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18 猫がいた店
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あの日、猫カフェの奥の席で、窓際に座っていた女性がいた。ふわりとしたスカーフに、やわらかい目元。一緒にいた友人が「あんなふうに年を取りたい」と呟いたのを覚えている。
まさか、こんなところでまた会うなんて。
フリーマーケット。風が気持ちよくて、のんびり歩いていたら、ふと視界に飛び込んできた青い首輪の黒猫。小さな椅子にちょこんと座って、まるで自分が店番でもしているかのように周囲を見渡していた。
その姿に、なんとなく足が止まる。
猫の横には、見覚えのある女性。あの時、猫カフェで見かけた人だ。名前も何も知らないけれど、その時の印象が強く残っていた。優しそうで、あっという間に猫に囲まれていた。
彼女の前にはブルーシートが広がっていて、着物、食器、手芸品、おもちゃなどがが並んでいた。どれもこれも、愛情を持って使われてきたことがわかるものだった。
「このお皿、可愛いですね」
そう声をかけると、彼女は顔を上げて、
「まぁ、ありがとうございます。これはね、引き出物。もったいなくてあまり使わなかったの。これからも使いそうにないから・・・」
そう言って笑った。やっぱり、あの時の人だ。あの笑顔も、覚えている。
猫がじっとこちらを見つめている。青い瞳。まるで人の言葉を理解しているかのように、品物を見せるたびに首をかしげたり、前足でそっと近くの皿に触れてみせたりする。
「お利口ですね、この子」
「この子はタマちゃん。帰ってきてくれたのよ」
その一言に、思わず首をかしげた。けれど、彼女はそれ以上は語らず、優しく猫の頭を撫でた。
気づくと、他にも猫が何匹かいた。三毛猫、白猫、金と銀の目をした子。犬までいる。しかも、みんなそれぞれお客の近くで何かしらの役割を果たしているようだった。
一匹の猫がそっとあるワンピースの前に座ると、それを見ていた女性が「あら、これ素敵」と手に取る。猫たちは、商品のアピールを心得ているらしい。まるで役者のように自然な動きで。
わたしは何度か店を回って、またここに戻ってきてしまった。正直、買うつもりはなかった。でも、気がつくと小さな布の巾着を手に取っていた。
「これを」
「あぁ、それは娘の服を作ろうと思って買っていた布なのよ。いつか作りましょって思っているうちに娘は大人になったわ。お弁当入れにでも」
「いただきます」
そう言って財布を出すと、タマちゃんが小さく「にゃ」と鳴いた。まるで「よくぞ選んだ」とでも言うように。
そのとき、ふわふわの栗毛の犬が現れた。引き綱を持っているのは、少し年配の男性。犬はタマちゃんに尻尾を振っている。タマちゃんはするりとその上によじ登った。
「すごいですね。猫の背中でくつろぐ犬なんて初めて見ました」
「ふふ、うちのタマちゃんは、なかなか器用なのよ。あの子はマロンちゃん。とってもいい子なのよ」
ヨシオさんという男性は、少し照れたような顔でうなずいていた。だが、その目にはやはり、どこか誇らしげな光があった。
「まぁ猫さんが」と声をかけられた瞬間、猫たちが少しだけ身を寄せ合った。その連携が不思議で、見とれてしまう。
午後の風が吹いて、ブルーシートの角がめくれた。女性——リリ子さんというらしい——が腰をかがめて整え、ふと空を見上げる。
「今日は、いい一日ね。タマちゃん」
猫は、また「ナヤー」と短く答える。その返事が、自然で、日常で、まるで何年もこうしてきたかのようだった。
あの猫カフェで見た時の彼女の笑顔とは、どこか違っていた。今のほうが、ずっと柔らかい。何かを取り戻したような、あるいは思い出と寄り添っているような、そんな微笑みだった。
リリ子さんは荷物を手に取ったわたしに、深々とお辞儀をしてくれた。わたしも自然と頭を下げる。
「また、いらしてくださいね。猫たちも、喜びますから」
「はい、また来ます」
わたしはそう答えて、その場を離れた。買い物袋の中で、巾着が揺れている。
ふと振り返ると、黒猫のタマが、じっとこちらを見ていた。そして、すうっと目を細めて、まるで、ありがとう、とでも言っているように。
まったく、不思議な一日だった。猫たちに囲まれた小さな青空市。だけどそこにあったのは、過去と現在が交差する、ある種の奇跡のような時間だった。
