零れ落ちる想いの花

花霞

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喜びと絶望と

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 友雪が琴音とそんなやり取りをした3日後、美姫が目を覚ました。事故にあってから10日以上経ってのことだった。

 友雪はその知らせを家のリビングで聞いた。

「友雪、美姫ちゃん、意識が戻ったって」

 母からその言葉を聞いた時の喜びは言い表しようがない程だった。嬉しさと、安堵で声をあげて泣き、早く美姫に会いたいと、そう思っていた。


ただ、それからすぐに美姫に会うことは出来なかった。


 10日も眠っていた事もあり、最初は検査が色々と立て込んでいて会えないと言われていた。暫くはそれで納得していたが、いつまでたっても会えない事に友雪は不安を覚え始めていた。


 気が付けば美姫と会えないまま1ヶ月が過ぎていた。


 そんな折、美姫が個室から大部屋へと移ったという話を、母と姉がしているのを扉越しに聞き、いてもたってもいられなくなり、病院へと駆けた。

 日が傾き始め、空はオレンジ色に染まり始めていたが、面会時間にはまだ余裕がある事を友雪は知っていた。
 いつでもお見舞いに行けるようにとずっと前から調べていた。それなのに、未だに美姫に会えていない。


――僕、嫌われたのかな……


 そうだとしてもせめて謝りたい。美姫に会いたい……。その想いに突き動かされるように、友雪は病院まで走った。

 息を切らしながら辿り着いた病院の受付で病室の番号を聞き、部屋へと向かった。心臓が破れるじゃないかと思うくらい、ドキドキとしていた。
 病室の扉は開いてた。清潔感のある白いベッドが6つ並んだ部屋の窓際に、美姫が座って、外を眺めていた。たまたま他に人はいなかった。


「美姫ちゃん」


 呼びかけた声に反応し、薄い茶色の髪が揺れ、振り返る。大きな茶色の瞳と目が合う。久しぶりの再会に友雪からは笑顔が零れ、少女の傍へと駆け寄ろうとしたが……。

「……だれ?」

 聞き慣れたその声で紡がれた言葉に足が止まり、笑顔が凍り付いた。

「み、きちゃ、ん?」
「えっと……?」

 明らかに戸惑っている美姫を見て、友雪の心臓が嫌な感じにドクドクと脈打つのを感じた。何か言わなければ……と思うのに、喉が張りついたように強張り、声が出なかった。
 どれくらい立ち尽くしていたのか、判らない。恐らく時間にしたら数十秒くらいのことだったのかもしれないし、数分の事だったのかもしれないが、友雪にはとても長い時間に感じられた。

「友雪君?」

 後ろから驚きを含んだ声が聞こえ、そちらを振り向くと美姫の母親の琴音が立っていた。琴音は友雪と美姫を交互に見て、何が起きているのかを瞬時に判断した。

「友雪君、ちょっといいかな」
「……あ、はい……」

 呆然としている友雪を連れて琴音は病院の談話室へと足を運び、ソファへと腰掛ける。隣のソファに友雪を座らせ、琴音は今の美姫の状態を友雪に説明してくれた。


 美姫は頭を強く打ったことが原因で、記憶が一部無くなってしまっているという事だった。ぞくにいう、生活記憶というものはあるらしいのだが、それ以外の、自分が誰で、どんな人生を過ごしてきたのか、という部分がまるっとなくなっている……との事だった。

「それって、おばさんやおじさんのことも覚えてないってこと?」
「そうだよ」

 少しだけ切なそうな顔をした琴音は、それからパッと笑顔を見せた。

「でもね、生きてるだけでいいの。これから先の人生は長いんだし、美姫が忘れてしまっても、私達が家族なことには代わりはないからね」

 そう言って笑う顔は、友雪にはできない「親の顔」だった。そして琴音は友雪を見て、困ったような、申し訳なさそうな表情を浮かべる。

「友雪君、教えるの遅くなってごめんね。ただ、美姫の記憶は明日戻るかもしれないし、もう戻らないかもしれない……。ただ、戻るかもっていう希望がない訳じゃないから、友雪君に教えるの、先延ばしにしてたんだ」

 それは友雪へのショックを減らすために……と大人たちが敢えて言っていなかった事だった。しかし一番、友雪にダメージを与える形で知られることになったことに対して、琴音は申し訳ない気持ちで一杯になっていた。

「目が覚めた時に、ちゃんと話すべきだったよね。ごめんね」

 泣きそうに潤んだ目を見て、琴音も辛いのだと子どもながらに感じた友雪は首を横に振って応える。

「大丈夫。僕、また美姫ちゃんと仲良くなるから」

 泣き笑いの顔でそう告げた少年を琴音は思わず抱きしめ、誰にも気づかれないようにそっと涙を流した。



 琴音にああ言いはしたが、友雪は自分の中にある感情が上手く処理できなかった。
 ただ、美姫が生きて目が覚めた事は嬉しかった……。また仲良くなるといったのも嘘じゃない。
 けれど、出会ってから今までの事を忘れてしまった美姫を見るのは、ただただ、辛かった。


 それから、美姫はリハビリなどに時間がかかり、中学への入学が一年遅れてしまった。その影響で、友雪は1つ先輩になり、美姫は後輩になった。


 家族間の仲は相変わらずよかったので、接点は変わらずあった。しかし、自分を知らない美姫と過ごすのは、凄く切なかった。
極めつけは美姫から「先輩」と呼ばれることで、彼の中にある罪の意識が胸の内をじわりじわりと浸食していく……。


――あぁ、僕に美姫ちゃんを好きになる資格なんてないのに……


 抱え続けていた想いは消すことが出来ず、少年はもやもやとした気持ちを花として吐き出す。
 思い出に浸っていた友雪は、思い出に引っ張られるようにゲホゲホと咳き込み、口から花を零れ落とす。袋に溢れんばかりに吐き出されたワスレナグサを見て、涙が落ちる。

「由来、教えられなかったな……」


 ――私を、忘れないで……か。僕にピッタリだよね


 友雪はその日、様々な花を、吐いて吐いて、吐いて、吐き続けて、気を失うように眠りについた。

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