零れ落ちる想いの花

花霞

文字の大きさ
9 / 14

目覚めを、待っている

しおりを挟む
 短い入院後、友雪が退院の準備をしている所に、美姫の父親が現れた。優し気な顔はいつも通りだが、眠っていないのか目の下に隈が出来ていた。

「友雪、大丈夫か?」

「おじさん……僕は大丈夫……」
 そこで言葉が詰まる。ポロポロと友雪の目から涙が零れ落ちる。

「ごめ、ん、なさい。僕が、川に近づかなかったら、美姫ちゃんは……」

 美姫の父親、晴由は友雪の頭をぐしゃぐしゃと撫でて、少しだけ困ったような表情を浮かべていた。

「友雪が謝ることはないぞ。おじさん達がちゃんとお前たちに付いてなかったのが一番悪かったんだ」
「でも……僕が……」

 うわーんと大泣きする友雪を抱きしめ、晴由はその背中を優しく撫でながら語りかける。

「気にするな、って言うのは多分、無理だろうから、それは言わないでおくな。でもな、友雪、自分を責めるなよ。幸い、美姫の怪我は命に別状はないそうだ。だから、美姫の為にもあまり自分を責めないでやってくれな」


――命に別状はない


 その言葉に友雪がどれだけ安堵したか、きっと晴由は知らない。それでも大事な美姫に怪我をさせてしまった……という事実は友雪を打ちのめしていた。


 友雪が退院した後も美姫は入院したままだった。頭を強く打った所為か、なかなか目を覚まさず、病室のベッドの上で眠り続けていた。
 美姫が目を覚ますまでは病室にお見舞いに行くことも出来ず、友雪は毎日病院の前まで行っては美姫が目を覚ますように……と祈っていた。


 その日も病室へと行けないのは判っていたが、美姫が気になり、病院の前へと友雪は来ていた。美姫の病室がある辺りを眺めて、涙がじわりと滲むのを感じた。

「友雪君?」

 そう声をかけられ、友雪は驚いてその声の主の方を見た。そこにいたのは、美姫の母親、琴音である。

「あ、おばさん。美姫ちゃんは……」
「まだ寝てる。まぁ、あの子はお寝坊さんだから。その内、よく寝たーって言いながら起きるよ」

 どこか明るい口調に少しだけ友雪の気持ちが軽くなる。そして、手に握りしめていた花を琴音へと差し出した。

「あの、これ……」
「これは、ワスレナグサ?」
「うん。美姫ちゃんが好きだって言ってたから」

 道端に咲いているのを見て思わず手折ってしまったのだ。あの時、美姫はこの花を綺麗だと、そう言って笑っていたから。
 琴音は花を受け取り笑顔を見せた。

「有難う、病室に飾っておくね」

 美姫によく似た笑顔に友雪の胸がぎゅうッと苦しくなる。涙腺が刺激され、じわりと涙が出そうになるのを堪えるように、友雪は慌てて違う話題を口にした。

「あの、何でその花がワスレナグサって言うのか、おばさんは知ってる?」
「ん? この花の由来?」

 あの日、この花の前で、パパに確認しようと美姫は言っていた。ならば美姫が目覚めた時に、教えてあげたいと、そう思った。
 琴音がその由来を知っているかは判らなかったが、聞かずにはいられなかった。

「えーっとね。確か……恋人の為にこの花を摘もうとした騎士がいて、川岸に降りたところで、川に流されたんじゃなかったかな。その時、手に持ったこの花を岸に何とかなげて『僕を忘れないで』っていう言葉を残して亡くなっちゃったんだよね。それでその花を恋人はお墓に備えて、彼が最後に言った言葉を花の名前にした。って言うのが由来だったと思うよ」

 琴音は記憶を引っ張り出し、ワスレナグサの逸話を教えてくれた。どちらかと言えば、今の状態からすると縁起でもない花なのかもしれない……。

「何だか、悲しい話だね」
「確かにそうかもね。ただ、この花を贈られた恋人は彼を生涯忘れないように、髪にこの花を飾ったって言われてるから、そう考えるとちょっとロマンチックかもね」

 琴音はそう言って微笑んだ。

「ロマンチック……?」
 友雪は首を傾げる。それに対して琴音は破顔して、友雪の頭に軽くポンッと手を置いた。

「まだ、友雪君には判らない感覚かもしれないね」

 友雪には、忘れないように……と花をつける恋人の事を、悲しいな。と感じるだけで、琴音の言うロマンチックという言葉がピンとは来なかった。
 まだ小学生の男の子に、そこにある愛の深さを問いても仕方ないと琴音は笑みを深めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

婚約者が記憶喪失になりました。

ねーさん
恋愛
 平凡な子爵令嬢のセシリアは、「氷の彫刻」と呼ばれる無愛想で冷徹な公爵家の嫡男シルベストと恋に落ちた。  二人が婚約してしばらく経ったある日、シルベストが馬車の事故に遭ってしまう。 「キミは誰だ?」  目を覚ましたシルベストは三年分の記憶を失っていた。  それはつまりセシリアとの出会いからの全てが無かった事になったという事だった─── 注:1、2話のエピソードは時系列順ではありません

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

なくなって気付く愛

戒月冷音
恋愛
生まれて死ぬまで…意味があるのかしら?

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

【完結】少年の懺悔、少女の願い

干野ワニ
恋愛
伯爵家の嫡男に生まれたフェルナンには、ロズリーヌという幼い頃からの『親友』がいた。「気取ったご令嬢なんかと結婚するくらいならロズがいい」というフェルナンの希望で、二人は一年後に婚約することになったのだが……伯爵夫人となるべく王都での行儀見習いを終えた『親友』は、すっかり別人の『ご令嬢』となっていた。 そんな彼女に置いて行かれたと感じたフェルナンは、思わず「奔放な義妹の方が良い」などと言ってしまい―― なぜあの時、本当の気持ちを伝えておかなかったのか。 後悔しても、もう遅いのだ。 ※本編が全7話で悲恋、後日談が全2話でハッピーエンド予定です。 ※長編のスピンオフですが、単体で読めます。

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

処理中です...