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吐いた花の意味を知る
しおりを挟む「それで話というのは?」
点灯した街灯を見ながら美姫が訊ねる。友雪は心臓が大きく跳ねるのを感じながら、言葉を探す。
「あ、いや、えっと……あの、その……」
気持ちを伝えると決めて来たはずなのに、いざ口にしようとすると怖気づいてしまう。友雪は困ったようにウロウロと視線を彷徨わせ、膝の上で両手をギュッと組んで、深呼吸を繰り返す。そんな友雪を横目に見ながら美姫が口を開いた。
「友雪先輩、1つ聞いてもいいですか?」
「あ、うん。何?」
予想していなかった美姫からの問いかけに戸惑いながらも、聞き返す。美姫は少しずつ星が見え始めてきている空を見上げ、躊躇いがちに言葉を紡いだ。
「……友雪先輩は、花吐き病……なんですか?」
瞬間、時が止まったような、そんな錯覚を友雪は覚えた。先ほどまでとは違う理由で鼓動が速くなる。口の中がカラカラに乾いて、発した音は今にも消えてしまいそうなほどに、弱々しかった。
「……そう、だよ」
「そうですか」
感情が読み取れないその音に友雪は反射的に美姫の顔を見る。目を細め星を見ているその横顔はどことなく悲しそうに見えた。
「……えと、気持ち、悪い……よね」
泣きそうに震えた声に美姫はハッとしたように首を横に振り、それを否定する。
「いえ、気持ち悪くはないです。ただ、前に友雪先輩の足元に落ちていた花が気になっただけ、なので」
「……美姫ちゃんは、花吐き病の事、知ってるの?」
友雪の問いかけに大きな茶色い目が困ったように揺れ、どことなく気まずそうに笑みを浮かべた。
「知ってます。花吐き病がどういうものなのか、どうして罹るのか……」
「そっか……」
どこかホッとしたような、そんな不思議な感覚が友雪を包み込む。そして、伝えるなら今しかないと、息を1つ吐き出した。
「あのね、美姫ちゃん。僕、美姫ちゃんの事、ずっとずっと好きなんだ。だから……」
告白が終わり切らない内にそれを遮り、美姫が口を挟んだ。
「友雪先輩、いえ、友雪くん。それは、その気持ちは私に対する罪の意識だったりしませんか?」
美姫の言葉に細い友雪の目が見開かれ、ぶんぶんと首を横に振り、必死にそれを否定する。
「違うよ、僕はずっと、出会った時からずっと美姫ちゃんの事が好きだよ」
「……そうですか。それなら、私は、友雪くんの気持ちに応えることは出来ません」
泣きそうに顔をゆがめる友雪に、同じように泣きそうな表情を浮かべた美姫が告げる。
「そう、だよね。僕みたいな奴……」
元々玉砕覚悟だったとはいえ、ショックは大きかった。友雪は俯き、自分にそんな資格がないと案に告げると、美姫がそれは違うと切なそうに微笑んだ。
「いえ、私は『私を』好いてくれる人としか、お付き合い出来ません」
「だから、僕が好きなのは……」
困惑する友雪を美姫は見て、そっと息を吐きだし、綺麗な笑みを浮かべる。
「ええ、友雪くんが好きなのは『美姫ちゃん』です。友雪くんが出会い、友雪くんと一緒に思い出を作り、その思い出ごといなくなった『葉山 美姫』です」
「……そんな、こと……」
そんなことない、とすぐに否定できずにいる友雪に美姫が優しく問いかける。
「友雪くんが今まで吐いた花の花言葉を知ってますか?」
「……花、言葉……?」
言葉としては知っていたが、意識した事のない単語に首を傾げ、微笑む美姫を見つめる。美姫の茶色い瞳が一度だけ閉じられ、ゆっくりと開かれた。
「前、見た時、友雪くんが吐いていたのは、シオンとカーネションでした。カーネーションは『あなたに会いたくてたまらない』そしてシオンは『追想、追憶。あなたを忘れない。遠い人を想う』なんですよ」
記憶を辿るようにそう言い、肩から提げてあったバックから携帯用花言葉辞典を取りだして友雪に見せる。友雪は渡された辞典で言われた花言葉を見つけ、息をのむ。
「花吐き病で吐く花は思い入れや思い出のある花、もしくは自分の気持ちを代弁するモノが多いと聞きました」
パラパラと紙がめくれる音が聞こえ、小さな嗚咽が美姫の耳に届く。少女はそれに気づかないふりをして言葉を続けた。
「だから、友雪くんがずっと思い続けていたのは、あの日、あの時、貴方と一緒にいた、『美姫ちゃん』です」
自分でも気づいていなかった、本当の気持ち。ぼろぼろと友雪の目から大粒の涙が零れ落ち、美姫への罪悪感でいっぱいになった。
「……美姫、ちゃん、ごめ、ごめんね」
泣きながら謝っていた友雪は急な吐き気に襲われ、苦しそうに1つの花を吐きだした。それは前に一度だけ見たことがある、白くて大きな、甘い香りのする花だった。
ぽとりと友雪の膝の上に落ちた花を見て、美姫が呟く。
「月下美人……」
――花言葉は、ただ一度だけ会いたくて。
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