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残り少ない時間
しおりを挟む病院からの帰り。駅に向かっていた筈が全然違う道を歩いていた。
自分が放心していたのにさえ気づかず彷徨っていたらしい。
半月前に告げられた余命半年。俺に残された時間はあまりに短い。楽しみにしていた本の続きも読めないなとか、割とどうでもいい事を考えていた。まだ実感が湧かないからだろう。
あいつにどう切り出せばいいんだろうか。お互いやっと一人前の社会人になり、きちんと入籍しようと話してた矢先だ。
猫を飼える部屋を借りたいと俺が言えば犬がいいと反論してきた。
やつの飼いたいのは大型犬だ。無茶言うな、宝くじでも当ててからにしろと諌めれば渋々ながら猫でいいと頷いた。
旅行の計画を立てていた。あいつはスキーに行きたくて俺は温泉。どうにも主張が食い違う。
それでも結局、ふたりでいるならいいのだ。猫でも犬でも、スキーでも温泉でも。
一緒に年を取っていくんだと思ってた。
様子がおかしいのに気づかれても何も言えなかった。しつこく聞かれてぶっきらぼうに返し、あいつを残してその場を去り今は一方的に連絡を絶っている。
向こうも忙しい時期なのをいい事に、電話にも出ずおざなりにしている。そろそろウチに突撃してくる頃合いだ。
何が正解だろう。黙って姿を消す。わざと突き放す。普通に話す。しっかりして見えながら泣き虫なやつの事だ、どれを選んでもウサギ眼になるまで泣くんだろうな。
「……生きたいなあ」
ぽつりと呟いた次の瞬間、俺は何かの店の中にいた。
たくさんの植木鉢に様々な花が咲いている。植物に詳しい訳でもないが、どれも見たことがない。
ひたすら美しい花、どこか禍々しい花、可憐で弱々しい花。自然界にはないだろうと思われる色彩のものも多い。七色の花なんかないよな。一つとして同じ花は見当たらない。
「いらっしゃいませ」
不意に声をかけられビクッとなる。初老の、英国執事という風情の男性だ。花屋らしくはない。
「あ、済みません。知らないうちにここへ」
恐縮する俺に「構いませんよ」と微笑みかける。
「必要なかたが来る店ですので」
「はあ」
俺に花は必要ないのだが。
「綺麗でしょう」
「ええ、まあ」
不思議な花々だ。見ているとそれぞれ何らかの感情が伝わる気がした。
「様々なかたの心残りの種から芽吹いたものですよ」
「ロマンチックですね」
ストーリーと共に花を売る店か。
「販売はしておりません。込められた想いを鑑賞する、蒐集家です。あなたの手の中にあるそれが種ですね」
気づけば掌に何かを握り込んでいた。
「……種?」
「私が育ててもよいのですが、今回はあなたが持ち帰るといいでしょう。いずれ引き取ることになります」
「待って下さい、いったいこれは」
「あなたの心残りを込めて育てて下さい。水や肥料はいりません。思い残すのはなんでしょう」
そんなの決まってる。
「これを……育てれば何かが変わるんでしょうか」
店主はかぶりを振る。
「さてそれは私は存じません。いつ咲くかも不明。ただあなたの生きた証にはなる」
事情を知っているかのような言葉。この時の俺は何故かすんなりと受け入れていた。悩んで悲しんで怒って泣いて、最後に残る感情を種に託そうと。
「花を楽しみにしていますよ」
死にゆく者に不謹慎じゃないだろうかと俺は苦笑した。
寝起きのような感覚がして、俺はいつの間にか最寄り駅の商店街に立っていた。手には植木鉢がある。
「───おい! なんで電話にも出ないんだっ」
50メートルほどの先にあいつがいた。息を切らせ肩を上下させている。
何走ってんだよ。可笑しくなり笑ってしまう。
連れ帰り飯を食ってから話をしよう。まだ半年ある。できる事したい事、考えないと。
今は何か心が穏やかだ。状況は何ひとつ変わっていないし俺は死ぬのだけれど。
お守りのように植木鉢を胸に抱き、怒り顔の恋人に向かい歩き出した。
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