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番外編

そこにあった分岐点2

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「ディエスがイーライに会いたいとその様な伝言だったのです」

「……成程」

「私の侍女に取り付いだメイドに伝言したメイドが入ったばかりの日の浅い者で、そこを狙われたのだと思います。こちらの不手際です、責は私に」

「その日の浅いメイドに伝えた者がソルリアの手の者だったと言う事ですね」

 事情を聞かれたソレイユも沈痛な面持ちであった事を全て明らかにした。

「メイドは「ディエス様のご兄弟がイーライ様に会いたがっている」と言う伝言を受けたらしいのです。もしそのまま伝われば私のメイドは警戒したでしょう。我々もディエスが故国と不仲なのは存じておりますら。しかしメイドは正確に伝えずただ「ディエス様がイーライ様に会いたい」と伝えたのです」

「成程、ディエス様ならばイーライ様に会いたいと言っても不思議ではありませんな」

 頷くソレイユ。

「今日の訪問がソルリア国と言うのは気になり私の騎士も連れて行ったのですが……まさかこんな事に。近頃は王宮もゴタゴタがなくなり油断をしてしまいました」

 ソレイユも悔やんでも悔やみきれない。あれから7日経ったがまだディエスは目を覚まさないのだ。

「ディエス様、ディエス様!」

「ううー」

 もしかして、とアレッシュやイーライを連れてラムシェーブルの部屋を訪れてもディエスは目を覚まさない。本当に静かに人形のように眠っていて、その姿は生気を感じない。

 誰かが、魂が抜かれたようだ。そう言ったが、本当にそんな気がしてとても恐ろしかった。

「ラム……」

「ソレイユか。ああ子供達が来ているのにディエスめ、まだ起きぬとは。どうだ?ソレイユ。お前の学生時代の技でも食らわせてやったら起きるかもしれんぞ?」

 あれから一睡もしていないラムシェーブルの目は落ち窪み、真っ黒なクマが出来ているが、やはり声が楽しげでそのチグハグさが痛々しすぎる。ソレイユは唇を噛むしかない。

「嫌よ。ディエスの可愛い顔に私の赤い手形がつくのは可哀想ですもの。起きたらびっくりして泣き出したらどうするの?」

 無礼な輩に強烈なビンタを浴びせた学生時代を思い出す。そんな戯言で少しでもラムシェーブルの心が安まれば、そう思ったが上手くは行かなかったようだ。ははっ!笑っているのに笑っていない笑い声が漏れて、ソレイユの心は昏く沈む。いっそ激しく糾弾してくれたらよかったのにと。

「泣いたら私が慰めるから問題ないぞ」

「あらあら、相変わらず仲が良いわね。良い事だわ」

 ソレイユはラムシェーブルと当たり障りのない話しか出来なかった。体を休めろ、食事をしろ、睡眠を取れ。誰もラムシェーブルに進言する事が出来ない。

「このままディエス様が目を覚まさねば、ディエス様の御命が危ない……しかし、どうする事も出来ぬのです」

「それよりも陛下です。あれではディエス様より先に陛下が……いえ、もう限界を越えていらっしゃいます」

「分かっている!分かっているのだ……!」

 広い王宮にも、王都にも、国にもラムシェーブルに苦言を呈する事ができる人間はただ一人しか居なかった。
 近寄っただけで壊れそうで、それでいて射殺されそうな狂気を纏った皇帝に微笑みかける事が出来るのはただ一人しか。
 その一人が目覚めないので、皆お手上げだった。
 無理にでも声をかけるとこはセイリオスには出来なかった。もし、もしクロードが同じ状態なら?自分を庇って刺されたら?そして目を覚まさなかったら?
 その狂気を理解出来るが故に、中途半端な言葉など出てこない。

