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第二章
4 傷
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「フィオナ、ただいま」
セシルは何も知らずに帰ってきた。いつも通りフィオナへのプレゼントを披露しようとしたところで、はっと表情を変えた。
「何があった。母さんに何を言われたの」
彼の声色が固い。耳を塞いでしまいたいくらいに。
「お母様じゃないわ」
「なら、誰。父さんか」
「お父様でもないわ」
先ほどベッドに座り込んでから、身体が思うように動かせない。それでも視線は彼に向けて、言葉を紡ぐ。
「メアリと恋仲って本当なの」
セシルは一度唖然として、「そんなわけないよ」と呟いた。それから何か考え込むように顎に手を当てて、すっと表情をなくした。
「もしかして、メアリが来たの」
「そうよ」
セシルは小さく舌打ちをして、それからため息をついた。戸惑いと怒り、それから悲しみを宿した目が、こちらを見つめている。
「ねえ、私のこと、話したの」
「俺が話すと思う?」
「じゃあどうして私のこと知ってるのよ」
枕を投げつけると、セシルはそれをあっさり受け止めた。ゆっくりとこちらまで歩いて、枕を抱えたまま隣に座った。
「あの子聖女なんでしょう」
「みたいだ」
「あの子がいるなら、私は要らないじゃない」
自分で口にすると、心臓が張り裂けそうだった。そうだ、私は要らない。
「あんただって思うでしょう。私たち、いつまでもくっついていて気持ち悪いって」
彼がどんな表情をしているのかが分かるから、そちらを見ることができない。彼の側に置かれている自分の指を遠ざけると、彼の視線がそれを追った。
「フィオナは気持ち悪かったの?」
極めて淡々とした問いがフィオナの心を落ち着けるようで、荒れていた部分に刃を立てる。
「わかんない、わかんないわよ」
落ち着かせようと背中を撫でてくる手を払いのける。彼が大きく目を見開いたのが視界に映って、胸が痛んだ。
「わかった」
彼が立ち上がり、フィオナから数歩離れた。
「少し落ち着く時間が要るね。その間、俺はフィオナにはくっついたりしないよ」
彼は自分の手を胸にあて、それからこちらを真っすぐに見た。
「今は信じてもらえないかもしれないけど、俺はあの女が嫌いだ。恋仲なんてあり得ない」
セシルは静かに微笑んだ。怒りと悲しみがちらちらと映る瞳の中心に、フィオナが座り込んでいる。
「それから、フィオナのことは人には教えていないよ。これからも絶対にしない」
俺、フィオナのこと大好きだもん。彼はそう呟いた。
「寝る部屋ここしかないから、夜は戻ってくるよ。じゃ、俺、少し歩いてくるね」
普段傍を離れるときは、手の甲に口づけたり頬に触れたりするのに、彼はそれをしなかった。端正な顔に作り笑いを浮かべて、部屋から出て行ってしまう。
傷つけた。フィオナが彼を傷付けた。
彼がフィオナに嘘をついたことはない。だけど今は、彼の本心が見えてこなくて、怖かった。
分からない。きっと本来自分とセシルの関係は嫌々築かれているものだろうに、彼はフィオナにどこまでも優しかった。それが、分からない。やはりメアリの言う通り本当は嫌で、生きるために仕方なく受け入れて、フィオナの機嫌を取っていただけなのだろうか。もしくは、そうしなければ生きていけない環境が、彼の心を歪めてしまったのだろうか。
ごめんなさい、セシル。ごめんなさい。
ただ一人で懺悔したところで、彼には届かない。それでも彼を傷つけたこと、彼から奪い続けてきたことが悔やまれる。
薬草を育てるようになってから、セシルに対する嫉妬や憎しみは薄れていくように感じていた。自分たちは大切なものを分かち合って、助け合うように生まれてきたのかもしれないと思うときもあった。だけどやはり、違う。自分たちは胎の中にいるときからずっと、お互いを傷つけあうようにできているのだろう。
身勝手に彼を傷つけたくせに、彼に疎まれることが怖い。彼から、必要がないと言われることが怖い。だって、彼からも必要とされなくなってしまえば、フィオナはたった独りになってしまう。
