されど誰(た)が為の恋は続く

DNDD(でぃーえぬでぃーでぃー)

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転章

転章 第五部 第五節

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 ザーニーイの着替えをのぞくようになったのは、シゾーと部屋を分けられてからだった。ここにやってきて、およそ五年後のことである。

 覗きは単純に、常日頃つねひごろの仕返しだった。いいようにこき使われては手下のように下座しもざに据え置かれる日々に怒りゲージが満タンになった時に、一矢報いっしむくいてほくそ笑んでやるのに使っていた。相手が知らないうちに、相手だけが知っていると思い込んでいるものを、かすめ取ってやるだけ。ザーニーイだって、似たようなことを仕出かしてくれたこともあるのだから―――随分昔に寝小便を染みつかせたまま隠して忘れていた下穿きを発見してくれたりとか―――、やり返すことを自粛じしゅくする料簡りょうけんも無かった。苦心惨憺くしんさんたんもなく済ませてみたところ、復讐ふくしゅう心よりもスリルに快感を覚えたが、最近はそれにも物足りなさを感じるようになっていた。

 だからこそ、今日もつぶやく。ただし、口の中だけで。

「やっぱ男と女なんて、どうでもいいくらいの違いにしか思えないけどな。上を取って下を付けるだけ。なんで大人が、うるさくするんだ? がみがみと。こんなもん」

 適当なところで日課を切り上げて、横壁の覗き穴から身を離す。隣り合ったこの隠し部屋の存在を、ザーニーイは知らない。ジンジルデッデがこの要塞ようさい昇降機エレベーターを取り付けるというとんでもない一大事を思いついてくれた際に<彼に凝立する聖杯アブフ・ヒルビリ>を上げて行われた大捜索の際、シゾーはジェッカロと組まされていたのだが、いつかふたりで悪用しようと密約した翌日に、彼は死んでしまった。よくある業務上の事故死である。一発であの世に行く者は珍しかったが、全くいないわけでもないし、そもそもあの男は酒癖さけぐせが悪かったので、見張りついでにちびちびやるうち足を滑らせて屋上から落下したところで納得要素しかない。

 隠し部屋なので大っぴらな窓もなく、手探りで来た道を戻りながら、シゾーは不平を吐いた。

「ザーニーイだって、どうしてそこまで自分のこと不満がるんだか。反抗期はシザジアフだけに向けてろって。なんか知らんけど最近図体ずうたいからしてエラそうになったろお前って、難癖なんくせつけてくるにしたって とばっちりだ」

 顔をしかめつつ、られた尻をさする。この日は尻だった。

 が、次の日は鳩尾みぞおちを狙われた。さすがに頭に来たので、二日連続で隠し部屋を訪れた。

 覗き穴から見た世界は、一転していた。それを知らずにいたので、シゾーはそれを見てしまった。ここにやってきて、およそ五年後のことである。そしてその五年間したことがなかったことを―――彼は、した。

 ジンジルデッデを探して、<彼に凝立する聖杯アブフ・ヒルビリ>中を駆け回る。無我夢中で駆けずった。こいこいねがうように駆けずり回った。ジンジルデッデは見つからない。そうして、ザーニーイを、ひとりぼっちに置き去りにした。そうしてしまったことを今は知っているが―――その時はとにかく、ジンジルデッデを探していた。

 そして夕暮れも深まり、一番星が見えるかどうかという頃合いで、やっとシゾーはジンジルデッデと邂逅かいこうした。

 ジンジルデッデは、空を見上げていた。腰掛けていたのは、要塞ようさいの屋上―――その備蓄や備品をしまう倉庫の上である。立方体で、三メートル四方ほどか。物見ものみするために掘っ立てた小屋と違い、当初から建築の一部として造られていたもので、築材も同じく圧縮煉瓦あっしゅくれんが製だから人ひとり座り込んだところでびくともしない。ふたりでもそうだ。だからシゾーも、そこによじ登った。途中からジンジルデッデが手を貸してくれたので、苦労せず肩を並べることが出来た。

 ザーニーイはジンジルデッデの身長をとうに追い越していたが、シゾーはまだまだで、よく見積もったところで顎下あごしたくらいだった。それでもこうして座位を取れば、頭半分くらいまで縮まる。

