勘違いへたれアルファと一途つよかわオメガ──ずっと好きだったのは、自分だけだと思ってた

星群ネオン

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俺が失った俺のオメガ 2

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 あれから数日が経つ。
 あの後もまだ、毎日あいつからメッセージが届く。俺はその全てに無視している状態だ。
 通知で見るだけで既読はつけていない。その内容は少しずつ変わってきた。もう二度ほど、会いたいというメッセージが来ている。
 今更何を、と戸惑う。毎日会えたあの頃、そう言ってくれたらよかったのに。会って、どうしようというのだろう。見当もつかない。

 それにしても、あいつは結婚するという。一体どんな相手と結婚するのだろう。あの学校はマナーから世界経済や社会情勢、芸術まで社交に必要な全てが身につくため、出身者は上位の者からの人気が高い。そこに通ったということ自体が価値で、間違いなくそういう相手と出会う権利が得られる場でもある。海外の名家のアルファから乞われて、ということもありうるととりとめもなく考えていると、突然ノック音が響いた。

 コンコンコココンコン。

 あいつのノックと、同じ。いやそんな訳はないからこれは夢の中なのか。そうかこれは夢か。今しがた聞こえた音に納得出来ず、脳内で反芻しているとまた鳴った。軽い響きはまるであいつがあの華奢な手で叩いているように感じる。それどころか、ふわりとあいつのにおいさえするような気がする。
 夢だ。夢じゃなければ幻か。こんなところにあいつが来るわけがない。が、突然湧いた興味に突き動かされるようにドアへと向かった。あれからあいつはどんな大人になったのだろう。夢ならば、見てもいいのではないか…ドアホールを覗こうとした瞬間、またあのリズムでドアが叩かれた。

「裕吾。いるんでしょ?開けてよ」

 今度は声までもする。翠が俺を呼んでいる。幻が、なぜ。
 子供の頃読んだ『牡丹燈籠』のようで、こわくなって立ちすくんだはずが、つい。
 考えるよりも先に体が勝手に動いてドアロックを解錠してしまった瞬間、ドアを開けられてしまった。そこにはすらりと背の高い男がいた。こんな男は知らない。驚いて思わずドアを引くが間に合わず、閉じる直前にガッと足を挟まれた。

「遅いっ」

 男は一瞬の隙を突いてドアを開いて俺を突き飛ばし、よろめいて床に尻をついたところを当たり前のように押し入ってきた。俺を突き飛ばせることにも、突き飛ばされた事自体にも驚き、混乱していると声が降ってくる。

「もう、何なの?どうして返事してくれないの?」

 ものすごい剣幕でまくしたてる男。
 これは、誰だ?こんな男を俺は知らないはずだ。男はそんな俺を気にも留めず、更にまくしたてる。
 すっとした小さな顔につややかな唇。淡い茶色の髪は襟足にオリーブグリーンのインナーカラーが入っていてとても華やかな印象だ。切れ長でありつつも大きな目。派手な色使いのスプリングコートを着た、このモデルのような男は誰だ。尻をついたまま下から見上げていると、徐々に初めて出会った日の幼顔から順に、目の前の顔にあいつの顔が重なって浮かび上がってきた。

「す…翠か?」

 華奢ではあるがけして線は細くはない、しっかりした体を持つ都会的な美しい男がそこにいる。身にまとっているいかにも上質で都会的なデザインの服も相まって、最後に見た高校の頃とは全く違う姿がそこにあった。
 ああもう、俺の知る翠ではないんだ。あの池の端でふてくされて小花を投げ込んでいた幼児はもうどこにもいない。呆然とする俺を尻目に編み上げの靴を脱ぎ勝手に上がってどんどん入っていく。慌てて立ち上がると、キッチンで持ってきたバッグを置いて、腕まくりしながら振り返った。

「ほら、なんか栄養あるもの作ってあげるからさっさと風邪治してよ」
「風邪?」
「いや、おばさんから裕吾が長いこと風邪こじらせてる、って聞いたから」

 これで、番号の流出先が俺の母親であることは確定した。そして、母親が俺の情報をしっかり把握していることも同時に理解した。当たり前のようにバッグから食材を取り出しながら、こともなげにそう言う後ろ姿に俺は投げかける。しかし風邪とは何だ?

「男の、アルファの家に上がり込むなんて、お相手さんが知ったら怒るだろ。やめたほうがいい」

 アルファは執着心の塊だ。それが幼馴染であろうと許すことはないし、ましてや結婚直前。揉めるとわかっていていたらやめるべきだろう。

「はぁ?お相手さんってなんのこと?」

 振り返ってキョトンとした顔をしている。全く通じていない様子に戸惑ったが、自分が納得していないことをそのまま流さないのが翠だ。そのオメガらしからぬ融通の利かなさがまた好ましかったのだが、今はもう、遠い関係なのだ。理屈屋のスイと言われていた子供の頃のように、言葉を選びつつ説明した。

「いや、だから…俺達は幼馴染だけど距離ってもんがある。だって結婚するんだろ?」
「え、そうだよ?ほら、早く風邪治してよ、式場の下見だってまだしてないんだからさ」

 さも当然のように言い放つことがわからない。今手掛けている仕事の中にも結婚式場に関わる場所は無いから、下見に俺は関係ないはずだ。全く意味がわからないし、これでは埒が明かない。

「お前の結婚とひいてもいない俺の風邪と何の関係がある?」

 どう伝えたらいいものか。
 思い切って直球で尋ねた。一瞬考え込んだ後、これ以上無いほど目が見開かれて、翠の表情が一変した。

「は?約束、忘れたのっ?」

 一瞬。あっという間にぐいぐいと詰め寄られる。抵抗しようにもなにがどうなっているのか、全く手も足も出ない。

「したでしょ?約束っ。あの時、あの池のほとりでっ。ちょっと僕がっ、どんな気持ちで留学したと思ってるのっ?裕吾っ…あっ、お相手さんって、裕吾のお相手さんっ?えっ、浮気?浮気じゃないとか…ええーっ。僕がいない間にどうなっちゃってるのっ?嫌だ、やだっ、裕吾、聞いてるっ?ねえ、ねえってばッ!いやだ、嫌だもう!」

 顔を歪めて詰め寄り、嫌だと連呼しながら俺の胸を拳でがんがん殴りつけてくる。そんな顔も可愛いが、痛い。細くてたおやかなのにこんな腕っぷしが強くなっているなんて。それに身長。数年でかなり伸びたようだ。オメガにしては高く、少し視線を下げれば顔がすぐそこにあるのが予想外に良い。が、そんなことを考えている余裕はない。今ここで暴れている翠を止めねば。とっさに腕の中に抱き込むと、翠は動きを止めた。
 体温に温められた翠の香りが鼻先にまで上がってきて心地よい。つい、さらにしっかりと抱き込み顔を覗き込むと、翠は静かに泣いていた。

「裕吾の、お、お相手さんに悪い…でも、裕吾のにおい、僕の好きなにおい、ドアの外からでもわかったからいるとは思ってた…」

 ぼろぼろと涙をこぼす翠はとてつもなく美しい。
 それにしても全く状況が、わからない。どうして腕の中に十数年一筋に好きで、焦がれて焦がれて、叶わなかった相手がいるんだろう。

「もういい、今はもう、このままでいい」

 夢でもなんでもいい。俺は思考を捨てて、愛しい俺のオメガを抱きしめ、胸いっぱいに翠の甘い香りを吸い込んだ。


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