35 / 43
35
しおりを挟む
■
二日目、オレの部隊は敵の侵入を許してしまった。剣を抜いて応戦する。その時、初めて人の肉を切った。訓練で何度も剣を振るったが、人の肉を切るのは初めてだった。安易に切れてしまった腕から、血が噴き出る。肉と骨の断面を見ながら、オレは兵士の喉元に剣を突き刺した。
薄い布の上で、オレは目を覚ます。砦の上で、騎士や兵士達は眠っていた。戦争が終わるまで、食事も睡眠も任された持ち場で行うのが基本である。オレは立ち上がり、階段を下りて砦の中に入る。砦の中から、遠くの敵の陣地を見る。敵も、今はまだ大人しく寝ているようだった。
(寒い……)
酷く寒かった。体が震える。けれど、それは体感的な寒さでないのはわかっていた。オレの体は恐怖で萎縮している。血液が万全に体に行き渡らずに、体が冷え切っていた。一瞬で、昼間に見た『死』を思い出す。彼らを殺さなければオレがやられていた。右腕を切り落とされた男は、それでも戦意を失わずに左手で腰のナイフを抜いて向かって来た。オレは恐怖から、男を殺した。
(殺してしまった……)
剣を持っていた右手を見下ろす。手は今も震えている。
(殺さなければ、オレが殺されていた。そして、オレが死ねば、いずれこの国が奴らに殺される……)
深く息を吸って吐く。
(前に進まなければ)
オレは震えを止めて、持ち場に戻った。
三日目の戦場で、ジオは驚く程自分が冷静でいる事を自覚した。恐怖が無くなったわけではない。ただ、最初程、心は乱れなかった。自分の仕事をこなす決心がついた。ココで命が失われても、きっとジオの命はこの国を守る礎になるだろう。そう思うと、不思議と心が昂揚して、恐怖が軽くなった。
五日目になる頃には、同僚の騎士達の顔つきが皆、変わった事に気づいた。平時は仲の悪かった者同士も、生き残る為に協力した。絶望に震える者はもういなかった。戦場では獰猛な狼のようになり、仲間達との休憩の時はおかしなぐらい近い距離で話あった。強い絆を感じた。皆、明日死ぬ覚悟をして生きていた。
よく訓練された騎士と兵士の行う戦争は、ある種のスポーツのように思える時があった。仲間達と息のあった動きで戦い、互いの命を守る。大きな共同体の中で、不思議な高揚を感じた。まるで、大きな生き物の一部になったような気分である。
スウェンが、ルークの後ろで敵を切りつける。アレックスが、敵を蹴り落とす。危ういところを、ヴァジリーの矢で助けられる。それから、ジオの知る騎士達が、必死に戦い仲間を守っていた。見上げれば、砦の一番高い部屋からルーク団長が見下ろしているのが見える。団長は、そこから全体を見て指示を飛ばすのである。刻々と戦局は変わる。判断ミスは許されない。二万の兵士を指揮する、その重圧とはどれ程の事なのだろうか。オレにはわからない。ただオレは、張り詰めた顔をして指示を出すルーク団長の横顔を遠くに一瞬見て、強いやる気を貰うのだった。
『あの人の為に戦おう』
そう思うと、剣を振るい過ぎて痺れた小指にも力が入った。
■
戦場を見下ろしながら、ルークは鋭い胸の痛みを感じた。高い部屋から見る兵士達や騎士は、とても小さい。それに騎士は皆、同じような恰好をしているので、誰かなどわからない。それなのに、ルークはジオに気づいてしまった。後ろ姿だけで、その動きだけで、あの騎士がジオなのだと気づいてしまった。それ程、彼の事を愛していた。
拳に爪をたてて、そこから必死に目を離して全体を見た。
(どうか、生き残ってくれ!!!)