 ジンジルデッデは星をながめていたが、シゾーはどうしても気が向かなかった。試してみはするものの、結局はチラ見するだけで終えて、語りかける。

「頭領。僕も、祈ってみて……いいですか? 頭領の、その……流れ星に」

「いいとも。なにを?」

「―――ザーニーイの願いが叶いますように」

 と。

 なにも聞かれていないうちに、シゾーは吐き捨てた。無意識に左耳を押さえ込みながら。言い訳を。

「勘違いしないでください。色々と恩を作っちまったことがあるから、それを返す代わりで。こんなもん。どうせ」

「ふぅん。ふたつ目はどうする?」

「え?」

 ぱちくりさせた目を振り返らせると、頭領は鷹揚おうような笑みを浮かべていた。そして、手を下げたシゾーと入れ違いに、己の左ほおに人差し指をやり、

いちジンにぃジルさんデッデ。お星さまは、まだあるが?」

 リズムに合わせ、傷痕しょうこんを三回で下ろし終えて、しばし。

 ジンジルデッデがその手を指ごと下げる頃、やっとかっとシゾーは……のぞんでみることにした。

「……じゃあ。僕だけは、男になりませんように」

「なら、最後のは?」

「……まだいいです。使いません。大人になるまで、とっときます」

「なんで?」

「大人って、わりかし よく へこたれてるじゃないですか。そんで酒飲んだり愚痴ぐちったりしてるから。酒なんて無くなったらそれまでだし、愚痴こそ言ってられる ゆとりがあるとも限らないし。だから保険です。そん時の。どーせ当てにならないんなら、あったって構いやしないし」

「そうかい。じゃあ差し当たりは、ザーニーイの願いが叶うよう、男にならないよう、頑張りな。まあ無理だったなら、あたしがそのうち叶えてやるさ」

「え?」

「戦争に行く。そう遠くないうちに、ジンジルデッデを超えて星になるんだ」

 そして―――

 諸手もろてを上げ、ジンジルデッデは快哉かいさいを叫んだ。

「こいつはいよいよ最高だぁね! 今に見てろ。気まぐれに降ってきたところで、脳天にガツンと命中したら拍手喝采かっさいだ」

「手を叩くより先に手助けが必須ひっすとされる被災地です。それ」

 ツッコむのだが。ちっちっちと軽い舌打ちをしてから、型破かたやぶりな頭領は、型にはまった若輩者へと目をすがめてくる。

「あるときゃある。ないときゃない。さいの目・裏目をめるように見たって、次に出る数は常に未知数だ。だったら流れ星があたることもあるだろう。その地平において、確率論で身を守れるなんて思い上がっちゃいけない。大体にしてあれは、机上の空論を分別整理しているだけだ。小手先こてさきろうしたなりの安心さ。小手先だから、外れると無力になる。テストのカンニングと同じくらいの役立たずだ」

「んな霊験あらたかなこと言われたって……頭蓋骨だって、空から落ちてくる星には無力だし役立たずでしょう?」

「そうだよ。だから、祈れ。奇跡を。自分だけは、ゆるされますようにって。その―――神様からの、特別の愛を」

 それが遺言だった。シゾーにとっての、ジンジルデッデの遺言。

 ザーニーイにも、ジンジルデッデから、のこされていたものがある。まずは遺品。煙管きせる、そして煙草盆たばこぼん。そこにられたツェネヲリー・イェスカザという名前の主を、直接的にはシゾーは知らない。イェンラズハとジンジルデッデの、前の頭領だったと聞いている……祖先だと聞かされている。だからザーニーイに残された。孫を思う家族から贈られた。

 更には、女の子を思うおばあさんから送られた言葉もあった。それは遺言。それこそがザーニーイをひとりぼっちに置き去りにした。だからこそ、のこされたザーニーイは、ずっとそこにいた。おおよそ四年後には、毎月のように嵐を巻き起こす譫妄せんもうのたびに、そこから更に過去へ沈殿することになる。子どもだったことを知っていた……無償のまま愛されていた時代を知っていた。愛されていたことに恋をして、二次性徴せいちょうする身体を置き去りにする。それを遂げたら最後、女だからと男から見做みなされたら最後、無償だった全てが有償に すげ替わると知っているから、拒絶し続ける―――その未来が到来する決定打は、この時より更に、おおよそ四年あと。それでもこの時には、引き金は引かれていた。
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