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ランバートという青年
しおりを挟む「こ、い──とは? 」
侍従と侍女が阿呆面で固まっている。
「分からないなら辞書でも引いたら」
アリスと恋。アリスが恋。言葉は分かるが意味が分からない。
訓練場でアリスが熱く見つめる青年、名をランバート・ジョーンズ、王立騎士団所属の騎士。
「あの、お嬢様、彼ですか?」
「素敵……。」
その様子がただの恋する可憐な乙女に思え侍女たちは驚愕した。
しかし相手は地味だ。
爵位は無いにも等しい騎士爵の子息、かろうじて少尉。
朽葉色の髪とブラウンの瞳、体つきは程々にいいが、訓練の様子からしてさして強くなさそうに見える。
優しげな顔立ちでちょい格好いいかな、程度に普通。
妖精姫と呼ばれるアリスとは釣り合わないにも程がある。
性格はさておき彼女は大変美しいのだ。儚げな見た目になめらかな陶器の肌、さらふわのプラチナブロンド。
昼夜の光でブルーと紫に色味を変えるタンザナイトの瞳。更には公爵家の姫君。
その性格と行いさえなければ求婚者が後を絶たなかったろう。慈善事業(あくまで他者目線では)でも有名だが、苛烈な仕置きは少しずつ人の口の端に上る。
利益を齎すが扱いを違えればこっぴどく仕返しを食らう祟り姫。それがアリスの現在の立ち位置。
「なんて可憐な姫君なんだ」
鍛錬を見学しているアリスを目にしてランバートは思った。こちらを見ている気がするが、組んでいるゼノンが美形だからだろう。
それでも視界に入っていると思うと緊張する。
「隙あり!」
「あっ」
手首を打たれ剣を取り落としてしまった。
「お前、本気でやれよ」
ゼノンに呆れ口調で言われる。
「本気出したら殺しちゃうけど」
「訂正。絶対本気出さないで下さい」
上官からも鍛錬では本気を禁止されているのだ。
敵を前にしたランバートの恐ろしさを仲間は知っている。戦闘では滅多に殺しはしない。指揮官だけ首を取りにいき確実に仕留める。仕損じたことはない。
雑兵は助けがあればなんとか動ける程度に斬るか折るかに止める。
見捨てられては困るので重傷は負わせない。厄介なお荷物として負傷兵を敵に押し付けるのが目的だから。
介助要員としてだいたい三人にひとりの割合でわざと何もしない。他二人を斬り、一名にはしっかり剣を向け目を合わせてから去る。
その眼には何らかの感情もなく、見つめられた敵兵の大半は戦意を喪失する。
彼と視線を合わせた兵士は除隊率が非常に高い。死神に目を付けられたと精神を病む者も多かった。
全てを一切の躊躇なく行う彼を敵は戦場の悪夢と恐れ忌み嫌った。
それがランバート・ジョーンズ少尉だ。
人前で目立つのが苦手なので勲章は欲しくない。けれど断ると叱られるので渋々受け取っている。できるだけ周囲に手柄を押し付けてはいるが、それも限度がある。
叙爵なんかとんでもない。伯爵位と一個師団の団長を用意されていたが、なら騎士を辞めて傭兵になるとまで言い切った。
「結婚したいなあ」
「なら全部受けろよ、爵位も昇進も。俺たち世代は男余りだ。今のままじゃ縁遠いぞ」
「……綺麗だったなあ、アリス様」
「いろんな意味で諦めろ」
身分差、顔面偏差値差はもちろんだが恐ろしい噂の数々。並の男じゃ───、うん、待てよ。ゼノンは考える。
祟り姫と戦場の悪夢。もしかしてお似合いなのか? 何が起こるか分からない末恐ろしいカップルだけど。
それに彼女はランバートを見ていた。モテる彼は自分への視線かどうか見分けがつく。あの熱視線……まさかな。
「どうした、風邪か」
ぶるりと体を震わせたゼノンを戦場の悪夢が心配する。
「ま、まあな」
「よく効く薬湯を作ってやるよ。うちの秘伝なんだ」
ランバートは優しく気遣いも細やかだ。だからこそギャップが怖い。あの姫も虫も殺さぬ可憐な容姿に苛烈な精神を秘めている。
あれはまだ新人の頃。敵のなか突き進む戦友を止めようとして敵司令官まで辿りついた。敵を鮮やかに無力化していき有無を言わさず司令官の首を獲ったランバートを、ただ傍観するしかなかった。
手柄をだいぶ押し付けられたせいで、望んでいないのに中尉となった。それから昇進はないが元々自分の功績じゃない。
小遣い稼ぎで潜ったダンジョンでの出来事を回想する。トラップを踏み実力に見合わぬ階層に来てしまったおりに見たのは、ボスを瞬殺しその場でテーブルを用意してお茶の支度を始めた少女。
「な、なに、を」
「あら、あなた罠にでもかかった?」
シミ一つない純白のワンピースに身を包む彼女は、優雅に紅茶を飲みながら興味無さげに答えた。
「戻してあげるから誰にも言わないで。わたくしはボスのリポップを待ってるの。時間があるし何匹か狩りたいのよ」
は? あの凶悪ボスをまた倒す? 何匹か?
