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キックオフ
Episode 3
しおりを挟むその後も一進一退の攻防が続いた。取っては奪われ、取られては奪い返す。前半戦終了を告げるホイッスルの音に前のめりになって声を掛け続けていた真琴は大きくため息をついた。
しかしすぐに航平におい、と肩を叩かれ慌てて先輩のサポートに回る。フィールドから息を切らして戻ってくるメンバーにボトルを渡しうちわで扇ぐ。まだ5月とはいえ、強い日差しの中40分間も走り続けるのは体にこたえる運動だ。
0-0での折り返しを受けて、葛西監督は攻撃的な戦術に切り替えることを伝えた。攻撃時には中盤を押し上げ、SBも高い位置を取ってオーバーラップ(SBがSHを追い越してボールを受けること)を狙う。SBの運動量が格段に増えることに難はあるが、同時に有効な攻撃パターンが増えるハイリスクハイリターンな戦術だ。引き分けではなく勝利を目指さなければならないこの試合において、監督の指示に異議を唱えるものはいなかった。
「よし、まずは一点、行ってこい!」
監督の熱のこもった言葉に力強い返事をして、出場選手は仲間同士で激励し合いながら再びフィールドに戻った。
SBが鍵となる戦術を適用するにあたって、安田は最後までベンチで監督から綿密な指示を受けていた。前半はあまり上がらずに固定のポジションでプレーしたとはいえ、基本的にサイドの選手は運動量が多い。166㎝とやや小柄なうえにサッカープレーヤーとしてはかなり細身の安田を見て、一体どこにそんな体力を蓄えているのかと真琴は心底不思議に思う。
話し終わった様子の安田に真琴が「安田ファイトー!」と喝を入れるが、安田は振り向きもせず一直線に自分のポジションに向かった。なんだよう、と口を曲げる真琴を気遣ってか、航平が「通常運転だな」と笑って言った。
後半開始。相手のFWがMFに戻しSHに繋ぐ。しかし安田が素早く対応しボールを取りきると、正田に繋いだ。正田は自分でボールを運び相手を引きつけると、そのタイミングで落ちて来た荻野にアウトサイドでパス、荻野は前を向いた。
「よし、いいぞ」真琴は独り言のように呟いて小さく手を叩いた。
荻野はみるみる加速し、相手陣地のコーナー近くまで抉ると、再び正田につけ、正田はダイレクトで逆転SHの3年・桐生開にはたいた。相手右サイドバックも負けずにディフェンスをする。桐生の動きが一瞬止まり、相手の足がボールに伸びた。
とその瞬間、桐生は斜め前にパスを出した。なんと SBの安田がここまで上がって来ていたのだ。相手SBの反応が遅れ、安田はボールを受けるとテンポ良くセンタリングをあげた。
CBのマークをうまく交わした前澤が頭で合わせ、ボールはゴール左上へ。真琴は思わず背伸びをした。
ゴールネットが揺れた瞬間、部員全員が立ち上がって一斉に雄叫びをあげた。無論真琴も例外ではない。ベンチの外で興奮して航平と肩を抱き合い喜んだ。行動に表しはしないものの、監督も顔を綻ばせた。
試合に出場している選手もみな塊になって喜び合っている。先輩に気を遣ったのか歓喜の嵐に加わることなく一人で自陣に戻る安田に気づいた前澤が後ろから抱きつくと、安田は眉を八の字にして満面の笑みを浮かべた。
「よしよしよしよしっ!」航平がガッツポーズの拳を上下させた。ベンチメンバーもまだ興奮しながらゴールシーンを語り合っている。
後半16分。まだ油断はできない時間帯だが………
_____この試合、勝てる。
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