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キックオフ
Episode 1
しおりを挟む_____よし。
三河真琴はそっとタッチラインを見つめた。ふぅと息を吐いて華奢な腿を二回叩くと、大きく深呼吸をした。
_____試合が、始まる。
緊張で手に汗が滲む。真琴が地面を踏みしめると、スパイクの突起と砂利が擦れ合い心地よい音が鳴った。
「よーーーし!!!館華先制点!!!」
「っっしゃーーーー!!!!!」
館華高校サッカー部の円陣は、キャプテン・正田翔の一言から、全員で気合を入れるのがお決まりだ。真琴は正田の声に目を閉じ、息を吸い込んだ。
「頑張れーーーー!!!!」
真琴は正真正銘の、"ベンチスタメン"どころか、ベンチにすら入ることのできない、言ってみれば"ベンチ外スタメン"である。
「おいおい、オマエら女に声で負けてるぞ~?」
ベンチに座る先輩たちがフィールドに立つ11人に向かって横目で真琴を見ながら笑って言った。
そう、真琴は正真正銘の、"女"である。
お前らだってやっとこさベンチに入れただけじゃないか、と真琴は胸の中で思い切りガンを飛ばしてやった。
「そんなこと言ってますけどアタシ、すぐに先輩たち抜いてみせますから」
「お~~こわいこわい」
先輩たちは一斉に大袈裟に肩を持ち上げてフィールドに向き直った。こういうところだけは無駄に息の合う連中だ。真琴は小さくため息をついて、試合に集中した。
----------------------
小学生の頃、真琴は父の勧めでサッカーを始めた。父は生粋のスポーツ気質だったこともあり、何とか子供にスポーツをやらせたいと思っていたのだろう。父はいくつものスポーツを真琴に体験させた。しかしながら、水泳をやっても、体操をやっても、テニスをやっても真琴の才能が見出されることはなかった。全くの運動音痴というわけではなかったが、人並みもしくはそれ以下で、何より真琴自身特別やりたいとも思わなかった。
真琴にスポーツは向いていない、と母に言われたそうだが、諦めの悪い父がならばサッカーはどうかと食い下がった。当時はまだ女子サッカーが浸透していなかったこともあり、母は強く反対した。
にも関わらず、父は母に内緒でサッカーボールを買ってきて、仕事が休みの日には「釣りに行く」と嘘を吐いて真琴を連れ出しサッカーの相手をしてくれた。専ら、そんな下手な嘘は母には全てお見通しだったわけだが。
真琴はサッカーのルールこそ知らなかったものの、ボールを蹴るという行為に強く心を惹かれていった。サッカーを楽しいと思ったし、心からサッカーがやりたいと思った。父の目論見は成功したのだ。
いつの日か母親も黙認するようになり、中学でサッカー部に入部した時も真琴を応援した。真琴はFWとして実力を固め、「あの女の子、凄いわねえ」と保護者から一目置かれるほどになった。
そして今年四月。真琴は性別を超えたサッカーの頂点を見たいと大きな夢を掲げ、決して強豪ではないものの男女混合サッカー部のある館華高校に入学した。男女混合とはいえ、プレーヤーの男女比は実に32:1。それを知った母は再び強く反対したが、女子マネージャーや副顧問が女性であることを強みに真琴は必死に説得し、今こうしてプレーヤーとしてサッカー部に所属しているのだ。
--------------------
「ピーーーーーッッ」
試合開始を告げるホイッスルの音で真琴は我に返った。最初はマイボール。
_____試合が、始まる。
もう一度大きく深呼吸をして、真琴は蹴り出されたボールに意識を集中させた。
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