【完結】スキル「癒し」のみですがまだ生き残っています!

鏑木 うりこ

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番外編

65 星の運命の2人

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 別になりたくてなった訳ではなかった。1番上の兄上が乱心して父と母を切り捨てた。
 兄の手から逃れる途中に2番目の兄上は俺を庇って斬られた。

 そして残ったのは俺だけだった。俺だけだったから俺が皇帝になった。楽しい事は何もない。ただ、山積みの仕事を片付けるだけの毎日。
 親友のレギルとダリウスが居なければ、どうなっていたか分からない。

 うるさい内外。レギルにそっと愚痴を零すと、2人は俺に付き合ってくれた。巻き込んで済まない、何度謝ったか覚えていない。

 父にも俺にも尽くしてくれたマクドルが領地へ戻り、たまにそこで羽を伸ばすのだけが唯一の慰めになった。

 愛馬に乗り、気ままに国境の森を走る。城にはレギルがいて、俺が居るように偽装している。だからここに来ているのを知っているのは、レギルとダリウス、そしてマクドルだけだ。

 その日もそんな息抜きの日だったが、愛馬のメロウは途中で立ち上がり、俺を振り落とした。
 大人しいメロウに何があったは分からんが、馬から落とされた時、酷く頭を打った。

 目が霞む……吐き気がする……。

 これはダメなやつだ。俺が死んだら親友達が困ってしまう。しかもこんな森の中でではマクドルにも迷惑がかかる。

まずいまずいまずい!

 だがこれで俺は楽になれる。やりたくもない皇帝なんて仕事も何もかも捨てる事ができる。

 ……怪我のせいで弱気だな。これ以上親友に迷惑をかけたくない。記憶を頼りにこの辺りにあるはずの泉を目指した。
 
 子供の声がする。この森で人に会うのは珍しい。

「誰だ!」

「ひえ!」

 子供は変な声を上げて飛び上がった。

「血の匂いッスね。にーさん、怪我してるッスね」

「ね!猫が喋った!?」

 自分の怪我を一瞬忘れる。この黒猫喋るぞ!

「え、えっと!さ、最近の王都の猫は喋るんですよー!わ、わたし達最近王都から来たので!こ、この辺りの猫は喋らないんですかーーー?」

 そんなわけないだろう!猫は喋らない!この子供はそんな苦しい言い訳で俺が納得すると思っているのか?
 しかし、この子供は何者なのだ?弱った俺の姿を見られている……口を封じる必要があるかもしれない。

「最近……王都からこの辺に……?確か、マロードの「剣聖」が引っ込んだと聞いたな。元リーツ領……そうかジュール・セーブルか」

「お父様をご存知ですか?」

 正体を自分から明かすとは!

「お前……!ジュール・セーブルの息子か!「剣聖」か!もう1人のほうか!」

「ち、違います。私は、あの」

 話は途中から聞こえなくなった。頭が、頭が割れるように痛い。

「っつっ!」

「あっ!」

 まずい、本当にまずい!

「あの……怪我、してるんですか……?」

「見れば分かるだろう!」

「うわ…痛そう……」 

 分かってる事を言われてもな!左腕が変な方向に曲がっている。足もだ。余程酷い落馬だったんだろう。頭から血は出てるし、服は泥だらけ。

「くそっ…!吐きそうだ…」

 近くの木にもたれかかってずるずるとしゃがみ込んだ。もう立っていられない。
 
「あの、あの……大丈夫ですか?」

 子供が近寄る気配がするが、目が開かなかった。死、死ぬ。やはり皇帝など逃げれば良かった。ただ、がむしゃらにかけた日々だった。

「レンこの人、死にそうなの?もしかして……」

「ヤバイ感じがするッス。治してやるッスか?」

 子供と黒猫はヒソヒソと話をしている。もうどうしようもない。俺の首を持っていけばマロードで、褒美の1つももらえるだろうよ。

 痛みが引いて行く。割れるようだった頭がスッキリ冴え渡る。それどころかここ最近無いくらい気分が良い。

「ん、何だ。痛みが……」

「大丈夫ですか?ちゃんとまっすぐになっている気がしますが、腕は動きますか?吐き気は止まりました??」

 目が普通に開いた。さっきまでの痛みが嘘のようだ。痛くないな?腕をグリグリ、首をコキコキ。

「治ってる……これはお前のスキルか……?」

 子供は頷いた。

「あの、誰にも言わないで欲しいんです……家族がまた笑われてしまうから……」

「笑う?何故だ。こんなに素晴らしい癒しのスキルなのに!」

「……それしか、ないんです」 

「ん?」

「私は、スキルが「癒し」しか、1つしかないんです」

 1つ?!スキルが1つ!しかし補って余りある。俺は確かに死にかけていた。それがどうだ。ここにくる前より調子が、いやここ何十年で1番調子が良いではないか!

 それにしても……俯きながら自分のスキルが1つしかないと嘆く子供は、儚げでとても、とても心に残った。




「……何か、いやらしいこと考えてるでしょ」

 最近の妻はやっとあの約束を諦めたようだ。お前が愛する女性に出会ったら……なんて。俺がそんな事させると思っていたんだろうか?
 結婚式もパレードも顔見せも全て嫌がったのも好都合だった。流石に見物人の全てから若い女性を排除する事など不可能だからな。

「そうだな、考えてたよ。ヨシュアの事」

 すぐ隣に座っている榛色の髪の毛に手を伸ばし、少し長くなった毛先を弄んだ。

「御髪があった方が色々とお飾りをつけられますのじゃ」

「女の子みたいで嫌ですーー!」

 と、拒否していたが女官長のメアリーおばあちゃんに泣き落とされ、伸ばし始めている事を俺は知っている。

「やめて下さい、ちゃんとお話聞いて!」

 小声でたしなめられた。ふふ、真面目だなぁ。

「じゃあ青い石の髪飾りを買ったらつけてくれるかい?」

 俺の目の色と同じ色の石が付いた奴。
ヨシュアはうーんと考えて

「ちゃんとしてくれるなら!」

 やっぱり小声で言う。良し、絶対だからな?

「皇帝陛下並びに皇后様におかれましては誠に……」

 長い、長すぎる貴族の挨拶が続いている。新年を祝う公式行事だ。どうしても外せないので、こうして何十人いるか分からない貴族達の挨拶を受けている。
 どうせ

「うむ、今年も健勝であれ」

 と、言うだけだ。あまりに暇すぎるのでヨシュアと話くらいしてもいいだろう?それにしても

「疲れただろう?もう切り上げよう」

「大丈夫です。だってまだ挨拶あるんでしょう?」

 今年初めて隣に座って貰った。2人目の子供……エトワールを無事に産んで、体力も安定したからだが、やはりもう限界だ。

「レギル」

 親友に声をかければ1つ頷き

「挨拶はここまでに致します。あとはパーティで」

 ヨシュアの背と膝裏に手を回し、さっと抱え上げる。

「じ、ジュリアスさんっ」

「なんだ?」

「……何でもないですっ!」

 顔を赤らめて、頬を膨らませるヨシュアはとても可愛い!

「いやぁ!今年は去年の5倍は我慢できましたね!素晴らしい!流石ヨシュア様!お疲れ様でした。ささ、休憩なさって下さい!」

「え、まだまだ挨拶は終わってなかったのに……すみません」

 膝の上にステラを乗せたヨシュアは、レギルに褒められている。

 あー!とかだー!とか言いながら勲章を食おうとする息子はとても可愛い。ヨシュアと同じ髪の色、俺と同じ瞳の色。

「何をおっしゃいますか!去年など5人で逃げた阿呆がいますからね!今年は快挙ですよ!」

 余計な事を言うな!貴族の話はつまらないし、去年はステラも可愛いかったし……何よりヨシュアの側にずっとくっついて居たかったんだ。
 でも他の奴にヨシュアを見せたくないという心境を秤にかけて、さっさと退出を選んだだけじゃないか!

「それで、あの……お願いしたことなんですが……」

「構いませんよ。次の日の挨拶はお願いしますね」

「はい」

 レギルとヨシュアは何がやり取りしている。

「ではすぐに」

「お願いします」

ん?レギルはヨシュアの手を取り、

「行きますよ」

 俺の手も掴んで転移をした。

「明日の朝、迎えに来ますね」


 あの大きな「ヨシュアの木」が立っている広場に俺とヨシュアは残された。

「すいません、ジュリアスさん。アヴリーさんの店でパンを買ってきてもらえませんか?あとお茶と。」

「ああ 構わないが」

 ヨシュアは木の後ろに回り込み、人気の無いことを確認して中には入っていった。

 俺は素直にお使いをし、とんとんと扉をノックする。小さな扉はすぐに開き、身をかがめて中に入った。

 中は色々な物で溢れていたが、ヨシュアは俺を手招きした。

「こっちです」

 ヨシュアが歩くとそこに階段ができる。俺も続いて上へ上へと上がって行き、とうとう外に出た。
 あまり歩いた気がしないのにかなりの高さまで来ていることに気がついた。

「帝国が見えます。王宮って灯りがきれいですね」

 ベランダのように張り出した太い木の上にヨシュアは腰を下ろした。その隣に腰を下ろし

「そうだな」

 ヨシュアがみている方向と同じ方を向いた。

「ジュリアスさん。私は幸せなんでしょうか?」

「どうだろうなぁ」

「俺は幸せなんでしょうか」

「どうだろうなぁ……少なくても俺は幸せだなぁ」

 1番欲しかったものが手に入って、いま、隣に居るから。

「そうですか……じゃあ私も幸せみたいですね」

 ヨシュアは不思議な事をたまに言うがそれも嫌いじゃない。

《良かったわ 私の子よ 地に満ちよ》

「星のお母さん。地に満ちるほど、子供は産めないよ!」

 俺にも聞こえた、優しい星の声。どうだい?星のお母さん。俺は約束を守る男だぜ!

「ジュリアスさん、ついてきてくれてありがとう」

「ああ、俺も来て良かったよ」

 ヨシュアについて中には戻った。とんとんと階段を降りながら

「今日は挨拶できる気がしたから….星のお母さんに……ちゃんと報告しなくちゃって。幸せですよって。」

 ヨシュアは少し恥ずかしそうにぽつりと呟いた。
 おいおい!俺に「幸せでしょうか?」なんて聞いて来たのはなんなんだ?可愛すぎてどうしたら良いんだ?!

「そうだな」

 抱き締めて、くるくる回ってやりたいが階段を降りている途中は危ないから駄目だな。降りたら覚悟しておけよ?

 とん、とヨシュアの右足が床を踏む。

「星のお母さんにいつ会えるか分からなかったから、時間がかかるかなーって思ってパンを買ってきて貰ったのに、すぐ逢えちゃいました」

 ふふ、私は運が良いのかも?と笑うヨシュアを抱き寄せる。

「そうだな、でもここに来た恋人達は2人で空を見上げるのだろう?」

 ここにはヨシュアの墓標として、悼む者は1人も居なくなって、代わりに永遠を誓う恋人達が集う場所になっている。

 勿論最初の恋人は俺とヨシュアだ。レギルが上手い具合に噂を流して、そう言うことにしてしまった。

『悪に引き裂かれようとも、死が2人を別つとも、星の運命の2人ならばここで奇跡で結ばれる』

 と。星の運命ってなんだ?適当にそれっぽい事言いやがって。
 
「そうですね。でも、死んじゃったら結ばれませんよね。奇跡でも起きない限り。私の最初の一回ももうおしまいですよ?」

 無理しないでくださいね、と抱きしめる返してくれる腕の力が暖かい。無理なんてしないさ、俺が無理で無茶するのは、ヨシュアの為だからな。そのヨシュアがここに居てくれるなら、無理する必要なんてないだろう?

「最初の一回ってなんだ?」

「あれ?言ってなかったですか?星のお母さんが私に奇跡を一回だけ持たせてくれたんです。処女を捧げた時に……っ?!何でもないですっ!」

 しまった!と言う顔をして、ヨシュアは口を手で押さえた。言うつもりが無かったのに、うっかり喋っちゃったのか?そうかそうか。それは全部聞きださなくてはな?

 撫で回し、舐めまわして、捏ね繰り返して

「も、もうゆるしてくださぁい……」

と、半泣きのヨシュアから、全てを聞き出した。

 そうか、俺たちは奇跡の結果だったんだな。
 俺の下で

「じゅりあすのほんき、こわぁい……」

 と、真っ赤になりながら、目を伏せている伴侶は、俺よりうんと小さな体に、奇跡と癒しをいっぱいに詰め込んでいる。
 なんて可愛くて、愛しいんだろう。

「おいおい、俺の本気はこんなもんじゃないぞ?」

 あの結婚式の初夜の夜、もう一度だけ使える奇跡を取っておく為に、ヨシュアはあれだけ拒んだんだな、それが分かってほっとした。
 本当に嫌だったのではないかと、心配はあったのだ。

 最高の奇跡をありがとう。君と、君のお母さん。
 そして、俺のお母さん。これからもよろしくお願いします。

「てかげん、してくださいぃ……だんなさまぁ」

 こんなに可愛い妻にどうやって加減しろっていうんだ!

「それは無理!」

「ぴゃん!」

 例え、また少しは考えろ!ケダモノめ!と言われても、その体に愛をささやき続けるのを止められない。

「頑張らないと、星を満たすくらい増やせませんから」

 と、幸せそうに笑うヨシュアが見えるようだ。

「もう、死んでも離してやれそうにないな」

「じゃあ、ずっと離さないでいてくださいね」

 繋がったところが暖かい。直接ヨシュアの玉が入り込んで来ているのだろう。何も痛い所も苦しい所もないのだけれど、その気遣いもとても愛しい。

「ああ、ずーっとな」

「はいっ!」

 可愛い可愛い俺の星の子、星の運命の人よ。ずーっと側にいておくれ。





 おしまい

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