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■
今日はルーク団長が忙しかったので、一人で食堂に向かった。
「よ、元気してるか」
すると、同僚のハイド = シャープに声をかけられる。
「元気だよ」
「昨日はすげぇ活躍だったな」
「そ、そうかな」
ハイドに褒められて、オレは照れた。
「でさ、久しぶりに飲みに行かないか?」
「え」
「おまえの、中級騎士昇進を祝ってな!」
「それを口実に飲みたいだけだろ~」
「固い事、言うなよー! 行こうぜー! 他の奴らにも声をかけてるからさぁ!」
騎士団は規律が厳しいせいか、騎士達はたまに酒を飲んでハメを外すのだった。そういうスト
レス発散は必要なのだ。
「わかった、参加するよ。酒場はいつものとこ?」
「おうよ! そんじゃ、忘れず来いよ!」
食事を食べ終えて、執務室に戻って仕事をした。ルーク団長は何かやる事があったのか、夕方の鍛錬に顔を出してくれなかった。
オレはシャワーで汗を流した後、酒場に向かった。日の落ちた道を歩くと、明かりのもれる酒場が見える。扉を開けると、騒がしい声が大きくなる。活気のある酒場の中を見渡して、同僚達の姿を見つけた。
「おぉ、今日の主役の登場だ!」
仲間達が、はしゃぐ。
「まさかおまえが一番最初に、中級騎士になるとはねぇ!」
「その細腕でよくやったもんだ!」
ジオは鍛錬をしても筋肉がつきにくいタイプだった。体つきも才能なのだ。
「ほら、ビールだ。のめのめ!」
置かれたビールをいっき飲みした。すると、歓声が上がる。
「男らしいぞ! ジオ!!」
あとは、めいめい男達は好きに飲み食いし始めた。やはりジオの昇進を祝う会なんてのは、ただの名目なのだ。
「ふぅ」
目の前に置かれたポテトフライを口にほおばりながら、ビールを飲む。ハイドと他愛ない話でげらげら笑う。友人とは人生の宝だと言うが、確かにその通りだろう。特にハイドとは、ここの団に入った時から仲がよく、辛い訓練を共に乗りこえて来た仲だった。
その時、店内がざわつくのを感じた。入口の方を見ると、金の髪の綺麗な女性が立っていた。それは、イルビア= カロントである。彼女は副隊長のブルック = ケントと、それからルーク団長と一緒にいた。三人が席につくと、ざわめきは収まった。離れた席に座った三人をオレは遠目に見る。
「白百合様じゃないか」
『白百合』とは、イルビアの騎士団内でのあだ名のようなものである。彼女はいつも一人だけ白い隊服を着ていた。以前務めていた騎士団の物をそのまま着用しているらしい。黒い隊服がメインのこの団では、その隊服の色は目立つ。
「副団長と、団長を引き連れて一緒に食事なんて。恐れいるね」
男達はイルビアに好奇の視線を送り、同時にトゲのある言葉を口にした。これは、ゲーム内でもイルビアに向けられていた物だった。こんな針のムシロのような場所で、彼女は実力で男達を黙らせて行くのだ。実際、この間の模擬試合で彼女は下級騎士五人を苦もなく倒してしまった。それでも男達は、まだ彼女の実力を認める気は無いらしい。
「副団長はもう手を出したと思うか?」
面白そうに言うハイドを、オレは睨んだ。
「やめろよ、そう言うの」
「なんだよ……固いなおまえ。そんなだからいつまで経っても童貞卒業出来ないんだぞ」
オレはビールを噴いた。
「うるせぇ」
「なぁ、良い機会だから今夜は女を買いに行かないか?」
「ぜってーやだね、オレはもう帰って寝る!」
オレは自分が男が好きな事を秘密にしていた。ハイドのこの誘いが、男として『善意』でしか無い事はわかっていたが、オレにとっては一番触れて欲しくない部分だった。
ビールを置いて立ち上がり、銀貨数枚をテーブルに置いて店を出た。立ち去り際に見た、団長とイルビアは楽しそうに話をしていた。それが凄く嫌で、胸が痛くて、店を出た後オレは暗い道を駆けだした。
イルビアとルーク団長の恋愛を応援した気持ちと、二人の関係に嫉妬する気持ちが分裂して心の中で争っていた。
(あーーーもーーーーやだーーーー!!!!)
