『ひとり、異世界の郵便小屋で』-名前を捨てた村で、心の手紙を届けています-

白井界晶

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第7話「この村では、行き先のない手紙だけが届く」

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 今日は、朝から雨だった。
 この村で雨が降るのは珍しい。空気はしっとりしていて、音というより“匂い”で雨を感じる。

 

 ポストには、三通の手紙が入っていた。

 ひとつは、昨日の少年から。
 もうひとつは、封筒に何も書かれていない。

 そして――三つ目は、差出人も宛名もすべて塗りつぶされた封筒だった。

 

 真っ黒な封筒。インクではなく、まるで記憶ごと消そうとしたかのような“黒”。

 

 中を開けると、紙も真っ黒だった。何も書かれていない。
 けれど、手に取った瞬間、胸の奥がきゅうっと締めつけられる。

 

 ――これは、“届かなかった手紙”。

 

 その直感だけが、やけにはっきりと胸に残った。

 

 

 その日の午後、郵便小屋にふらりと現れたのは、麦わら色のバッグを下げた青い髪の少女だった。
 以前に“宛先のない手紙”を預けた子だった。

 

「ねえ、管理人さん。質問、してもいい?」

 

「もちろん」

 

「……“届かない手紙”って、どうなるの?」

 

 私は少し考えてから、静かに答えた。

 

「届かない手紙も、この村では“誰かの中”には届く気がする。たとえば、忘れかけた何かとか、胸の奥にあった違和感とか。そういう場所に、静かに」

 

 少女はしばらく黙って、窓の外の雨を見ていた。

 

「……私の手紙も、きっと届かない。だって、私自身が誰に届けたかったのか、もう分からないから」

 

 そう言って彼女は、小さな手紙をもう一通、ポストに入れた。

 封筒には、こう書かれていた。

 

「わたしへ」

 

 

 この村では、“行き先のない手紙”だけが、確かに届く。
 それは、誰かに読まれるためではなく、
 “書いた本人が気づく”ためのものなのかもしれない。

 

 私は机に向かって、新しい便箋を取り出した。

 まだ、何を書くか決まっていない。
 でも、書きたいことがある気がした。

 

 名前のない手紙。宛先のない手紙。
 そして――いま、私自身に届ける手紙を。

 

(つづく)
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