尋ねる間もなく気付けばダンジョン入り口にいた。
学園で呪い騒動になった時、役に立たないだろうに騎士団が動員された。ゼノンは転移させられる前に聞いた呟きを思い出す。
「あの呪術、この魔石が最適なのよね」
忘れるようにした。評判最悪な王子は周囲からはざまあ見ろと笑われ真剣に捜査する者は皆無だった。
いまだ呪術師は見つからぬまま。
怖い怖い恐いこいつら組み合わせるとか怖すぎる。ゼノンの震えは止まらなかった。
「わたくしを襲いなさい」
「は?」
いまや下僕と化した吸血鬼はアリスの言葉に固まった。
「フリよフリ。ランバート様に助けて頂いて運命の出会いをするの」
「いや私あいつにぶち殺されますが」
隠した強さ容赦の無さは吸血鬼には丸分かり。
「それに問題が? 死なないでしょう」
「会う度に殺られますが? そのうち正体を察せられ対吸血鬼アイテムをコンプリートして来そうですが?」
「……便利な道具がなくなるのは少し困るわね」
道具扱い。今更だけど。
「普通に告白しましょうよ」
「えー、ドラマチックから始まるのがいいのに」
プンスカとむくれるアリスはとても可愛い。だが吸血鬼の心には響かないどころか恐怖が湧いてくる。
以前これをダンジョンで見た直後、辺り一面地獄と化したのだ。小賢しく地面へと逃げ回るワームの大群にへそを曲げたアリスの極大魔法だった。
「お嬢様! 今はオーソドックスがトレンドですわ」
空気を読んだ侍女が必死に説得をする。吸血鬼とはアリスに振り回される同志だ。助け合いは大事。
「そうですとも! ほらジョーンズ様はごく常識的なかたです。襲撃などの要素を加えれば、職務上の被害者として一線を引き恋に踏み込んでくれないかも」
「そうねえ。ドラマチックはお付き合いの後でもできますし」
侍女たちは知っている。アリスの恋が発覚してから家族や知人、友人から聞き込みをしたランバートの真の姿と厨二な二つ名を。
強烈なふたりの出会いはできるだけ平穏に。
「お、お、お嬢様!! ジョーンズ様から手紙が!!」
侍従が走って部屋に飛び込んできた。公爵家使用人にあるまじき行為だが、アリス関連では大概が許される。
無言で封を切るアリス。固唾を飲む一同。
「………次の休みに、呼び出されたわ」
「お、お嬢様。そそそれは」
「お前たち、わたくしを磨きなさい。当日メイクはあくまでナチュラルに〝頑張り過ぎてない感じ〟をね。言うまでも無く本当に薄化粧はやめて。作り込んだ末の自然っぽさで」
「承知致しました。この命に代えましても完璧に成し遂げてみせます」
「本日から食事、睡眠時間など厳しめに管理させて頂きます」
「ご武運を、お嬢様。私めは当日まで断食してお祈り申し上げます」
その緊迫の雰囲気はどう見ても果たし状を貰ったヤ○ザのカチコミ前夜。
吸血鬼はちらっとだけ「公爵家のご息女に騎士爵の息子風情がいきなり直接呼び出しとか、相手も大概おかしい」と疑問を持つ。
そしてアリスにあてられた同志たちもテンションがかなり変だ。
自分だけは一般人を貫きたいと吸血鬼のくせに思った。
ランバートの方ではそれを後から報告されたゼノンが絶句していた。
「当たって砕けようと思って……」
もじもじしながら告げられ言葉が出ない。
面識も無いのに格上も格上の公爵令嬢にこの行為は普通あり得ない。アホか。
ああ、でも戦場で敵のカシラに直接向かう奴だしなあと自らを納得させる。骨は拾ってやろう。待ちぼうけでも泣くなよ。
決戦当日である。場所は王都の超有名待ち合わせどころ、主人が亡くなっても帰りを待ち続けた忠犬ならぬ忠ワイバーンのハッチ像前。
当時、道を塞ぐハッチに人々はたいそう難儀したという。
ここを指定する人はもしかして「自分が来なくてもずっと待てよ」とのメッセージを込めているのだろうか。
