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キックオフ
Episode 5
しおりを挟むベンチから1番遠いピッチのサイドで、SBが横向きに倒れている。微かに震えている華奢な背中に書かれた「2」の番号を見て真琴はようやく状況を把握する。
「安田……??安田!!!」
真琴は声を張り上げ、ベンチから腰を浮かせた先輩から氷嚢とボトルを取り上げて走った。
ラインを超えてピッチに入ったところで、後ろから「主審の許可なくピッチに入っちゃダメだ!」と誰かから注意を受けた。
「そんなん……」
____気にしてられっかよ!
真琴はそう思ったものの、監督から「三河」と静かに制され、渋々一歩下がって主審の承諾を待った。
主審は掌を2度上に返して「入って」と促した。真琴は小さく頷いて再び走る。
_____安田!!!!
全速力で走る真琴の足元から砂埃が舞う。
「おい、安田!!大丈夫か!?」
ほんの5秒ほどで安田のもとに駆けつけた真琴は、すぐさま安田の顔を覗き込む。
安田は苦悶の表情をしていた。地面に沿わせた腕に力を込めて立ち上がろうとしていた。背中が震えていたのは力を込めていたからか。安田は脚が動かないようだった。立ち上がろうと脚にほんの僅かな力をかけるたび、安田の表情は激しく歪んだ。
「一回出よう、ほら」
真琴は安田の細い腕を自分の肩に巻きつけ、ピッチの外に引っ張り出そうとした。安田の腕は汗で湿っていたが、真琴はそんなことを気にしている暇もなかった。
「ただ、足が攣っただけだ………、伸ばせばすぐ、戻れる」
安田は真琴の肩を叩いた。離せ、とでも言うかのように。
「安田お前無理すんなって!お前……」
真琴は安田が残って走り込みをしているのを知っていた。口数こそ少ない奴だが、陰で人一倍頑張る努力家の安田を、真琴は知っていた。
「……だから、脚が悲鳴を上げて……」
そう呟いた真琴に、安田はただ肩で息をするだけだった。
監督がすでに交代選手を用意し主審に呼びかける。
相手の控え選手も担架を持ち向かってきた。選手交代が認められるのと同時に、真琴と安田はラインを超えピッチ外へと出た。
「クソ………」
一向に脚の動かない様子の安田はそう呟き、顔を歪めた。その表情には痛みと、悔しさが滲んでいた。安田の握りしめた拳が微かに震えていた。しかし安田はもうそれ以降は何も言うことなく、黙って担架に乗せられ運ばれていった。
「安田…………………」
真琴は担架を見つめることしかできなかった。
--------------------
「大丈夫そうだったか?安田」
「いや………」
ピッチの外側を周り、ゆっくりとベンチに帰ると航平が心配そうな面持ちで聞いてきた。
「いや…………………」
苦痛に耐える安田の表情を思うと、真琴はこうとしか言えなかった。「えっ、そんなにヤバかったの?」と航平が焦って聞き返す。
真琴は答えず、黙って再開された試合に集中しようと努めた。
「とにかくアタシ達が出来ることは、安田の分まで頑張ること。応援すること。そして勝つこと。」
航平はそうだな、と小さく同調し、真琴と同じく試合に視線を戻した。
--------------------
試合は両者譲らぬ展開となったが、疲れから当然SBの走力が後半序盤よりも落ち、相手ゴール前まで持ち込むことも少なくなった。
真琴も航平も、ベンチメンバーも必死に声を掛け、プレーヤーもそれに応えるべく全力で戦ったが、両者その後得点はなく、試合終了のホイッスルが響いた。
1-1。引き分け。となると、同グループ2位タイの水澄高校と、得失点差で決勝進出が決まる。館華高校は得失点差が1。あっちが2以上ならば、館華の敗退が決まる。
館華のメンバーは皆、複雑な表情だ。祈るような表情の者もいる。監督が冷めた表情でタブレットを取り出し、水澄高校の試合結果を調べる。
_____頼む。お願いだ。
「水澄高の試合結果、」
監督が口を開いた。
「4-1。水澄高の得失点差は2となった。」
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