満月の夜に君を迎えに行くから

１３．記憶の欠片と僕の決意

３

　食後、映画館の前に着く数メートル前で、梨花さんは手を繋いでほしいと言い出した。カップル割が適用されなかったら困るから、と僕の返事も待たずに指を絡めた恋人繋ぎをしてくる。

「工藤君の手、意外と大きいね」
「意外とって何。ていうかこれ、本当に必要？」
「いいじゃん、別に。減るもんじゃないんだし。あ、でもちょっとカサカサだね。パパの手みたい。ハンドクリーム塗ってあげようか」

――タクミの手、好きだ。

　彼女と手を繋いで歩いた記憶が急に蘇ってきて、咄嗟に梨花さんの手を振り払ってしまった。大嫌いな僕の手を好きだと言ってくれた彼女は、たしかに存在していたはずだ。胸の痛みとともに愛おしい感情が溢れてくる。

「ごめん、工藤君。わたし、何か気に障ること言ったかな」
「彼女のこと、思い出して。こっちこそごめん」
「思い出したの？」
「完全にではなくて、断片的な記憶だけど」

　そうなんだ、と呟いて、梨花さんは目を伏せた。梨花さんの大きな目を縁取る睫毛が震えている気がして、傷つけてしまっただろうかと狼狽える。

「あの、梨花さん？」
「わたしじゃだめかな？」
「え？」
「こんなこと言うの、わたしも正直嫌だけどさ、もう帰ってこない彼女のことは忘れようよ。わたしね、工藤君のこといいなってずっと思ってたの。真面目で優しくて、でも、たまに世話焼きたくなっちゃうところとか、好きだなあって」

　梨花さんは僕の目を真っ直ぐに見てそう言った。冗談や揶揄いじゃないことはわかる。それに、梨花さんのことはいい人だとも思う。だけど、梨花さんをそういう風に見たことはなかったし、僕の心の中にはずっと彼女がいる。

「ごめん。僕は彼女のことを待っていたいんだ。忘れたくないんだ。だから、申し訳ないけど梨花さんの気持ちには応えられない」

　傷つけないで断る方法なんてわからなかったから、嘘のない気持ちを伝えた。梨花さんは俯いて、それから顔を上げるとふふふ、と笑う。

「清々しいほどばっさり切ってくれるじゃん。わたしの入る隙はないんだね。でも、正直に言ってくれてありがとう。そういうとこも好き。なんて言ったら困っちゃうか」
「ごめん」
「もう謝るの禁止ね。あーあ、告白するつもりなんかなかったのに。せめて、映画見てから言えばよかったな。カップル割は諦めるね。短い時間だったけど、デート気分味わえて楽しかったよ。ありがとう。明日から、これまで通りでよろしく」

　梨花さんは笑顔で手を差し出してきた。軽く握るとすぐに放され、くるりと僕に背を向ける。少しずつ小さくなっていく後ろ姿に、ありがとう、と声をかける。梨花さんは立ち止まったけれど、もう振り返ったりしなかった。気持ちに応えられないのは心苦しいけれど、想いを伝えてもらうことがこんなに嬉しいことなんだって知ることができた。