されど誰(た)が為の恋は続く

DNDD(でぃーえぬでぃーでぃー)

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転章

転章 第三部 第一節

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 踏み砕かれた琥珀こはく安閑あんかん、その名残なごりばかりが無残むざんただよう。

 半狂乱に陥りたくとも理解が追い付かず、ただただ彼は寝間着のまま―――貴族の一日は午後からである―――立ち尽くしていた。

 屋敷は、司左翼しさよくに占拠されていた。色の軍服がせわしなく行き交い、俗了ぞくりょう極まるやり取りをごったがえさせている。引き出しデスクを開け、納戸キャビネットあさり、衣装棚クロゼットをひっくり返し、つまりはみだりに容喙ようかいするまま貴族を侵犯していく……

が高い、にも……なにを―――いたすかっ!」

 不埒ふらち凡骨ぼんこつを罵倒すべく、渾身こんしんからの立腹りっぷくを吐きかけた、その時だった。

 すっと、目の前に立ちはだかられてしまう。司左翼の軍人と見えるその一名は、軍服にほどこされた勲章くんしょう刺繍ししゅうからして、立場ある者だろうと知れた。颯爽さっそうと―――まるで凍てついた氷柱ひょうちゅうを思わせる薄い色合いをしたその蒼白そうはく双眸そうぼうが、それとよく似合う青ざめた音調の勧告をしてくる。

「王意である。御随意ごずいいありもうゆえ、控えおろう」

後継こうけい第三階梯かいていが実権を握っておるからといって、司左翼までも赤い髪をかぶったふうに気取りおるとは―――片腹かたはら痛いわ!」

「勘違い召されるな。ご鼓吹こすいは頂戴つかまつっておるとはいえ、後継第三階梯は埒外らちがいである。これは王意だ。……書状を読み上げる。クア・ガロ・ジェジャル」

「おのれ―――ぞく名から踏まえたまえ!!」

 恥辱ちじょくされたこちらの憤激などつゆともせず、その司左翼は陳述にのっとり、取り出した紙を広げてみせた。印を押した封蝋ふうろうを割ると、上に持ち上げた手から、ぺらりと下へ垂らす。そこに筆誅ひっちゅうされた最初の一行だけで、中身が知れた。罪状。

 それを語るに相応ふさわしい鋭鋒えいほうが、権柄けんぺいずくの簡捷かんしょうさでやってくる。

「あなたには、王権統治おうけんとうち叛逆はんぎゃく罪が問われている。最近にひとつ、紅蓮ぐれんごとつばさ頭衣とういの密売を首謀した。過去にひとつ、ア族ルーゼ家ザシャが子息であり現王たるヴェリザハー陛下がご発布なさった勅命ちょくめい背反はいはんした。現行げんこうは以上である。現行は」

「なに?」

「勧告は重ねた。それは慈悲である―――過去と最近の合間に、後継第一階梯の拉致らちや、旗司誓きしせいへの害意ある行動等の余罪についても案じられているが、それは今後の捜査によって糾明きゅうめいされるだろう」

 書の印籠いんろうが功を奏したとばかりに喋々ちょうちょうとやりこめられたところで、困却こんきゃくは深まるばかりである。わけが分からない。わけが分からない、にしても……ここまで ずかずかと土足を突き込ませる程の強権が発動された上での取り調べの対象になるなど、寝耳に水だ。確かに合法的とはいいがたい余興に手を出してきたのは事実だが、そんなものは披瀝ひれきしたところで貴族であるなら大なり小なり犯している一斑いっぱんでしかない。カンニングした程度で投獄されるに等しい。弩級どきゅう弾劾だんがいである。

 まさしく寝ているところに洪水を被ったような自失に耽溺たんできしていると、部下らしい司左翼が箱を抱えて小走りにやってきた。その箱に、なによりも見覚えがある―――

継次官けいじかん。模造品の中に隠されていた、紅蓮ぐれんごとつばさ頭衣とういを押収いたしました」

「それも贋物がんぶつで―――!」

 論及しかけて、

鳳眠ほうみんその上、蔗境しゃきょうを折るが、」

 継次官けいじかんと呼ばれたその上官が、灰色の髪が垂れ下がる間から、機敏きびん酷評こくひょうをくれてきた。

「発言にはご留意りゅうい召されることを推奨する。今後は一言一句いちごんいっくが記録の上、追窮ついきゅう材料とされる。現王家たる最尊公さいそんこうア族ルーゼ家への犯意があるとされれば、ガロ族ジェジャル家となれど三男坊さんなんぼう、裁判内の談判によっては便宜なく極刑に処される可能性も出てきますぞ」

「……な、―――ん、だと?」

魯鈍ろどんなり、クア・ガロ・ジェジャル。其方そなたの兄、長子ガロ族ジェジャル家アベンダフューイが第一子、名をユキービテ―――彼の嫡男ちゃくなんフェンデバル以下六名の後胤こういんは、今もって全員誘拐もされず息災そくさいである。アベンダフューイの実息なりとて末席ばっせきけがせし三人目、しかも子無しの部屋住みとなれば、参酌されなんだところで致し方ありますまい?」

「は……―――」

「王家あっての貴族である。敬服せよ さながら、尿いばりつかまつらんとするまで。倒行とうこう逆施げきしたらしめた暗君あんくんめ―――山高きがゆえたっとからず、樹あるをって貴しとなす。貪婪たんらんにも いぎたない臥竜窟がりょうくつ千両箱せんりょうばこ追培ついばいの果て、権衡けんこう常規じょうきまで脱せたとでも お思いか?」

 司左翼ごときのくせに、やたら貴族くさい物言いをくれてくるその者から、引導を渡すとばかりに冷酷れいこく憫笑びんしょうを食らったこと。それよりも。

 畏怖いふに……ただただ畏怖に呑まれ、示唆しさされたこと愕然がくぜんと引きるしかない。貴族が死刑に処されるだと? これからの一挙手一投足いっきょしゅいっとうそく如何いかんによっては、公的に子々孫々を絶滅させられると? 

「この名に思い当たりがあるであろう? ―――」

 まるでとどめを代弁するかのごとく、峻嶮しゅんけんたる詰問は急所をすっぱ抜いた。継次官けいじかんにとっては、持ち出せば急所に違いなかった―――ただし、クア・ガロ・ジェジャルにとっては図星を外した、その一端いったんを。

「シヴツェイア」

「シ?」

 頑愚がんぐと断じられた決定打だった。即座に、上官命令が飛ぶ。

「連行せよ!」

「そのような名なぞ知らぬ! 余が知っておるのは―――」

 その先は続けられない。その名どころか、そう呼ばれた練成魔士れんせいましがここに存在していたことですら、もはや明かしてはならない。

 大陸連盟から出奔しゅっぽんして以来、捜索命令が解かれたことのない指名手配犯は、瞞着まんちゃくを済ませたのだからこの部屋におらず、それゆえに非力な狎客たいこもちですらなくなったのだ。
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