セシルに何か言わなければと思う。だけど彼に掛ける言葉が分からなくて、フィオナは自分の身体を抱きしめるように蹲った。
セシルは何も知らずに帰ってきた。いつも通りフィオナへのプレゼントを披露しようとしたところで、はっと表情を変えた。
「何があった。母さんに何を言われたの」
彼の声色が固い。耳を塞いでしまいたいくらいに。
「お母様じゃないわ」
「なら、誰。父さんか」
「お父様でもないわ」
先ほどベッドに座り込んでから、身体が思うように動かせない。それでも視線は彼に向けて、言葉を紡ぐ。
「メアリと恋仲って本当なの」
セシルは一度唖然として、「そんなわけないよ」と呟いた。それから何か考え込むように顎に手を当てて、すっと表情をなくした。
「もしかして、メアリが来たの」
「そうよ」
セシルは小さく舌打ちをして、それからため息をついた。戸惑いと怒り、それから悲しみを宿した目が、こちらを見つめている。
「ねえ、私のこと、話したの」
「俺が話すと思う?」
「じゃあどうして私のこと知ってるのよ」
枕を投げつけると、セシルはそれをあっさり受け止めた。ゆっくりとこちらまで歩いて、枕を抱えたまま隣に座った。
「あの子聖女なんでしょう」
「みたいだ」
「あの子がいるなら、私は要らないじゃない」
自分で口にすると、心臓が張り裂けそうだった。そうだ、私は要らない。
「あんただって思うでしょう。私たち、いつまでもくっついていて気持ち悪いって」
彼がどんな表情をしているのかが分かるから、そちらを見ることができない。彼の側に置かれている自分の指を遠ざけると、彼の視線がそれを追った。
「フィオナは気持ち悪かったの?」
極めて淡々とした問いがフィオナの心を落ち着けるようで、荒れていた部分に刃を立てる。
「わかんない、わかんないわよ」
落ち着かせようと背中を撫でてくる手を払いのける。彼が大きく目を見開いたのが視界に映って、胸が痛んだ。
「わかった」
彼が立ち上がり、フィオナから数歩離れた。
「少し落ち着く時間が要るね。その間、俺はフィオナにはくっついたりしないよ」
彼は自分の手を胸にあて、それからこちらを真っすぐに見た。
「今は信じてもらえないかもしれないけど、俺はあの女が嫌いだ。恋仲なんてあり得ない」
セシルは静かに微笑んだ。怒りと悲しみがちらちらと映る瞳の中心に、フィオナが座り込んでいる。
「それから、フィオナのことは人には教えていないよ。これからも絶対にしない」
俺、フィオナのこと大好きだもん。彼はそう呟いた。
「寝る部屋ここしかないから、夜は戻ってくるよ。じゃ、俺、少し歩いてくるね」
普段傍を離れるときは、手の甲に口づけたり頬に触れたりするのに、彼はそれをしなかった。端正な顔に作り笑いを浮かべて、部屋から出て行ってしまう。
傷つけた。フィオナが彼を傷付けた。
彼がフィオナに嘘をついたことはない。だけど今は、彼の本心が見えてこなくて、怖かった。
分からない。きっと本来自分とセシルの関係は嫌々築かれているものだろうに、彼はフィオナにどこまでも優しかった。それが、分からない。やはりメアリの言う通り本当は嫌で、生きるために仕方なく受け入れて、フィオナの機嫌を取っていただけなのだろうか。もしくは、そうしなければ生きていけない環境が、彼の心を歪めてしまったのだろうか。
ごめんなさい、セシル。ごめんなさい。
ただ一人で懺悔したところで、彼には届かない。それでも彼を傷つけたこと、彼から奪い続けてきたことが悔やまれる。
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身勝手に彼を傷つけたくせに、彼に疎まれることが怖い。彼から、必要がないと言われることが怖い。だって、彼からも必要とされなくなってしまえば、フィオナはたった独りになってしまう。
セシルに何か言わなければと思う。だけど彼に掛ける言葉が分からなくて、フィオナは自分の身体を抱きしめるように蹲った。
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