離れた場所から見つめる使用人たち。さすがに全員は仕事を放り出せないのでアリス付きの侍従に侍女三名と吸血下僕。
違うところで見張るのはゼノンだ。ランバートから相談され成り行きを見守ることにした。いるのは怖いがいない間に何があるかも怖い。
ハラハラと出歯亀する彼らの心配事は決して恋の行方ではない。
緊張でガチガチの戦場の悪夢の前に、きっちり計って二分遅れでアリスが到着した。30分前から馬車で時計と睨めっこしていたのだ。
可憐な花のような装いのアリスと目を合わせた瞬間、用意した台詞が全て吹っ飛んだ。挨拶すら忘れた。
「結婚して下さい」
「子どもは何人にします?」
秒で決着がつき見守り隊はまるでドリ○の、或いは吉○新喜劇のコントのようにガクッとずっこける。
ランバートは今になって焦っているが腕をガッツリとホールドされていて動けない。
早速互いの両親に挨拶をと迫るアリスに順序をきちんとしましょう、え、ホントに? これ夢? と真っ赤っかのランバート。
どうか吉と出ますよう。ハッスルしたふたりが暴れて国がいきなり侵略国家になりませんように。王位簒奪は別に構わないが。
一部始終を見届けた者たちは心から願った。
反対する周囲を話し合いと物理でねじ伏せスピード婚約を果たしたアリスは、ムカつくことが減った。
ランバートを眺めていると心穏やかになれるのだ。ムカつきの原因は既に大部分を潰して回ったし。
婚約を知ったかつてのスリ少年、今は青年となったA級冒険者のジョンが何故かランバートに決闘を申し込んできた。
真面目な表情でそれを受けたのは、アリスの前ではへにゃりと笑っていたりおどおど赤面するいつものランバートではなかった。
開始の合図早々、ジョンは腹を蹴られ倒れて剣を取り落とす。決闘というにはあまりにもあっさりと勝負がついたが、諦めないジョンは素手で立ち向かった。
やがて泣きながら拳を振るうのをランバートは全ていなしていく。
ジョンの体力が限界を迎えてもランバートにかすり傷ひとつ付けられなかった。
「姐さん……、アリス様を頼みます」
「ああ、約束する。この身に代えても護る」
分かり合った感じのふたりに仲間外れにされたアリスはむくれた。これで終わり? わたくしの事を勝手に頼まれてるし全然訳が分からない。男同士の絆っていうの?
「結局なんだったのかしら。わたくしが心配ならわたくしに挑めばいいものを。大丈夫だと身をもって教えてあげたのに」
あの子もわたくしが強いのは知ってるでしょうにとプンスカアリス。
「ランバート様は殆ど手出ししないし、本当に何がなんだか解らないわ。消化不良な気分」
「……アリスお嬢様、……」
「……報われない」
「───物好きがふたりもいるなんて、」
なんとなく吸血鬼からディスられた気がしたので、その場から転移で連れ去りダンジョン内で鍛錬という名の袋叩きにした。
あとでランバートに「僕以外の男と二人きりにならないで」と懇願されすっかり機嫌を直す。
ボロボロにされた上にランバートからは強烈に殺気を向けられ、吸血鬼は泣きそうになった。こんな姿になってるのに嫉妬されんの?
「アリス様にたくさん触れられて嬉しかったんでは?」
殴られ蹴られ喜ぶ性癖はありませんが?
侍女たちに慰められ侍従に肩ポンポンされ、人間不信に陥りかけたのをかろうじて回避した。いやお前吸血鬼だろ。
一部の尊い犠牲(生きてる)により世界の平和は保たれた。
ふたりの幸せを全力で守るのが公爵家一同とゼノン中尉の務め。使命のためなら己の幸福なぞドブに捨ててもいい。それが彼ら彼女らの───「「「「「「いや何勝手に代弁してくれてんの??」」」」」」
おしまい。
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