そしてわたしは思うのだ。あのタマという猫は、あの女性のために本当に、どこかから戻ってきたのかもしれない。って
まさか、こんなところでまた会うなんて。
フリーマーケット。風が気持ちよくて、のんびり歩いていたら、ふと視界に飛び込んできた青い首輪の黒猫。小さな椅子にちょこんと座って、まるで自分が店番でもしているかのように周囲を見渡していた。
その姿に、なんとなく足が止まる。
猫の横には、見覚えのある女性。あの時、猫カフェで見かけた人だ。名前も何も知らないけれど、その時の印象が強く残っていた。優しそうで、あっという間に猫に囲まれていた。
彼女の前にはブルーシートが広がっていて、着物、食器、手芸品、おもちゃなどがが並んでいた。どれもこれも、愛情を持って使われてきたことがわかるものだった。
「このお皿、可愛いですね」
そう声をかけると、彼女は顔を上げて、
「まぁ、ありがとうございます。これはね、引き出物。もったいなくてあまり使わなかったの。これからも使いそうにないから・・・」
そう言って笑った。やっぱり、あの時の人だ。あの笑顔も、覚えている。
猫がじっとこちらを見つめている。青い瞳。まるで人の言葉を理解しているかのように、品物を見せるたびに首をかしげたり、前足でそっと近くの皿に触れてみせたりする。
「お利口ですね、この子」
「この子はタマちゃん。帰ってきてくれたのよ」
その一言に、思わず首をかしげた。けれど、彼女はそれ以上は語らず、優しく猫の頭を撫でた。
気づくと、他にも猫が何匹かいた。三毛猫、白猫、金と銀の目をした子。犬までいる。しかも、みんなそれぞれお客の近くで何かしらの役割を果たしているようだった。
一匹の猫がそっとあるワンピースの前に座ると、それを見ていた女性が「あら、これ素敵」と手に取る。猫たちは、商品のアピールを心得ているらしい。まるで役者のように自然な動きで。
わたしは何度か店を回って、またここに戻ってきてしまった。正直、買うつもりはなかった。でも、気がつくと小さな布の巾着を手に取っていた。
「これを」
「あぁ、それは娘の服を作ろうと思って買っていた布なのよ。いつか作りましょって思っているうちに娘は大人になったわ。お弁当入れにでも」
「いただきます」
そう言って財布を出すと、タマちゃんが小さく「にゃ」と鳴いた。まるで「よくぞ選んだ」とでも言うように。
そのとき、ふわふわの栗毛の犬が現れた。引き綱を持っているのは、少し年配の男性。犬はタマちゃんに尻尾を振っている。タマちゃんはするりとその上によじ登った。
「すごいですね。猫の背中でくつろぐ犬なんて初めて見ました」
「ふふ、うちのタマちゃんは、なかなか器用なのよ。あの子はマロンちゃん。とってもいい子なのよ」
ヨシオさんという男性は、少し照れたような顔でうなずいていた。だが、その目にはやはり、どこか誇らしげな光があった。
「まぁ猫さんが」と声をかけられた瞬間、猫たちが少しだけ身を寄せ合った。その連携が不思議で、見とれてしまう。
午後の風が吹いて、ブルーシートの角がめくれた。女性——リリ子さんというらしい——が腰をかがめて整え、ふと空を見上げる。
「今日は、いい一日ね。タマちゃん」
猫は、また「ナヤー」と短く答える。その返事が、自然で、日常で、まるで何年もこうしてきたかのようだった。
あの猫カフェで見た時の彼女の笑顔とは、どこか違っていた。今のほうが、ずっと柔らかい。何かを取り戻したような、あるいは思い出と寄り添っているような、そんな微笑みだった。
リリ子さんは荷物を手に取ったわたしに、深々とお辞儀をしてくれた。わたしも自然と頭を下げる。
「また、いらしてくださいね。猫たちも、喜びますから」
「はい、また来ます」
わたしはそう答えて、その場を離れた。買い物袋の中で、巾着が揺れている。
ふと振り返ると、黒猫のタマが、じっとこちらを見ていた。そして、すうっと目を細めて、まるで、ありがとう、とでも言っているように。
まったく、不思議な一日だった。猫たちに囲まれた小さな青空市。だけどそこにあったのは、過去と現在が交差する、ある種の奇跡のような時間だった。
そしてわたしは思うのだ。あのタマという猫は、あの女性のために本当に、どこかから戻ってきたのかもしれない。って
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