防衛戦は一週間も続いた。
「いいかげん、諦めてくれねぇかな」
固い携帯食をぼりぼりと食べながら、敵の陣地をブルックが睨む。
「あちらの国は、王が代替わりしたばかりだからな。戦争をして、強い王である事を示す必要があるのだろう……」
「戦争するより、国の内政に気を使った方が良いと思うがね」
「そうだな」
ブルックが肩をすくめて、下へ降りて行った。
一週間の戦いの中で、ゴリノの兵士達の疲弊が色濃く感じられるようになった。三日前に長雨も降った。雨は体力を奪う。屋根のある砦で体力を温存出来るルーク達の方が有利だった。
(そろそろ……撤退するだろうか)
これ以上、戦争を続けても勝機の目が見えない事は、向こうもわかっているはずだ。
つづく
二日目、オレの部隊は敵の侵入を許してしまった。剣を抜いて応戦する。その時、初めて人の肉を切った。訓練で何度も剣を振るったが、人の肉を切るのは初めてだった。安易に切れてしまった腕から、血が噴き出る。肉と骨の断面を見ながら、オレは兵士の喉元に剣を突き刺した。
薄い布の上で、オレは目を覚ます。砦の上で、騎士や兵士達は眠っていた。戦争が終わるまで、食事も睡眠も任された持ち場で行うのが基本である。オレは立ち上がり、階段を下りて砦の中に入る。砦の中から、遠くの敵の陣地を見る。敵も、今はまだ大人しく寝ているようだった。
(寒い……)
酷く寒かった。体が震える。けれど、それは体感的な寒さでないのはわかっていた。オレの体は恐怖で萎縮している。血液が万全に体に行き渡らずに、体が冷え切っていた。一瞬で、昼間に見た『死』を思い出す。彼らを殺さなければオレがやられていた。右腕を切り落とされた男は、それでも戦意を失わずに左手で腰のナイフを抜いて向かって来た。オレは恐怖から、男を殺した。
(殺してしまった……)
剣を持っていた右手を見下ろす。手は今も震えている。
(殺さなければ、オレが殺されていた。そして、オレが死ねば、いずれこの国が奴らに殺される……)
深く息を吸って吐く。
(前に進まなければ)
オレは震えを止めて、持ち場に戻った。
三日目の戦場で、ジオは驚く程自分が冷静でいる事を自覚した。恐怖が無くなったわけではない。ただ、最初程、心は乱れなかった。自分の仕事をこなす決心がついた。ココで命が失われても、きっとジオの命はこの国を守る礎になるだろう。そう思うと、不思議と心が昂揚して、恐怖が軽くなった。
五日目になる頃には、同僚の騎士達の顔つきが皆、変わった事に気づいた。平時は仲の悪かった者同士も、生き残る為に協力した。絶望に震える者はもういなかった。戦場では獰猛な狼のようになり、仲間達との休憩の時はおかしなぐらい近い距離で話あった。強い絆を感じた。皆、明日死ぬ覚悟をして生きていた。
よく訓練された騎士と兵士の行う戦争は、ある種のスポーツのように思える時があった。仲間達と息のあった動きで戦い、互いの命を守る。大きな共同体の中で、不思議な高揚を感じた。まるで、大きな生き物の一部になったような気分である。
スウェンが、ルークの後ろで敵を切りつける。アレックスが、敵を蹴り落とす。危ういところを、ヴァジリーの矢で助けられる。それから、ジオの知る騎士達が、必死に戦い仲間を守っていた。見上げれば、砦の一番高い部屋からルーク団長が見下ろしているのが見える。団長は、そこから全体を見て指示を飛ばすのである。刻々と戦局は変わる。判断ミスは許されない。二万の兵士を指揮する、その重圧とはどれ程の事なのだろうか。オレにはわからない。ただオレは、張り詰めた顔をして指示を出すルーク団長の横顔を遠くに一瞬見て、強いやる気を貰うのだった。
『あの人の為に戦おう』
そう思うと、剣を振るい過ぎて痺れた小指にも力が入った。
■
戦場を見下ろしながら、ルークは鋭い胸の痛みを感じた。高い部屋から見る兵士達や騎士は、とても小さい。それに騎士は皆、同じような恰好をしているので、誰かなどわからない。それなのに、ルークはジオに気づいてしまった。後ろ姿だけで、その動きだけで、あの騎士がジオなのだと気づいてしまった。それ程、彼の事を愛していた。
拳に爪をたてて、そこから必死に目を離して全体を見た。
(どうか、生き残ってくれ!!!)
防衛戦は一週間も続いた。
「いいかげん、諦めてくれねぇかな」
固い携帯食をぼりぼりと食べながら、敵の陣地をブルックが睨む。
「あちらの国は、王が代替わりしたばかりだからな。戦争をして、強い王である事を示す必要があるのだろう……」
「戦争するより、国の内政に気を使った方が良いと思うがね」
「そうだな」
ブルックが肩をすくめて、下へ降りて行った。
一週間の戦いの中で、ゴリノの兵士達の疲弊が色濃く感じられるようになった。三日前に長雨も降った。雨は体力を奪う。屋根のある砦で体力を温存出来るルーク達の方が有利だった。
(そろそろ……撤退するだろうか)
これ以上、戦争を続けても勝機の目が見えない事は、向こうもわかっているはずだ。
つづく
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
335
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる