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2 オメガの元貴族
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アクアを見張っている騎士は不思議だった。アクア・クレストは手のつけられない乱暴者で、突然の国外追放も止む無し、と言う事だったのに。ガタガタとうるさく揺れる馬車の中で、放逐される侯爵令息は物凄く静かだった。
パーティーは夕刻に行われたので、今は夜だ。しだいに深くなる闇と登りつつある月を小さな窓からぼうっと眺めている。悪名高い公爵令息ならば嫌だと暴れて出せと叫ぶだろうと身構えていた騎士は出鼻を挫かれた形だ。
黙っていればクレスト家の双花と呼ばれたアクアとアメシス。その片割れはやはりとても神秘的で美しい。二人とも子供を産む事が出来るオメガと判定され、クレスト公爵はがっかりしたが、その美しさが幼少の頃にすぐ王家の目に留まり、王太子との婚約が決まった。
兄が優秀なアルファを家に迎え入れ、弟が王妃となるればクレスト家はもっと繁栄するだろうと誰もが羨んだ。
しかし、兄のアクアは落ちこぼれた。勉強もマナーも覚えられない、言葉も粗暴で弱い物を虐めて楽しむ素振りさえある。幼少の頃は手がつけられなくてももう少し大きくなればと期待を寄せたが、アクアの素行の悪さは直らず……とうとう王太子の怒りに触れた、という事なのに。
オメガ特有の儚さを全身から滲ませ、月を見上げる横顔はとても美しい。首に嵌まった重厚なネックチョーカーがオメガであることを更に強調させていた。
騎士はベータであったが、もしアルファならば目の前のアクアに欲情しかねない、そんな風に思わせる姿だった。
馬車は夜通し駆け、朝靄がけぶる中、国境へたどり着いた。そして本当に何も持たされていないアクアは馬車から下される。
「……行って下さい」
騎士はそれ以上強い言葉をかけることは出来なかった。多分、アクアはこのまま死ぬだろう。何の準備もない豪華な卒業パーティーの衣装を纏ったオメガの令息がたった一人、森も深く獣や魔獣が出る国境に置いていかれるのだ。
隣国の国境警備隊が保護してくれるかもしれないが、そんな面倒な貴族など見ないふりをした方が簡単だ。
「おい、訳ありか?」
案の定、国境の向こう側から声がかかる。
「ああ、王太子殿下のご不況を買った貴族の息子だよ。このざまさ」
騎士は答える。これでアクアの扱いは決まった。
「変なもんをウチに持ち込むなよ」
保護はない。それでもアクアはゆっくり歩いて国境を越えた。住み慣れた国に別れを告げたのだ。
アクアが国境を越え、振り返りもせず道を歩いて行き、小さな背中が見えなくなるまで騎士は見送りそして帰って行った。
パーティーは夕刻に行われたので、今は夜だ。しだいに深くなる闇と登りつつある月を小さな窓からぼうっと眺めている。悪名高い公爵令息ならば嫌だと暴れて出せと叫ぶだろうと身構えていた騎士は出鼻を挫かれた形だ。
黙っていればクレスト家の双花と呼ばれたアクアとアメシス。その片割れはやはりとても神秘的で美しい。二人とも子供を産む事が出来るオメガと判定され、クレスト公爵はがっかりしたが、その美しさが幼少の頃にすぐ王家の目に留まり、王太子との婚約が決まった。
兄が優秀なアルファを家に迎え入れ、弟が王妃となるればクレスト家はもっと繁栄するだろうと誰もが羨んだ。
しかし、兄のアクアは落ちこぼれた。勉強もマナーも覚えられない、言葉も粗暴で弱い物を虐めて楽しむ素振りさえある。幼少の頃は手がつけられなくてももう少し大きくなればと期待を寄せたが、アクアの素行の悪さは直らず……とうとう王太子の怒りに触れた、という事なのに。
オメガ特有の儚さを全身から滲ませ、月を見上げる横顔はとても美しい。首に嵌まった重厚なネックチョーカーがオメガであることを更に強調させていた。
騎士はベータであったが、もしアルファならば目の前のアクアに欲情しかねない、そんな風に思わせる姿だった。
馬車は夜通し駆け、朝靄がけぶる中、国境へたどり着いた。そして本当に何も持たされていないアクアは馬車から下される。
「……行って下さい」
騎士はそれ以上強い言葉をかけることは出来なかった。多分、アクアはこのまま死ぬだろう。何の準備もない豪華な卒業パーティーの衣装を纏ったオメガの令息がたった一人、森も深く獣や魔獣が出る国境に置いていかれるのだ。
隣国の国境警備隊が保護してくれるかもしれないが、そんな面倒な貴族など見ないふりをした方が簡単だ。
「おい、訳ありか?」
案の定、国境の向こう側から声がかかる。
「ああ、王太子殿下のご不況を買った貴族の息子だよ。このざまさ」
騎士は答える。これでアクアの扱いは決まった。
「変なもんをウチに持ち込むなよ」
保護はない。それでもアクアはゆっくり歩いて国境を越えた。住み慣れた国に別れを告げたのだ。
アクアが国境を越え、振り返りもせず道を歩いて行き、小さな背中が見えなくなるまで騎士は見送りそして帰って行った。
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