『ひとり、異世界の郵便小屋で』-名前を捨てた村で、心の手紙を届けています-

白井界晶

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第10話「この村では、届けたはずの手紙が“戻ってくる”ことがある」

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 ポストに、見覚えのある封筒が入っていた。
 便箋の色、宛名の文字、封の折り方――全部、私が書いたものだ。

 

 けれど、これは数日前に確かに投函した手紙だった。

 

 差出人:わたし
 宛先:――(空欄)
 内容はこうだ。

 

 ――「私は、あなたのことをずっと覚えている。
    たとえ、あなたが私のことを忘れていても」

 

 胸の奥が、ひやりと冷える。
 この手紙、たしかに“誰かに向けて”出したものだったはずなのに……

 

 戻ってきた封筒の裏には、新たに見知らぬ筆跡で一文が添えられていた。

 

 ――「ありがとう。でも、もう“届かなくていい”んだよ」

 

 

 その言葉を見た瞬間、不思議と涙がこぼれた。

 知らない文字なのに、たしかに“知っている人”の声に聞こえた。

 

 

 その日の午後、少女がまた現れた。

 いつもと同じ、麦わら色のバッグとラベンダーの香り。
 けれど、今日の彼女は、なにか決意を持っているような目をしていた。

 

「管理人さん、そろそろ聞いてもいい? あなた、本当は誰に“手紙”を出しに来たの?」

 

 私は答えられなかった。けれど、問いは確かに心の奥に沈んでいく。

 

 少女は続けた。

 

「この村の郵便って、変わってるでしょ?宛名がないのに届くし、書いてないのに伝わるし、出したはずの手紙が戻ってくる」

 

 私は、小さくうなずく。

 

「ねえ、それって……たぶん、全部“心が返してる”んだよ。本当は、誰にも読まれなかったっていい。ただ、“自分に返ってくる”ために、出すの」

 

 少女はポストを一瞥し、ぽつりとつぶやいた。

 

「だからね――“本当に誰かに届けたい手紙”は、まだこの村には届いていない」

 

 そう言い残し、彼女は雨上がりの道を、音もなく歩いていった。

 

 

 私は机に向かい、新しい便箋を一枚取り出す。

 

 今度こそ書こうと思った。
 “誰か”ではなく、“たしかに存在したあなた”へ。

 

 

 この村では、心が書いた手紙だけが、ちゃんと戻ってくる。
 そうして人は、ようやく“自分の言葉”に出会えるのかもしれない。

 

(つづく)

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