「頼む、頼むから帰って来て下さい……」

 首を垂れて祈る事しか出来なかった。


 
 静かに静かに状況は悪化して行く。日を重ねる毎に眠っているディエスの顔色は人間のそれから離れて行く。もう耳を近づけて聴かなければ分からぬ程、呼吸も小さく細い。
 美しさを保っているのが、作り物感を後押ししてディエスを知る人間でもそれが本人だとは気が付かないだろう。精巧な人形を寝かせている様にしか見えなくなっていた。

「セイリオスが言うのだ。あんな国でもお前の祖国だろう?勝手に滅ぼしてはお前が起きた時に悲しむのではないかと」

 その美しい人形に縋り付いて、この国の最高権力者は淡々と語りかけている。

「確かにそうだなと思いこの命令は保留にしておるのだ。騎士団もまだ帰らぬしな。しかし、残った兵力でもあの程度の国ならば猫の子1匹残さず殺し尽くせる」

 ソルリア国民全てを殺せと明記された紙をひらりと目の前で振るが、やはりディエスはピクリとも動かない。

「早く起きて私を止めねば酷い虐殺が起こるぞ?あの国で生存を許したのはお前の産みの母親だけだ。後は皆、首を刎ねるように指示してある。ほら、恐ろしいだろう?早く私を止めるんだ、ディエス」

 返事は返ってこない。

「ディエス、ディエス。帰って来い。私を置いて行くな……神よ……」

 ラムシェーブルが神に祈った事はこれで二度目だ。

「私は皇帝として生まれ、皇帝として育てられ皇帝となった。それなのに私の本当に欲しい物はどれもこれも溢れて行く……最初は母上、そしてソレイユ、ディエスまでも連れて行くのか?私はそれ程多くを望んだか?私は望まれるままに皇帝として責務を全うしているのに、何故私の望みは叶わない?
 たった一人、傍にいて欲しいだけなのに」

 書き上げた命令書をぐしゃりと握り、ラムシェーブルは吐き出す。

「皇帝なんて誰がしたいと言った?私はこんな事したくなかった。母上が望んだから、応えたのに。私は本を読んですごしたかった……ああ、神よ。私は貴方が大嫌いになりそうだ。貴方が創り給うたこの世界を大嫌いになりそうだ」

 まだ微かに温もりがあるディエスの掌にラムシェーブルは自分の手を重ねる。

「そうだ、嫌な物があれば壊してしまえば良いのだな。私は皇帝だ、その与えられた力を使って何が悪い?はは、簡単な事であったよ、ディエス」

 ぽとりと小さな涙が落ちる。それは無常にもベッドのシーツにすぐさま吸い取られてしまったが、声にならない叫び声を上げていた。

  死ぬな、ディエス!死なないでくれ……俺を置いて行くな、俺を一人にするな!頼む、頼むから死なないで……俺を冷たい中に一人で置き去りにしないでくれ!

「良い考えだろう?」

 ラムシェーブルに良く良く馴染んだ皇帝の顔はこんな時ですら、激しく泣き喚く事をさせなかった。

「なあ、ディエス……」

 もう良い、もう何も要らない。どうせ望んでも得られぬのならば最初から望まなければ良い。

「ディエス、先に行って待っていろ。後で必ず逝くからな」

 希望という言葉に手をかけくびり殺すその瞬間にあまりに間抜けな声が響いたのでさしもの皇帝ラムシェーブルも希望にとどめを刺す事が出来なかった。

「あれぇ……?」

 先程まで人形のようだったモノがぱっちりと金色の目を開いている。上質な陶器より白かった頬には血の気が戻り薄く色付いてさえいた。

「ディエスッ!!」

「あ、ラムだ」

 まるで廊下でばったり出会ったような気やすさで声をかけてくるディエスをぎゅっと抱き寄せ音も立てずに神へ感謝を捧げた。

「ラム……」

 二人はやや暫くそのままだったが結局

「ぐるじぃ……目の前が暗くなって来たぁ」

「ディエス?!」

 締まらない感じで医師を呼びつける事になった。


 最初から予定されていた道はここで完全に消え、新しい未来への道が選び取られたのだった。




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