満月の夜に君を迎えに行くから

桃園すず

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9.僕に与えられた試練

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「ただいま」
「タクミ、おかえり」

 玄関の扉を開けると、いつものように鈴音が駆け寄ってくる。抱きついてこようとしたのを肩を掴んで阻止した。

「鈴音、それやめて。家の中では恋人のフリなんて必要ないから」
「そうか。すまなかった。もうごはんできてる。今日は肉じゃがを作ってみたんだ」
「ありがとう」

 一瞬、鈴音が唇を噛んだのを見た。泣くのを我慢しているような表情で、僕も胸が痛んだ。だけど、これでいいんだ。本来適切な距離はこれくらいであるはずだ。


 食事はいただきますとごちそうさま以外の言葉を発しなかった。黙々と食べる僕の様子をちらちらと窺いながら、鈴音も無言で食べていた。間違いなく僕のせいだけど、重苦しい雰囲気で、自分の家だというのに居心地が悪い。でも、そのうち慣れるだろう。鈴音がここにいることに慣れたように。

「鈴音、今週は勉強に集中したいから、僕のこと待たずに寝てていいから」

 皿洗いをしている間もずっと、鈴音は何も言わず僕のそばでうろうろとしていた。鈴音の顔を見ないまま、感情を声に乗せてしまわないように気をつけながらそう言った。

「わかった。頑張れ、タクミ」

 洗面所の扉が閉まる音を聞き届け、ため息をついた。疲れる。鈴音に振り回されるよりもずっと、気持ちを殺して彼女に接することのほうが辛かった。だけど、これは自分の将来のため。そして、鈴音の未来のために必要なことなんだ。自分に何度もそう言い聞かせた。

 いよいよ試験も間近に迫ってきたから、時間を計って過去問題に挑戦した。昨日まで集中できなかったのが嘘のように、最後まで解き切ることができた。採点結果も思ったより良かったことに胸を撫で下ろす。要らない感情をそぎ落とせば、ちゃんとできるんだ。やっぱり僕のやり方は間違ってなんかいない。

 静かな部屋に雨音が響いている。天気予報ではしばらく雨が続くと言っていたっけ。窓越しに外の様子を伺ってみたけれど、雲は厚く、星ひとつ見つけることはできない。降り続ける雨が僕の心まで冷たく湿らせていく気がして、慌てて窓から離れた。

「鈴音、起きてる?」

 ベッドに横になっている鈴音に声をかけてみたものの、返事はない。ぐっすり眠っているみたいだ。鈴音の身体の下敷きになっていた布団を引っ張って、そっと掛ける。目を覚ましてしまわないかどきどきしながら、手を握ってみた。柔らかくて温かい鈴音の手に安心する。

「鈴音……」

 鈴音の手の甲に口づけを落とす。本当はもっと触れていたい。その気持ちを必死に押し込めてその手を放した。床に敷いた布団に横たわり、目を閉じる。耳を澄ますと規則正しい鈴音の寝息が聴こえた。
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