あなたに捧ぐ愛の花

とうこ

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その花に託されたものは

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 早いものでもう三年が経つ。



 あいつが亡くなった時、葬式でも泣けなかった。感情が消えたように、抜け殻になっていた。記憶は曖昧だが普通に仕事にも行っていた。
 何を食べても味がせず楽しいと思うこともない。
 生ける屍だったと後から周囲に言われた。俺のレプリカが俺をなぞっているようだったらしい。
 時間薬とはよく言ったもので、ほんの少しずつ日常は戻ってくる。嫌でも空腹を感じるようになり、笑うことができるようになる。同じ部署のよくお菓子をくれる女の子が可愛いなと感じることもある。


 
 あいつが口にした最期の希いは奇妙だった。何かが芽を出している植木鉢を渡され、これを育てて欲しいと。
「心残りの種なんだよ、これ」
「冗談言ってないでなんか我儘言えよ。元気になったら取り立てるから」
「おまえが全部叶えてくれたし」



 もっと他の望みをと縋る俺に、おまえがいてくれればいいと微笑んだ。
 身体は弱り切ってベッドから起き上がれなくても、最期まであいつは強かった。
 一緒に死んでくれと言って欲しかったのに。俺ひとりでは生きていきたくなかったから。



 変わらない日常を過ごす中で、前触れもなく花が咲いた。三年間ずっと水仙のような葉があるだけだったのに。
 見たことのない、白が透け真珠のように輝く美しい花だ。
 供えに行こうとあいつが眠る場所へと向かった。



「これは美しい花が咲いたものだ」
 寺のある駅に降り立ったはずが、何故かどこかの店にいた。突然話しかけられ戸惑うしかない。
 棚一面を埋める植木鉢に様々な花が咲いている。
「え、ここは……」
「心残りの種から咲いた花たちです。あなたがお持ちのそれと同じく」
 心残りの種と、あいつは確かにそう言っていた。


「三年半ほど前、ここにいらして種を持ち帰られました」
「種を」
「人が最後に抱くのは綺麗なものとは限らない。私にとってはどれも美しいものですが」
 店にあるのは様々な花だ。近寄りがたい黒い花、温かさを感じる優しげな花、見ていて哀しくなるような切なげな花。
 俺の手許の花はそのどれより綺麗だった。


「込められた想いがきらめく、こんなに透き通る愛は珍しい」
「愛、ですか」
 そんなの知ってる。あいつがどれだけ俺を愛してくれていたかなんて。
「ああ、合ってもいるが少し違います」



「あのかたはあなたの中に植える愛を遺された」
「……?」
「あなたがあなた自身を、そしてまた他のかたを愛せるように。ご自分と一緒になくなってしまうかもしれないからと」
「──────」



 もちろんあのかたはたくさん泣いて悩んで怒っていました。なんで俺が、どうして、と。
 けれど全てを吐き出したあとに残ったのは純粋なあなたへの愛。きちんと食べて寝て仕事に行けるか。生きていけるのか。
 それがかれの心残り。
 


 目眩のようなものを感じながら、もう一度花を見る。
 透き通った花弁の輝きに優しさと慈しみと、降るような愛を感じた。
「……これを下さい。俺にくれたのなら」
 店主は頷かず、そっと俺から鉢を奪ってしまう。


「役目を終えたこれは、あなたがお持ちであればただ枯れてしまう。この場所でしか咲き続けないのです」
「───俺には、何も残らないんですか」
「人を愛する心があるでしょう」
 あなたに植えられた種、贈り物ですよ。そう店主は告げ出口を指した。
「もうお行きなさい。ここは狭間、生者が長居する場所ではありません」



 いつかあいつを見つけた商店街にいた。余命を告げられた日だ。
 手に持っていた植木鉢はどこにもない。辺りはもう暗く細かな雪が舞い降りていた。


 限りない優しさは残酷だ。もっと生きたいという願いを種に込めてくれてたら、俺はまだ引きずり続けていられたのに。それが悔しさや怨み言なら俺は。
 なのにやつは、俺に幸せになるという枷をはめて逝ってしまった。



 いつか俺は幸せになるのだろう。誰かを愛して家庭を持ち、歳を重ね。それがおまえの希いだから。
 けれど俺も希ってしまう。生まれ変わったら今度こそ、と。


 
 あいつの好きだった漫画を買って帰ろう。完結したが読むのが辛くて手を出せなかったやつ。ひとりでもいいから行きたがってた温泉に出掛け、猫を飼える部屋に引っ越そう。
 おまえがしたくて出来なかったことをやるよ。悔しければ化けて出てこい。
 逢いたいよ。
 


 勢いを増していく雪のなか、あいつが逝ってから初めて泣いていた。凍てついた哀しみがほどけるように、涙は後から流れてやまない。



 俺は生きて、泣いて笑って怒って愛して生き続けていく。
 おまえが植え咲かせた、あの花を胸に抱きながら。





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