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最終話:私たちの夏はまだ終わらない
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コンテストの結果発表の時間が近づき、夕暮れが迫る国際コンベンションセンターのロビーは、生徒たちの期待と不安が入り混じった独特の熱気に包まれていた。ざわめきの中、壁に張り出された模造紙の前には、黒山の人だかりができている。
「…芽衣、見に行かないのか?」
部長の声に、芽衣は小さく首を横に振った。一人、会場の隅にある自販機の前で、冷たい缶を握りしめている。自分の写真がどう評価されたのか、今はどうでもよかった。それよりも、紬が落とした写真を見て、どう思ったのか。そのことばかりが、芽衣の頭の中を占めていた。
「おい、写真部門の結果、発表されたぞ!」
「最優秀賞は…東高校の『残照』だ!」
歓声とため息が、ロビーのあちこちから聞こえてくる。やがて、人だかりが少しずつ引けていき、芽衣たちの写真部の仲間が、少し気まずそうな顔で戻ってきた。
「…ダメだったみたいだ。俺たちのは、誰も入賞してない」
「まあ、全国レベルは高いからな」
仲間たちの慰めの言葉が、遠くに聞こえる。芽衣は「そうですか」と力なく呟いた。悔しいという気持ちよりも、安堵に近い感情が胸に広がっていた。自分のあの写真が、大勢の目に晒されなくてよかった、とさえ思った。
そんな時だった。
「…芽衣」
背後から、優しい声が聞こえた。
振り返ると、そこに立っていたのは紬だった。彼女の手には、先ほど芽衣が落とした茶封筒が握られている。
「…紬さん」
「これ、落としてたよ」
そう言って、紬は一枚の写真を差し出した。芽衣は、受け取る手がおずおずと震える。
「あの…」
「見たよ」
紬の言葉に、芽衣は顔を上げることができなかった。
「…ごめんなさい」
消え入りそうな声で謝ると、紬はふっと微笑んだ。
「なんで謝るの?ありがとう、だよ。…私のこと、ちゃんと見てくれてたんだね」
紬の言葉に、芽衣は驚いて顔を上げる。その瞳は、少しだけ赤く潤んでいるように見えた。
「私は、ずっと自分の描く絵は、誰にも理解されないって思ってた。明るい絵を描いても、どこか孤独だねって言われるだけで。…でも、芽衣は、私が見せたくなかった部分まで、ちゃんと見て、写してくれた」
紬は、そう言って、芽衣を美術部門の展示スペースへと誘った。
美術部門の会場は、写真部門の喧騒が嘘のように、静かで落ち着いた空気に包まれていた。壁には、様々な技法で描かれた力作が並んでいる。
紬は、たくさんの作品の中から、一つの絵の前で足を止めた。
それは、ひまわり畑で微笑む芽衣を描いた、ポートレートだった。
絵に描かれた芽衣は、ファインダーを覗き込み、少し緊張した面持ちで笑っている。その瞳は、夏の強い日差しを受けて、きらきらと輝いていた。そして、その絵の横には、「奨励賞」と書かれた小さな札が貼られていた。
「…これ」
芽衣は、息を呑んだ。それは、紬が芽衣に隠れて描いていた絵だった。
「私が、芽衣に惹かれたのは、芽衣のひたむきなところ。自分の気持ちを言葉にできない、私と同じような孤独を抱えながらも、ファインダー越しに、ちゃんと世界と向き合おうとしてる、その姿に」
紬は、優しく微笑みながら言った。
「芽衣がくれた写真が、芽衣の言葉なんだね。…それと同じように、私のこの絵は、私の言葉。私から見た、芽衣の『夏』なんだ。コンテストの結果なんて、関係ない。私にとって、芽衣が撮ってくれたあの写真が、世界で一番の作品だから」
芽衣の目から、再び涙がこぼれ落ちた。それは、コンテストに落ちた悔し涙ではなく、自分の想いが、確かに届いていたことへの喜びの涙だった。
紬は、そんな芽衣の肩にそっと手を置き、優しく微笑んだ。
会場のガラス天井から差し込む夕陽が、床に細長い光の帯を描いていた。
それは、紬が最初に描いていた海の真ん中に浮かぶ白い舟の形によく似ていた。
帰り道。
二人は並んで、会場の広い階段を下りていた。夕焼けが、空を茜色に染めている。
「ねえ、芽衣。コンテスト、残念だったね」
紬が、少し意地悪そうに笑って呼びかける。
「…紬さんは、奨励賞、おめでとうございます」
芽衣が少しむくれて振り返ったその時、足元の小さな段差に気づかず、つまずいてしまった。
「…わっ」
バランスを崩す芽衣の腰に、紬の腕が素早く回される。
予期せぬ密着。
二人の顔が、おでこが触れそうなほど近くまで寄る。唇が、あと少しで触れそうな距離。
芽衣は、驚きで目を見開いたまま、紬の瞳を見つめた。
その瞳の奥には、確かな想いが宿っている。
芽衣は、ゆっくりと、キスを待つように、そっと目を閉じた。
しかし、唇に触れたのは、柔らかい紬の人差し指だった。
「後でね」
そう言って、紬は悪戯っぽく微笑むと、芽衣の手を優しく握った。
「…うん」
二人は、夕焼けに染まった帰り道を、手を繋いで歩き出した。
言葉にできない孤独と、伝えられなかった想いが、写真と絵を通して、ようやく繋がった瞬間だった。