オレはモヤモヤする気持ちを晴らす為に、暗い鍛錬場で剣を振り回した。
次の日、仕事中にルーク団長に声をかけられる。
「昨日は楽しそうだったな」
なんの事かと一瞬考えて、酒場の事だと思い当たる。
「あ、はい……仲間達が、オレの昇進を祝ってくれて……」
祝ってくれたのは、最初だけだったけど。
「だが、途中で喧嘩をしているようだったが、大丈夫か?」
そんなところまで見られていた事に恥ずかしくなる。誉れ高い騎士は、外での行動も重要なのだ。酒を飲んでもハメを外さず、品行方正に周りに迷惑をかけてはいけない。
「注意しているわけじゃない。ただ、随分怒っていたようだったから……何かあったのかと思ってな」
ルーク団長は本当に心配している様子だった。
「そんな、ルーク団長に心配される程の事じゃないんです。ちょっと……同僚がからかって来たもんで……」
「からかう?」
どうやら、ちゃんと話さないと納得してくれないようだ。
「女を買いに行こうって言われたんです。いい加減、童貞卒業しろって……」
言った後に、重い沈黙が落ちる。
「……なるほど」
ルーク団長は納得したように頷く。
「けど……その……オレ、女の人には興味が持てないので……断ったんです……」
オレは、記憶が戻る前から女性を買いに行くのを好まなかった。自覚は無かったが、もしかたら記憶を取り戻す前のオレもセクマイだったのかもしれない。
「そうか……」
ルーク団長が少し考える様子を見せる。
「繊細な話を聞いてしまったな……すまない」
「いえ! 大丈夫です! ただ、オレが男が好きって話はみんなには秘密にしておいてください! お願いします!」
オレは頭を下げた。
「それはもちろんだ。誰にも言わない」
オレはほっとした。
「ジオ」
「はい!!!」
「今夜は二人で一緒に飲まないか。おまえの昇進祝いをしたい」
「喜んで!!!」
ルーク団長と一緒に酒を飲めるなんて、嬉し過ぎる。昇進して良かった!
「場所は、昨日の酒場ですか!」
「いや、俺の私室で飲もう」
「えっ!????」
まさかの場所に、オレは混乱した。
(ルーク団長の私室って、この執務室の奥のあれの事ですか!? あのプライベート空間で、二人で差し飲みをするの!?)
想像しただけで、体の奥から熱が上がる。
「ダメだろうか」
「いやいや、そんな事はありません! 喜んで!!!」
「そうか、それなら良かった。貰った酒が沢山あるんだ。おまえの口に合えば良んだが」
ゲームのプロフィールいわくルーク団長は趣味の無い人で、お酒も殆ど飲まない人だった。
(つまり、オレに酒瓶を開けるのを手伝って欲しいんですね! 喜んで!!)
オレは自分の酒の強さに感謝した。
■
酒場で飲んでいると、ルークの姿を見つけた。声をかけに行きたい気持ちはあったが、仲間達と飲んでいるところを邪魔するのは気がひけた。
酒を飲んでほんのり頬を赤くしているジオを遠目にながめて、彼と酒を飲む男達を羨ましく思った。しかし、ルークは仲間に何か言われたのか、途中で怒って帰ってしまった。何を言われたのかわからなかったが、酷く気持ちがザラついた。一応、若い騎士達に声をかけて、あまりハメを外し過ぎないように釘を刺しておいた。
次の日、ジオに昨日の酒場での事を聞いた。
『女を買いに行こうって言われたんです。いい加減、童貞卒業しろって……』
ジオは恥ずかしそうに、理由を話してくれた。
一瞬で胸がざわつく。
『けど……その……オレ、女の人には興味が持てないので……行けないんです……』
続けられたジオの言葉に俺は、心底ほっとした。しかし、次の瞬間、彼が知らない男に抱かれている姿を想像して、とても嫌な気持ちになった。握りこぶしを作る。
『繊細な話を聞いてしまったな……すまない』
『いえ! 大丈夫です! けど、オレが男が好きって話はみんなには秘密にしておいてください! お願いします!』
ルークと秘密が共有できて嬉しかった。そんな事で喜ぶ自分が可笑しかった。
『今夜は二人で一緒に飲まないか。おまえの昇進祝いをしたい』
『喜んで!!!』
