満月の夜に君を迎えに行くから

桃園すず

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12.薄れていく君の存在

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 筆記試験は無事終わった。自己採点の結果では、合格基準に達しているはずだ。まだ実技試験が残っているけれど、それは年明けだから少し心の余裕ができた。

 部屋の彼女のことはまだ何もわからないまま。まるで、思い出してくれと言っているかのように、最近は彼女の夢ばかり見る。ふたりで買い物に出かけたり、狭いキッチンに並んで料理を作ったり。とにかく幸せな夢。だけど、目が覚めると、彼女の名前も顔も靄がかかったようになってわからなくなってしまう。そして、僕は泣いている。

 彼女の手がかりを探していると、料理のレシピを見つけた。たしか、梨花さんにもらったものだ。なぜもらうことになったのかはよく思い出せない。せっかくだから何か作ってみようか。幸い調理器具も以前より充実しているし。

 川沿いの道を通って、駅前のスーパーに向かう。夏の間青々としていた木々は、赤や黄色に染まり始めていた。季節の移り変わりは速い。あっという間に寒くなるのだろう。衣替えもしなければ。クローゼットの彼女の服はどうしようか。

――ちりりん。

 どこからか鈴の音がして、足を止めた。近頃外を歩いているとよく聞く気がする。それに、夢の中でも。夢の中で会う彼女は、綺麗な黒髪を赤いリボンの髪飾りでひとつに纏めていて、彼女が動くたびにちりん、と軽やかな音がしていた。

 鈴の音の出所を確認しようと茂みに目を向けると、前に路地で見かけた黒猫と同じだろうか。まあるい金色の瞳と目が合った。近寄ったらまた逃げられてしまうかもしれない。じりじりと距離を詰めて、すぐ近くでしゃがみ込む。逃げられなかったことに安心して、撫でてみようと手を伸ばすと、黒猫はびくりと動き、背を向けて走り去ってしまった。

「待って」

 慌てて声をかけると、数メートル先で顔だけこちらに向けて止まる。この前は気づかなかったけれど、黒猫には赤い首輪のようなものがつけられていた。リボン飾りの中央に小さな鈴がひとつついている。飼い猫だったのか。たしかに、よく手入れされているようで、綺麗な毛並みだ。

「ねえ、君の飼い主さんはどんな人? もしかして僕の知っている人じゃないかな」

 首輪のリボンが、夢で見た彼女の髪飾りに似ている気がして、そう問いかけた。当然返事なんかはなくて、黒猫はまた背を向けて、今度こそ茂みに姿を消してしまった。
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