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10.僕の後悔と仲直り
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「あの、とりあえず筆記試験合格できるように頑張るので、実技試験のコツ、今度教えてくれませんか」
勢いよく頭を下げると、頭上で笑い声がした。恐る恐る顔を上げると、田辺さんと目が合った。意地悪な笑顔ではなくなっていて、少し安心した。
「工藤ってクソ真面目なんだな。そういうのは筆記試験受かってから言えっての。つーかさ、それは俺じゃなくてもいいんじゃね?」
「いえ、田辺さんがいいんです。同年代で資格を持って働いている田辺さんのこと、尊敬してます。僕は早く一人前になりたいんです。力を貸してもらえませんか」
すると、今度は田辺さんが頭を下げた。
「ごめん。くだらないことして足引っ張って、申し訳なかった。吉野さんにも後でちゃんと謝っておく。俺なんかでよければ、力になるよ。でもあれだな、工藤のこと放っておけないみんなの気持ちもちょっとわかったかも」
田辺さんは僕の頭をくしゃくしゃと撫でてくる。男に撫でられても嬉しくはないけれど、胸の奥がくすぐったくなって、それほど嫌な気分でもなかった。
「筆記試験、絶対合格しろよ。応援してる」
「ありがとうございます。あの、違ってたらすみません。田辺さんって梨花さんのこと好きなんですか?」
「好きっていうか、気になるだろ。歳の近いあんな可愛い子がいたら」
「そうなんですね。梨花さん、いい人です。料理も上手だし」
そういえば梨花さんには恋人がいるのだろうか。僕たちと違って、大学に通っている彼女には出会いの機会もたくさんあるのだろう。恋人がいたっておかしくない。そんなことを考えていたら、田辺さんが僕を恨めしそうに見ていた。
「工藤、梨花ちゃんの手料理食べたことあんの?」
「ちゃんと食べてるのかって心配されて、強引に」
有無を言わさぬ勢いで紙袋を押し付けてきた梨花さんを思い出して、苦笑いした。
「何それ。超羨ましい。仲良さそうだと思ってたけど、そんなにかよ。可愛い彼女がいるのに梨花ちゃんとまで仲良しって、ずるいな」
「梨花さんにはいろいろとお世話になってますけど、全然そういうんじゃないですよ。それにしても、梨花さんって本当にしっかりしてますよね」
「そうだな。お母さん、小さい頃に亡くしてるらしいから、それなりに苦労してきたんじゃないかな。あんまりそんな風には見えないけど」
「そう、なんですか」
思わず言葉に詰まった。そういえば熊谷さんの家にお邪魔したとき、奥さんの姿を見かけなかった。たまたまかと思っていたけれど、そうではなかったんだ。そうとは知らず、熊谷さんたちに甘え切っていた自分が情けなくてしょうがない。
「そういえば、ここで働くみんなが家族みたいなものだって言ってました」
「そっか。家族か。じゃあなおさら俺たち仲良くしなきゃな」
「そうですね。改めて、よろしくお願いします」
あの日握らなかった右手を差し出すと、田辺さんは強く握り返してくれた。
勢いよく頭を下げると、頭上で笑い声がした。恐る恐る顔を上げると、田辺さんと目が合った。意地悪な笑顔ではなくなっていて、少し安心した。
「工藤ってクソ真面目なんだな。そういうのは筆記試験受かってから言えっての。つーかさ、それは俺じゃなくてもいいんじゃね?」
「いえ、田辺さんがいいんです。同年代で資格を持って働いている田辺さんのこと、尊敬してます。僕は早く一人前になりたいんです。力を貸してもらえませんか」
すると、今度は田辺さんが頭を下げた。
「ごめん。くだらないことして足引っ張って、申し訳なかった。吉野さんにも後でちゃんと謝っておく。俺なんかでよければ、力になるよ。でもあれだな、工藤のこと放っておけないみんなの気持ちもちょっとわかったかも」
田辺さんは僕の頭をくしゃくしゃと撫でてくる。男に撫でられても嬉しくはないけれど、胸の奥がくすぐったくなって、それほど嫌な気分でもなかった。
「筆記試験、絶対合格しろよ。応援してる」
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「好きっていうか、気になるだろ。歳の近いあんな可愛い子がいたら」
「そうなんですね。梨花さん、いい人です。料理も上手だし」
そういえば梨花さんには恋人がいるのだろうか。僕たちと違って、大学に通っている彼女には出会いの機会もたくさんあるのだろう。恋人がいたっておかしくない。そんなことを考えていたら、田辺さんが僕を恨めしそうに見ていた。
「工藤、梨花ちゃんの手料理食べたことあんの?」
「ちゃんと食べてるのかって心配されて、強引に」
有無を言わさぬ勢いで紙袋を押し付けてきた梨花さんを思い出して、苦笑いした。
「何それ。超羨ましい。仲良さそうだと思ってたけど、そんなにかよ。可愛い彼女がいるのに梨花ちゃんとまで仲良しって、ずるいな」
「梨花さんにはいろいろとお世話になってますけど、全然そういうんじゃないですよ。それにしても、梨花さんって本当にしっかりしてますよね」
「そうだな。お母さん、小さい頃に亡くしてるらしいから、それなりに苦労してきたんじゃないかな。あんまりそんな風には見えないけど」
「そう、なんですか」
思わず言葉に詰まった。そういえば熊谷さんの家にお邪魔したとき、奥さんの姿を見かけなかった。たまたまかと思っていたけれど、そうではなかったんだ。そうとは知らず、熊谷さんたちに甘え切っていた自分が情けなくてしょうがない。
「そういえば、ここで働くみんなが家族みたいなものだって言ってました」
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「そうですね。改めて、よろしくお願いします」
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