昂揚のままに、彼を部屋に誘った。昨日、彼と一緒に酒を飲む男達が羨ましかったのだ。自分も彼と共に酒を飲んで、親密な時間を共有したかった。
つづく
今日はルーク団長が忙しかったので、一人で食堂に向かった。
「よ、元気してるか」
すると、同僚のハイド = シャープに声をかけられる。
「元気だよ」
「昨日はすげぇ活躍だったな」
「そ、そうかな」
ハイドに褒められて、オレは照れた。
「でさ、久しぶりに飲みに行かないか?」
「え」
「おまえの、中級騎士昇進を祝ってな!」
「それを口実に飲みたいだけだろ~」
「固い事、言うなよー! 行こうぜー! 他の奴らにも声をかけてるからさぁ!」
騎士団は規律が厳しいせいか、騎士達はたまに酒を飲んでハメを外すのだった。そういうスト
レス発散は必要なのだ。
「わかった、参加するよ。酒場はいつものとこ?」
「おうよ! そんじゃ、忘れず来いよ!」
食事を食べ終えて、執務室に戻って仕事をした。ルーク団長は何かやる事があったのか、夕方の鍛錬に顔を出してくれなかった。
オレはシャワーで汗を流した後、酒場に向かった。日の落ちた道を歩くと、明かりのもれる酒場が見える。扉を開けると、騒がしい声が大きくなる。活気のある酒場の中を見渡して、同僚達の姿を見つけた。
「おぉ、今日の主役の登場だ!」
仲間達が、はしゃぐ。
「まさかおまえが一番最初に、中級騎士になるとはねぇ!」
「その細腕でよくやったもんだ!」
ジオは鍛錬をしても筋肉がつきにくいタイプだった。体つきも才能なのだ。
「ほら、ビールだ。のめのめ!」
置かれたビールをいっき飲みした。すると、歓声が上がる。
「男らしいぞ! ジオ!!」
あとは、めいめい男達は好きに飲み食いし始めた。やはりジオの昇進を祝う会なんてのは、ただの名目なのだ。
「ふぅ」
目の前に置かれたポテトフライを口にほおばりながら、ビールを飲む。ハイドと他愛ない話でげらげら笑う。友人とは人生の宝だと言うが、確かにその通りだろう。特にハイドとは、ここの団に入った時から仲がよく、辛い訓練を共に乗りこえて来た仲だった。
その時、店内がざわつくのを感じた。入口の方を見ると、金の髪の綺麗な女性が立っていた。それは、イルビア= カロントである。彼女は副隊長のブルック = ケントと、それからルーク団長と一緒にいた。三人が席につくと、ざわめきは収まった。離れた席に座った三人をオレは遠目に見る。
「白百合様じゃないか」
『白百合』とは、イルビアの騎士団内でのあだ名のようなものである。彼女はいつも一人だけ白い隊服を着ていた。以前務めていた騎士団の物をそのまま着用しているらしい。黒い隊服がメインのこの団では、その隊服の色は目立つ。
「副団長と、団長を引き連れて一緒に食事なんて。恐れいるね」
男達はイルビアに好奇の視線を送り、同時にトゲのある言葉を口にした。これは、ゲーム内でもイルビアに向けられていた物だった。こんな針のムシロのような場所で、彼女は実力で男達を黙らせて行くのだ。実際、この間の模擬試合で彼女は下級騎士五人を苦もなく倒してしまった。それでも男達は、まだ彼女の実力を認める気は無いらしい。
「副団長はもう手を出したと思うか?」
面白そうに言うハイドを、オレは睨んだ。
「やめろよ、そう言うの」
「なんだよ……固いなおまえ。そんなだからいつまで経っても童貞卒業出来ないんだぞ」
オレはビールを噴いた。
「うるせぇ」
「なぁ、良い機会だから今夜は女を買いに行かないか?」
「ぜってーやだね、オレはもう帰って寝る!」
オレは自分が男が好きな事を秘密にしていた。ハイドのこの誘いが、男として『善意』でしか無い事はわかっていたが、オレにとっては一番触れて欲しくない部分だった。
ビールを置いて立ち上がり、銀貨数枚をテーブルに置いて店を出た。立ち去り際に見た、団長とイルビアは楽しそうに話をしていた。それが凄く嫌で、胸が痛くて、店を出た後オレは暗い道を駆けだした。
イルビアとルーク団長の恋愛を応援した気持ちと、二人の関係に嫉妬する気持ちが分裂して心の中で争っていた。
(あーーーもーーーーやだーーーー!!!!)
