急いで戻って来た猫

朝山みどり

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11 猫カフェ

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朝、小百合さんがやって来た。どうしたのかしら、普段なら畑で頑張っている時間のはずなのに・・・
何か、話したいことがありそうなので、上がって貰った。

朝イチで沸かした麦茶はまだ熱いので、昨日の麦茶を冷蔵庫から出した。
「あぁ家で沸かした麦茶はやっぱり香ばしいわね。美味しい」と小百合さんは言った。
それから、ちょっと躊躇っていたが
「あのね、お願いがあるの」
「うん」
「あのね、猫カフェに一緒に行って欲しいの」

「え?」
「タマちゃんがいるのに失礼なのはわかっているの・・・だけど・・・行って見たのよ。思い切って。そしたらね、料金が払えなかったの」
「高いの?!」
「ううん」と小百合さんは首を横に振った。
わたしは黙って小百合さんの次の言葉を待った。

「お金がスマホからなの。ピッって」と小百合さんは機械にスマホをかざす動作をしながら言った。
「わたし、そのピッって出来ないの」
なるほどね、わたしのスマホは出来る。だいたいわたしは新しもの好きだから、とっくにそれを使っている。

タマちゃんに目をやると素知らぬ顔で寝椅子に横たわっているが、こちらに興味を持っているのはわかる。
だけど、小百合さんとの友情は大事だ。それに猫カフェに興味が出てきた。新しいものだ。

「いいわよ」と答えると小百合さんは目に見えて安心して嬉しそうに笑った。
「ありがとう・・・でいつ行ける? 明日でもいい?」
「大丈夫よ」



猫カフェの中は若い人ばかりで、最初は居心地が悪かった。
でも、椅子に座るとすぐに白い長毛の子が膝に乗ってきて、喉を鳴らした。
その重さが、少しタマに似ていて、思わず、頬が緩んだ。

「可愛いわね。思い切ってお願いして良かった」と小百合さん。
撫でていると、別の茶トラも寄ってきて、机の上に顎を乗せた。
猫って、どうしてこう人の孤独にするりと入り込むのだろう。

「猫っておばあちゃん好きなの?」
「おばあちゃんって猫に人気なのね」
こんな声が耳に入った。

え?と周りを見回すと、そここで寝転んでいた猫がこちらに集まって来ている。
あら、独り占めして・・・ごめん・・・だけど。どうしようもない。
・・・嬉しい。
猫にモテちゃった。

カフェの若い店員さんが「写真お撮りしましょうか?」と声をかけてくれた。
何枚かスマホに収めて貰った。
小百合さん。いい笑顔!

せっかく遠くまで来たから、あのレモンパイの店に行った。
小百合さんとお茶を飲みながら、猫の話をした。

この前のマロンとタマの写真を見せたら、マロンに興味を持った見たい・・・
今度、マロンが来る時、誘ってみようかな。

タマへのお土産にレモンパイを買った。


レモンパイをぶら下げて、家の門を開けたとき、わたしの胸の奥がわずかにざわついた。
玄関を開けると、タマが待っていた。

玄関マットの上で、尻尾をぱたぱたと叩いている。

「ただいま、タマちゃん。お留守番ありがとうね」

そう声をかけたのに、タマはわたしの靴を嗅ぐと、ふいっと顔を背けた。
そして、廊下の途中で立ち止まり、じっとこちらを睨む。

あぁ、わかっているのか。

「タマちゃん。ごめんね。ちょっとだけね。一番可愛いのはタマちゃんよ」
これって遊んで帰って来た、旦那さんのセリフよね。

苦笑いしながら荷物を置き、タマのもとへ歩み寄ろうとした。
でもタマは素早く身を翻すと、寝椅子へ駆け上がり、背を向けた。

あの貴婦人のような姿勢で、寝椅子にどっかりと座る。
尻尾の先だけが、機嫌の悪さを物語るように、ぴくりぴくりと動いている。

「タマちゃん、お土産があるのよ。ほら、わたしの大好きなレモンパイ。
あなたの分も、少しだけ」

わたしがレモンパイの箱を開けて香りをかがせようとすると、タマは顔を背けた。
鼻をひくひくさせたものの、ぴしゃりと耳を後ろに伏せて、しんと黙っている。

こんなこと、久しぶりだ。

思えば、あの子が帰ってきてからはずっと、わたしの膝に乗っては喉を鳴らしてくれていたのに。
他の猫の匂いを纏って帰ったわたしが、そんなに気に入らないのか。

わたしはふっと笑ってしまう。
真剣なタマちゃんには申し訳ないけど、我慢できなかった。

「タマちゃん、やきもち焼いてるの?」

返事はない。ただ、ゆっくりと一度だけ尻尾が揺れる。

わたしはレモンパイを一切れ皿に乗せ、紅茶を淹れた。
タマの皿にも好物のフードを入れてみるけれど、寝椅子から降りて来ようとしない。
パイを一口、美味しい。
レモンの酸味とバターの香りが広がる。
この味をタマにも一口だけ、と指先にクリームをつけて差し出してみたが、タマは鼻先を近づけただけでぷいっと横を向いた。

「まぁまぁ、機嫌なおしてよ。タマちゃんが一番ってわかったのよ。
タマがいてくれるから、どこへ行ってもちゃんと帰って来られるんだから」

誰に聞かせるでもなく、ぽつりと言ってみる。
タマは相変わらずこちらを見ない。

ふわふわの黒い尻にそっと指を伸ばして撫でようとすると、ぴしりと尻尾が跳ね返された。

「まぁ・・・これはご機嫌斜めねぇ」

声に出して笑うと、少しだけタマの耳が動いた。

わたしはそのまま、寝椅子の足元に座り込んでしまった。
紅茶はぬるくなり、レモンパイの甘酸っぱい匂いが部屋に満ちていく。

「タマが知らん振りなのが寂しいわ」
タマはようやくこちらに目を向ける。青い瞳がきらりと光り、次の瞬間、そっぽを向く。

子どもみたいに拗ねて。いや、タマはわたしの子どもみたいなものだ。

そう思いながら、わたしはタマの背中にそっと手を置いた。
今度は跳ね返されなかった。

小さく、喉が鳴る音が聞こえる。
聞こえないふりをして撫で続けると、タマはゆっくり寝椅子から降りてきて、
わたしの膝の上に乗った。

「おかえり、タマちゃん。わたしのタマちゃん」

膝の上で丸くなるタマの毛は、まだどこか他の猫の匂いを許さないと言わんばかりに膨らんでいる。
それでも少しずつ馴染んでいく。わたしとタマの匂いに。

紅茶は冷めてしまったけれど、タマの体温で胸の奥がぽかぽかしてくる。

そうだ、明日はタマの好きなおやつを買いに行こう。
タマを喜ばせたい!

わたしの膝の上で、タマが喉を鳴らす音が、何よりのご褒美だ。


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