『ひとり、異世界の郵便小屋で』-名前を捨てた村で、心の手紙を届けています-

白井界晶

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第5話「この村では、過去が手紙になる」

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 今朝、目覚めた時――ふしぎと、手が温かかった。

 まるで誰かと手をつないでいたような感覚。
 もちろん、部屋には私しかいない。でも確かに、“誰かのぬくもり”が残っていた。

 

 ポストには手紙が二通。

 ひとつは、宛名のない便箋。もうひとつは――私の名前が書かれていた。

 

 思わず息を飲んだ。
 この村では、名前をつけると“消える”。それがルールのはずなのに――

 

 差出人:なし
 宛先:わたし(名前)
 便箋は、昔の手帳に似たインクのにおいがした。

 

 おそるおそる開く。

 

 ――「あの日のことを、まだ許せないままでいますか?」

 

 手が、震える。

 思い出したくなかった記憶が、脳裏をかすめる。
 会社での出来事。あるいは、親しいと思っていた人との断絶。

 

 この村に来た“理由”。
 それは、現実から逃げたかっただけなのかもしれない。

 

 でも……
 手紙は、私の逃げた“過去”そのもののように、静かにそこにあった。

 

 

 夕方、小屋を訪れたのは、前にも来たあの少年だった。

 「また来たよ。今日も、怒ってるから」

 彼は苦笑して、肩の鳥に話しかける。

 

「……でもさ、怒ってるだけじゃ、手紙は書けないって思った。だから今日は、謝ってみるよ。……怒って、ごめんって」

 

 私は便箋に短く一言だけ書くと、それをポストに入れた。

 

「じゃ、また来るね」

 

 彼が立ち去る後ろ姿に、私は小さく声をかけた。

 

「――あの、“あなたの名前”を聞いてもいいですか?」

 

 少年はふと立ち止まり、そして笑った。

 

「この村じゃ、名前を言うと消えるんでしょ? だから―― “怒ってる子”で、いいよ。しばらくは、それで」

 

 ふわっとした風が吹いて、鳥がひとつ、空へ羽ばたいた。

 

 

 私は再び、自分宛の手紙を見る。

 ――「まだ許せないままでいますか?」

 ……わからない。でも、そう思った“誰か”がいたことは、今の私を救ってくれる気がした。

 

 この村では、過去が、手紙になって届く。
 だから、私はきっと――受け取るだけじゃなく、“出す”ことも必要なんだ。

 

(つづく)

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