【第二章開始】死に戻りに疲れた美貌の傾国王子、生存ルートを模索する

とうこ

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第一章

嵐の前の




 次の日からアレスターは魔塔に篭り、あまり邸に帰らなくなった。
「仕事が溜まってるんですよ」
 解呪で無理をさせているのではと気に病むツェーレンに、ガーシュが軽く言う。自分の告白めいた言葉が負担だったのではとは考えたくない。


「あれでなかなか優秀なんです」
「優秀どころじゃないだろ」
 天才魔術師だと誰もが口を揃える。ただし性格が……と続くのはツェーレンの預かり知らぬところ。


 最近ツェーレンはグレイシアについて学び、アレスターの事を教えてもらっていた。講師はガーシュ、グレイシアの生き字引にしてアレスターの従者だ。
 グレイシアを語るにかれ以上に相応しい者はいない。
 そしてこの場にはもうひとり。ひとりと言うか、───そのせいで今日の講義が頭に入ってきにくい。


 ちょこんとツェーレンの膝に行儀よく座る百葉ひゃくよう、いまは子狐サイズだ。尻尾がたくさんあるのでボリュームがすごい。
 ツェーレンを見上げ首をこてんとして見せる、あざとかわい過ぎる仕草に声もない。
(か、か、かわ、かわいいい!!!)
 自分から離れて顕現はできないとアレスターは嘘をついたが、ツェーレンと同衾させたくなかっただけだ。ツェーレンがツェリと判明する前にもう嫉妬はしていた。守護獣にまで妬くとはつくづく面倒な男である。



 撫でて撫でてと頭を擦り付けられツェーレンは愛らしさに卒倒しかける。ミャーミャーと鳴くのは甘えているとガーシュに教わった。
「だ、抱きしめていいですか」
 また目を見つめられこくんと頷かれ、そっと腕に閉じ込めた。
 ふわふわでつやつや。本物のキツネはもう少し毛が堅いが、精霊はビロードの手触りだ。思わず頬ずりしてしまう。
百葉ひゃくよう、可愛がられたくてぶりっ子してますね」
 ガーシュを横目にツェーレンの顔を舐める百葉。唇まで舐めたのを知ればアレスターが発狂しそうだ。



 敵を前にした百葉の恐ろしさと容赦の無さをガーシュは知っている。主人が代われば名は新しくなるが、どの守護獣も初代から中身は同一。
 その昔、初代の持つ知識と力を欲した愚か者どもが実力行使に出た。王家も例外ではなく結果、王の後継は傍系へと交替した。他にも断絶した家は多かった。



 初代様はとても優しいお方でした。それが大事なものを傷つけられ利用されて、激怒なされたのです───、ガーシュは代々そう語り継いでいる。もちろん王族教育にも重要事項とし取り入れさせている。
 あるじの怒りを身に宿し、誰よりも多くを屠りさったのが百葉──当時は早蕨さわらび──だった。
 それでも日本にいた時に比べれば大人しく済ませた方らしい。



 瑞獣・神獣にして妖狐。光と影の陰陽を併せ持つ百葉は、ソウジュやハヤテとはやや異なる面がある。それは他の兄弟と何処か違うアレスターとも共通していた。
 ガーシュと百葉の主人はいざという時、どこまでも冷酷になれる。陽の存在であるノエルとカズサにはない一面だ。
 幸いにして、今のかれらを本気で怒らせる事態は起こっていない。今のところは。


 今日は授業になりそうにないが、帰宅しない夫に沈むツェーレンの気が紛れて何よりだ。
「ツェーレン様、御身お大事に。あなたに何かあれば地獄の釜の蓋が開きます」
「地獄の……カマ? 地獄って釜の形なのか」
「どうでしょう。さすがに見たことはありません」
 伝わっていないがまあいい。あの主人とこのキツネが暴走しないよう、ガーシュは美しい王子を守り抜けばよいだけだ。

 

「うー、あー、嫌だ嫌だ、でもなあ」
 歳下の上司がようやく職場復帰したかと思えば頭を抱えて難しい顔で唸るばかり。書類の山には目もくれない。
 アレスターと関わってから胃薬が手放せない副師団長バレル、苦労人の三十二歳。


「あのー、団長?」
「何」
 いきなりそっけない返事に笑顔が引き攣る。相変わらずクソガキだ。
「急ぎの書類だけでもサインを」
「それって急がないと世界が崩壊する?」
「……いえ」
「じゃ代筆でいいや、よろしく。ていうかバレルが団長やらない?」
 やらねーよ!!! そもそも王が指名するものを勝手に変えられない。
 


 師団に入団早々、その生意気さからほぼ全団員の反感を買い袋叩きにされかけ全てを返り討ちにしたアレスター。
 恐ろしいことに当時十五歳。魔力切れも起こさず死屍累々のなか不機嫌そうに立つ姿はさながら魔王だったとバレルは振り返る。
 子ども相手に大人げないと止める側にいたのを感謝したものだ。次の日に婚約式だったから。
 あの頃は人見知りで可愛げも───、いやそんなものはなかった。


 
 そんな回想に浸って現実に戻れば、バレルの手元にある書類をアレスターが見ているのに気づく。
「何か」
「それ王立騎士団の鍛錬場の結界? 二箇所計算ミスがある。それだと部分的に物理障壁化して怪我するよ。あと重ねがけをヴァンダレイ方式でやると20%の確率で環境魔力の干渉を受けるからマクス理論……うー、あのおっさん気に食わないけど仕方ない……、を基軸に相殺して」
「し、しかしそうすると強度の問題が」
「魔法陣の構築段階で調整。詳細説明めんどいからファイルNo.3582の68ページ読んで」


 アレスターは机の向こうから書類をちらりと見ただけだ。相変わらずの鬼才っぷりである。最もバレルはそれを見越してこれを一番上にしたのだが。


「ねえ、そのミスわざとでしょ」
「!! い、いえ決して」
 その通りなのだが認める訳にはいかない。
「ミスがなきゃ僕の目を惹けないからだよね? 随分と姑息な真似をするようになったね、バレル副師団長」
「───言わせていただきますが団長、あなたが美しい伴侶とイチャイチャしてる間の穴は誰が埋めたと」
「い、イチャイチャしたりは、、美しい!? なんで知ってんの!? ───ああ。やっぱりイヤだああ、でもそうしないと───」
 また自分の世界に帰ってしまった。



 泣きたい気持ちで書類に向き直る。泣いたって仕事は減らないのだ。また妻に文句を言われてしまうと溜息をつき、ふと視線を感じアレスターの方を向く。
 黒ガラスのように感情のない瞳にじっと観察されていて訳もなく全身鳥肌が立った。これはそう、───実験動物を見る目だ。
「書類片付けるから頼みを引き受けてくれないかな」
 師団長が仕事するのになんで交換条件がいるんだ。喉まで出かかった台詞は恐ろしくて音にならない。
「ちょっと死んでみてくれる?」

 

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