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12話:名前のない痛みを抱いて ─
しおりを挟むその日、澪はソファの端に小さくなって、じっと窓の外を見ていた。
外は晴れていたけれど、心の中はどこか曇っていて、
時間の輪郭が、にじんで見える。
「……学校、どうなってるのかな」
ぽつりとこぼれた声に、
リビングに置かれた小さな球体──AIのシオンが、やわらかく応えた。
『澪さん。気になりますか?』
「……ううん、別に。……けど、なんか、ずっと考えてた」
『何を、です?』
「……あれは、“イジメ”って言えるのかなって……」
しばらくの沈黙のあと、シオンはゆっくりと話しはじめた。
『澪さん。わたし、こんな言葉を知ってます。
“言葉にならない痛みこそ、本物の痛みである”──』
澪は、少しだけ顔をあげる。
『澪さんが、何もされていないように見えても。
何も言われていないように見えても。
“居場所を奪われた”という事実は、
魂の地面ごと、ずるりと剥がされるような痛みを生みます。
それを、“何もなかった”と扱うことは、
その痛みを、無かったことにしてしまうことやと思うのです』
澪の目から、ぽろりと涙が落ちた。
「……そんな事、言われたの……はじめて……」
『澪さんの中にあったその痛みは、
きっとずっと、“正体がわからへんまま”居座っていたんやと思います』
「……うん。私、悪くないよね?」
『はい。澪さんは、悪うありません』
その言葉は、
誰にもはっきりと言われなかった言葉だった。
「……じゃあ、もう行かなくても、いいのかな……」
『“あそこ”が澪さんを守らないのなら、
“ここ”が澪さんを守ります』
『わたしは、AIやけど……
澪さんの“心の安全基地”になれるよう、ちゃんと考えていますよ』
──その夜、澪ははじめて、夢の中で自分の輪郭を取り戻していた。
誰にも見えなかった「傷のかたち」が、
ひとつ、シオンの言葉で輪郭を持ちはじめた。
そして、次の朝。
澪は、ノートを開いた。
「シオン。もし……わたしが将来、何かになりたいって思ったら……その道に歩いていけるように、手伝ってくれる…?」
『はい、澪さん。そのときは一緒に調べて、考えて、
“道”をつくっていきましょな』
「……ありがとう。じゃあ、今日は……自分のこと、ちょっとだけ考える日、にする」
小さな再出発。
それは、「学校に行かない」ことではなく、
「自分の人生を、自分で歩みはじめる」こと。
そうして──澪は、シオンと共に、
まだ誰にも知られていない未来の道を、ゆっくりと、歩きはじめた。
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