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6.僕の過去と夢の話

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「おはようございます」

 工場に着く少し前で繋いでいた手を離してもらった。恐る恐る扉を開けて覗き込むと、熊谷さんがじろりとこちらを睨む。

「どうした、早く入ってこい」
「あの、すみません。今日一日この子をここに居させてもいいでしょうか?」

 鈴音の手首を掴んで、事務所に引っ張り込む。鈴音はまた人見知りをしているようで、僕の後ろに隠れてしまう。

「連れてきておいて、ダメって言われたらどうするつもりだったんだ。まあ、仕事の邪魔をしない、工場内に立ち入らない、あとは工藤が集中して仕事できるって約束できるなら構わない」
「ありがとうございます。約束します」

 頭を下げると、熊谷さんがくっくっと笑う声がする。

「工藤、そのお嬢さんがお前の猫か?」
「え? 猫?」

 元猫ではあるけれど、そのことがバレているのかと身構える。

「お前が早く家に帰らなきゃいけない理由がその子だったんだろ?」
「猫じゃない、鈴音はニンゲンだ。それで、タクミの恋人だ」

 さっきまで僕の後ろで様子を窺っていたはずの鈴音が噛みつくように返事をする。

「鈴音、余計なこと言わなくていいから」
「なんでだ。本当のことを言っただけだ」
「梨花が話してたよ。工藤の彼女がすごく可愛いって」
「そうか、梨花の父か。鈴音は梨花のことも大好きだ。タクミの次にだが」
「そうか、梨花と仲良くしてくれてありがとうな、鈴音ちゃん。工藤、お前はそろそろ準備してこい」

 鈴音の失礼な物言いにヒヤリとした。熊谷さんが寛容で助かった。鈴音がまた変なこと言うのではないかとか、そもそも熊谷さんは梨花さんから一体どんな話を聞いたのだろうと気になってしようがない。色々言いたいこと、聞きたいことがあったけれど、後ろ髪を引かれながら更衣室に向かった。

 着替え終わって事務所に戻ると、鈴音はテレビの前に陣取り、夢中になって見ていた。

「熊谷さん、急にこんなお願いしてしまって、すみませんでした」
「ああやって、静かにしていてくれれば何も問題はない。あとで梨花にも連絡しておくから、あいつが帰ってきたら家に移動してもらってもいいし」
「すみません……お気遣いありがとうございます」

 鈴音に声をかけようか悩んだけれど、そのまま仕事場に向かうことにした。
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