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26 私はあなたの兄ではありませんから

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「お、お願い!帰って来て、アクア!アクアがいないと私、私寂しくて」

 ポロポロとアメシスは涙を零しながらこちらに寄ってこようとする。アメシス、凄いんだよね。いつでもどこでも泣く事が出来るんだよね。
 突然泣き出したアメシスに、ほぼこの場にいる全員が呆気に取られた。だってあまりに唐突なんだもの。しかも直前にあの嫌な顔になっていたからコロコロ態度が変わるアメシスに不信感しか抱かなくなって行く。

「私のアクア……アランと呼ぼうかな?アランは寂しくないよな?」

 勿論ですとも旦那様。

「ええ、毎日旦那様もいてくださりますし、使用人の皆さんも良くしてくれて。それに両親や兄弟とも久しぶりに会えて……寂しい事なんて一つもありません」

 本心からそう思う。旦那様はいつもそばにいてくれるし、執事さんをはじめ使用人の皆さんは本当に良くしてくれる。そして私はアメシスやクレスト公爵が学ぶように強要してきた上流貴族の嗜み、思っている事は顔には出さないという教育を遺憾なく発揮している。アメシスに脅されようが宥めすかされようが、ギリギリ残っているかもしれないアメシスへの情があったとしても、一欠片も顔に出す事はない。

「兄とやらがいないことが分かったか?我々はそろそろ失礼するよ。宜しいですね、陛下」

「違う!そいつはボクの兄のアクアだ!!アクアがいないとボクはサフィール殿下の婚約者を降ろされそうなんだ!早く、戻って来て!アクア!!お願いだよ、弟のボクを助けてよ!!」

 アメシスは都合のいい時だけ弟だというからね、いつも通りだ。私が何故あんな地獄へ戻らないといけないんだろう?この二人は何故、私が戻ると思ったんだろう……。何度も何度もこんな事はしたくない、平民に戻りたいと訴え続けていた私の言葉はこの二人にはまるで届いていなかった、という事なんだろうね。

「それは、貴方のお兄様にお願いしたらいかがでしょう?私は貴方の兄ではないのですよ」

 気負わず、悪びれず……私は平静な声を保って優しい公爵夫人としてそう返す事が出来た。今まで靄のようにかかっていたアメシスの呪縛がぱあっと旦那様のお陰で晴れた気がする。もう、誰かに命令されることはないんだと実感できた。

「違う!お前はアクアだ!ボクの目は誤魔化せないんだぞ!今まで公爵令息として育ててやった恩を忘れて、仇で返す気!?絶対に許さないんだから!!」

 誰もそんなこと頼んでない、恩なんて感じるわけがない、私が口を開く前に旦那様が言ってくださった。

「望んでしてもらったものならば恩というだろうがな。何度も言うが私のアランはお前の兄ではない、その耳と頭は飾りか?付き合いきれん」

「そ、そんな事ないですぅ!そいつは私の兄のアクアですぅ!」

 全く自分に好感情どころか興味を示さない旦那様に必死に声をかけている。どこに行ってもちやほやされて来たアメシスにまったく興味を示さない旦那様にきっとびっくりしているんだろうな。
 アメシスをみる旦那様の目が腐った臭い玉ねぎを見る目だったのは驚きを通り越して笑いそうになってしまった。

「出たー……ノエルのあの目。アクア……いや、アラン以外の人間は皆あんな目で見るよなー」

 ため息と共にぼそりとつぶやいた陛下の声に私は何の我慢大会なのかと噴き出すのを堪えるのに必死だった。


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