オレはモヤモヤする気持ちを晴らす為に、暗い鍛錬場で剣を振り回した。
次の日、仕事中にルーク団長に声をかけられる。
「昨日は楽しそうだったな」
なんの事かと一瞬考えて、酒場の事だと思い当たる。
「あ、はい……仲間達が、オレの昇進を祝ってくれて……」
祝ってくれたのは、最初だけだったけど。
「だが、途中で喧嘩をしているようだったが、大丈夫か?」
そんなところまで見られていた事に恥ずかしくなる。誉れ高い騎士は、外での行動も重要なのだ。酒を飲んでもハメを外さず、品行方正に周りに迷惑をかけてはいけない。
「注意しているわけじゃない。ただ、随分怒っていたようだったから……何かあったのかと思ってな」
ルーク団長は本当に心配している様子だった。
「そんな、ルーク団長に心配される程の事じゃないんです。ちょっと……同僚がからかって来たもんで……」
「からかう?」
どうやら、ちゃんと話さないと納得してくれないようだ。
「女を買いに行こうって言われたんです。いい加減、童貞卒業しろって……」
言った後に、重い沈黙が落ちる。
「……なるほど」
ルーク団長は納得したように頷く。
「けど……その……オレ、女の人には興味が持てないので……断ったんです……」
オレは、記憶が戻る前から女性を買いに行くのを好まなかった。自覚は無かったが、もしかたら記憶を取り戻す前のオレもセクマイだったのかもしれない。
「そうか……」
ルーク団長が少し考える様子を見せる。
「繊細な話を聞いてしまったな……すまない」
「いえ! 大丈夫です! ただ、オレが男が好きって話はみんなには秘密にしておいてください! お願いします!」
オレは頭を下げた。
「それはもちろんだ。誰にも言わない」
オレはほっとした。
「ジオ」
「はい!!!」
「今夜は二人で一緒に飲まないか。おまえの昇進祝いをしたい」
「喜んで!!!」
ルーク団長と一緒に酒を飲めるなんて、嬉し過ぎる。昇進して良かった!
「場所は、昨日の酒場ですか!」
「いや、俺の私室で飲もう」
「えっ!????」
まさかの場所に、オレは混乱した。
(ルーク団長の私室って、この執務室の奥のあれの事ですか!? あのプライベート空間で、二人で差し飲みをするの!?)
想像しただけで、体の奥から熱が上がる。
「ダメだろうか」
「いやいや、そんな事はありません! 喜んで!!!」
「そうか、それなら良かった。貰った酒が沢山あるんだ。おまえの口に合えば良んだが」
ゲームのプロフィールいわくルーク団長は趣味の無い人で、お酒も殆ど飲まない人だった。
(つまり、オレに酒瓶を開けるのを手伝って欲しいんですね! 喜んで!!)
オレは自分の酒の強さに感謝した。
■
酒場で飲んでいると、ルークの姿を見つけた。声をかけに行きたい気持ちはあったが、仲間達と飲んでいるところを邪魔するのは気がひけた。
酒を飲んでほんのり頬を赤くしているジオを遠目にながめて、彼と酒を飲む男達を羨ましく思った。しかし、ルークは仲間に何か言われたのか、途中で怒って帰ってしまった。何を言われたのかわからなかったが、酷く気持ちがザラついた。一応、若い騎士達に声をかけて、あまりハメを外し過ぎないように釘を刺しておいた。
次の日、ジオに昨日の酒場での事を聞いた。
『女を買いに行こうって言われたんです。いい加減、童貞卒業しろって……』
ジオは恥ずかしそうに、理由を話してくれた。
一瞬で胸がざわつく。
『けど……その……オレ、女の人には興味が持てないので……行けないんです……』
続けられたジオの言葉に俺は、心底ほっとした。しかし、次の瞬間、彼が知らない男に抱かれている姿を想像して、とても嫌な気持ちになった。握りこぶしを作る。
『繊細な話を聞いてしまったな……すまない』
『いえ! 大丈夫です! けど、オレが男が好きって話はみんなには秘密にしておいてください! お願いします!』
ルークと秘密が共有できて嬉しかった。そんな事で喜ぶ自分が可笑しかった。
『今夜は二人で一緒に飲まないか。おまえの昇進祝いをしたい』
『喜んで!!!』
昂揚のままに、彼を部屋に誘った。昨日、彼と一緒に酒を飲む男達が羨ましかったのだ。自分も彼と共に酒を飲んで、親密な時間を共有したかった。
つづく
応援ありがとうございます!
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