマはまだ少し、猫耳の少年の方を振り返っていたけれど、
わたしがベンチに腰かけると、すぐに膝に飛び乗ってきた。
 

「タマちゃん、あなたは人間になりたい?」

問いかけてみても、答えはない。
ただ、膝の上で喉を鳴らすだけ。

「ふふ。いいのよ。そのままでいいの。もうちゃんとかっこいいもの」

リュックからタマのお皿を出すと水を入れた。

タマちゃん用のクッキーを一枚齧らせた。
わたしもお茶を飲んで小さなクラッカーを口に入れた。
 

わたしはそっと目を閉じた。
公園のざわめき、タマのぬくもり。

すべてが、わたしにとっての幸せ。

人間の王子様も素敵だけれど、
今ここにいるわたしの王子様は、膝の上で喉を鳴らしてくれる黒い塊だ。

 

「これからも、ずっと一緒にいてね」

風が頬を撫でていく。

タマの尻尾が膝の上でゆっくり揺れている。

光の中で、わたしの小さな王子様は、今日もそばにいる。

 
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