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 二日目、オレの部隊は敵の侵入を許してしまった。剣を抜いて応戦する。その時、初めて人の肉を切った。訓練で何度も剣を振るったが、人の肉を切るのは初めてだった。安易に切れてしまった腕から、血が噴き出る。肉と骨の断面を見ながら、オレは兵士の喉元に剣を突き刺した。

 薄い布の上で、オレは目を覚ます。砦の上で、騎士や兵士達は眠っていた。戦争が終わるまで、食事も睡眠も任された持ち場で行うのが基本である。オレは立ち上がり、階段を下りて砦の中に入る。砦の中から、遠くの敵の陣地を見る。敵も、今はまだ大人しく寝ているようだった。

(寒い……)

 酷く寒かった。体が震える。けれど、それは体感的な寒さでないのはわかっていた。オレの体は恐怖で萎縮している。血液が万全に体に行き渡らずに、体が冷え切っていた。一瞬で、昼間に見た『死』を思い出す。彼らを殺さなければオレがやられていた。右腕を切り落とされた男は、それでも戦意を失わずに左手で腰のナイフを抜いて向かって来た。オレは恐怖から、男を殺した。

(殺してしまった……)

 剣を持っていた右手を見下ろす。手は今も震えている。

(殺さなければ、オレが殺されていた。そして、オレが死ねば、いずれこの国が奴らに殺される……)

 深く息を吸って吐く。

(前に進まなければ)

 オレは震えを止めて、持ち場に戻った。

 三日目の戦場で、ジオは驚く程自分が冷静でいる事を自覚した。恐怖が無くなったわけではない。ただ、最初程、心は乱れなかった。自分の仕事をこなす決心がついた。ココで命が失われても、きっとジオの命はこの国を守る礎になるだろう。そう思うと、不思議と心が昂揚して、恐怖が軽くなった。

 五日目になる頃には、同僚の騎士達の顔つきが皆、変わった事に気づいた。平時は仲の悪かった者同士も、生き残る為に協力した。絶望に震える者はもういなかった。戦場では獰猛な狼のようになり、仲間達との休憩の時はおかしなぐらい近い距離で話あった。強い絆を感じた。皆、明日死ぬ覚悟をして生きていた。

 よく訓練された騎士と兵士の行う戦争は、ある種のスポーツのように思える時があった。仲間達と息のあった動きで戦い、互いの命を守る。大きな共同体の中で、不思議な高揚を感じた。まるで、大きな生き物の一部になったような気分である。

 スウェンが、ルークの後ろで敵を切りつける。アレックスが、敵を蹴り落とす。危ういところを、ヴァジリーの矢で助けられる。それから、ジオの知る騎士達が、必死に戦い仲間を守っていた。見上げれば、砦の一番高い部屋からルーク団長が見下ろしているのが見える。団長は、そこから全体を見て指示を飛ばすのである。刻々と戦局は変わる。判断ミスは許されない。二万の兵士を指揮する、その重圧とはどれ程の事なのだろうか。オレにはわからない。ただオレは、張り詰めた顔をして指示を出すルーク団長の横顔を遠くに一瞬見て、強いやる気を貰うのだった。

『あの人の為に戦おう』

 そう思うと、剣を振るい過ぎて痺れた小指にも力が入った。




 戦場を見下ろしながら、ルークは鋭い胸の痛みを感じた。高い部屋から見る兵士達や騎士は、とても小さい。それに騎士は皆、同じような恰好をしているので、誰かなどわからない。それなのに、ルークはジオに気づいてしまった。後ろ姿だけで、その動きだけで、あの騎士がジオなのだと気づいてしまった。それ程、彼の事を愛していた。

 拳に爪をたてて、そこから必死に目を離して全体を見た。

(どうか、生き残ってくれ!!!)  



 防衛戦は一週間も続いた。

「いいかげん、諦めてくれねぇかな」

 固い携帯食をぼりぼりと食べながら、敵の陣地をブルックが睨む。

「あちらの国は、王が代替わりしたばかりだからな。戦争をして、強い王である事を示す必要があるのだろう……」
「戦争するより、国の内政に気を使った方が良いと思うがね」
「そうだな」

 ブルックが肩をすくめて、下へ降りて行った。

 一週間の戦いの中で、ゴリノの兵士達の疲弊が色濃く感じられるようになった。三日前に長雨も降った。雨は体力を奪う。屋根のある砦で体力を温存出来るルーク達の方が有利だった。

(そろそろ……撤退するだろうか)
 
 これ以上、戦争を続けても勝機の目が見えない事は、向こうもわかっているはずだ。



つづく
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