コンテストの結果は、二人にとって、もはや些細なことだった。
そして、二人の物語は、ここから、ようやく本当の「夏」を迎えようとしていた。
「…芽衣、見に行かないのか?」
部長の声に、芽衣は小さく首を横に振った。一人、会場の隅にある自販機の前で、冷たい缶を握りしめている。自分の写真がどう評価されたのか、今はどうでもよかった。それよりも、紬が落とした写真を見て、どう思ったのか。そのことばかりが、芽衣の頭の中を占めていた。
「おい、写真部門の結果、発表されたぞ!」
「最優秀賞は…東高校の『残照』だ!」
歓声とため息が、ロビーのあちこちから聞こえてくる。やがて、人だかりが少しずつ引けていき、芽衣たちの写真部の仲間が、少し気まずそうな顔で戻ってきた。
「…ダメだったみたいだ。俺たちのは、誰も入賞してない」
「まあ、全国レベルは高いからな」
仲間たちの慰めの言葉が、遠くに聞こえる。芽衣は「そうですか」と力なく呟いた。悔しいという気持ちよりも、安堵に近い感情が胸に広がっていた。自分のあの写真が、大勢の目に晒されなくてよかった、とさえ思った。
そんな時だった。
「…芽衣」
背後から、優しい声が聞こえた。
振り返ると、そこに立っていたのは紬だった。彼女の手には、先ほど芽衣が落とした茶封筒が握られている。
「…紬さん」
「これ、落としてたよ」
そう言って、紬は一枚の写真を差し出した。芽衣は、受け取る手がおずおずと震える。
「あの…」
「見たよ」
紬の言葉に、芽衣は顔を上げることができなかった。
「…ごめんなさい」
消え入りそうな声で謝ると、紬はふっと微笑んだ。
「なんで謝るの?ありがとう、だよ。…私のこと、ちゃんと見てくれてたんだね」
紬の言葉に、芽衣は驚いて顔を上げる。その瞳は、少しだけ赤く潤んでいるように見えた。
「私は、ずっと自分の描く絵は、誰にも理解されないって思ってた。明るい絵を描いても、どこか孤独だねって言われるだけで。…でも、芽衣は、私が見せたくなかった部分まで、ちゃんと見て、写してくれた」
紬は、そう言って、芽衣を美術部門の展示スペースへと誘った。
美術部門の会場は、写真部門の喧騒が嘘のように、静かで落ち着いた空気に包まれていた。壁には、様々な技法で描かれた力作が並んでいる。
紬は、たくさんの作品の中から、一つの絵の前で足を止めた。
それは、ひまわり畑で微笑む芽衣を描いた、ポートレートだった。
絵に描かれた芽衣は、ファインダーを覗き込み、少し緊張した面持ちで笑っている。その瞳は、夏の強い日差しを受けて、きらきらと輝いていた。そして、その絵の横には、「奨励賞」と書かれた小さな札が貼られていた。
「…これ」
芽衣は、息を呑んだ。それは、紬が芽衣に隠れて描いていた絵だった。
「私が、芽衣に惹かれたのは、芽衣のひたむきなところ。自分の気持ちを言葉にできない、私と同じような孤独を抱えながらも、ファインダー越しに、ちゃんと世界と向き合おうとしてる、その姿に」
紬は、優しく微笑みながら言った。
「芽衣がくれた写真が、芽衣の言葉なんだね。…それと同じように、私のこの絵は、私の言葉。私から見た、芽衣の『夏』なんだ。コンテストの結果なんて、関係ない。私にとって、芽衣が撮ってくれたあの写真が、世界で一番の作品だから」
芽衣の目から、再び涙がこぼれ落ちた。それは、コンテストに落ちた悔し涙ではなく、自分の想いが、確かに届いていたことへの喜びの涙だった。
紬は、そんな芽衣の肩にそっと手を置き、優しく微笑んだ。
会場のガラス天井から差し込む夕陽が、床に細長い光の帯を描いていた。
それは、紬が最初に描いていた海の真ん中に浮かぶ白い舟の形によく似ていた。
帰り道。
二人は並んで、会場の広い階段を下りていた。夕焼けが、空を茜色に染めている。
「ねえ、芽衣。コンテスト、残念だったね」
紬が、少し意地悪そうに笑って呼びかける。
「…紬さんは、奨励賞、おめでとうございます」
芽衣が少しむくれて振り返ったその時、足元の小さな段差に気づかず、つまずいてしまった。
「…わっ」
バランスを崩す芽衣の腰に、紬の腕が素早く回される。
予期せぬ密着。
二人の顔が、おでこが触れそうなほど近くまで寄る。唇が、あと少しで触れそうな距離。
芽衣は、驚きで目を見開いたまま、紬の瞳を見つめた。
その瞳の奥には、確かな想いが宿っている。
芽衣は、ゆっくりと、キスを待つように、そっと目を閉じた。
しかし、唇に触れたのは、柔らかい紬の人差し指だった。
「後でね」
そう言って、紬は悪戯っぽく微笑むと、芽衣の手を優しく握った。
「…うん」
二人は、夕焼けに染まった帰り道を、手を繋いで歩き出した。
言葉にできない孤独と、伝えられなかった想いが、写真と絵を通して、ようやく繋がった瞬間だった。
コンテストの結果は、二人にとって、もはや些細なことだった。
そして、二人の物語は、ここから、ようやく本当の「夏」を迎えようとしていた。
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