されど誰(た)が為の恋は続く

DNDD(でぃーえぬでぃーでぃー)

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結章

結章 第三部 第二節

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 ア族ルーゼ家ヴェリザハーが第三子たるイヅェン後継第三階梯こうけいだいさんかいていかしずく栄誉の日々は、突如とつじょとして始まりを告げた。

 唯一の不幸は、その突如そのものであったと言える。ザシャ前国王以下一同の崩御ほうぎょも不幸のうちに入るだろうが、イヅェン後継第三階梯はその聡慧そうけいさと天資英邁てんしえいまいによって、偏執へんしゅう的なまでにその不利益を帳消しにした。あくまでも第三階梯として態度を貫徹したその正道は、時にかたくなで、揶揄やゆを受けることもあったものの、ゆくゆくは王道に通じるに相応ふさわしい、しんとうとく―――またとなくとうといものであった。彼が国家の王冠たるデューバンザンガイツへ召し上げられて、まだ半年だ。この半年が一年となり、十年先百年果てまでも盤石ばんじゃくたらしめんことを信じるまま疑いようも無かった。それなのに―――

 突如として、その幸運は失われてしまったのだ。こうまで無残にも。無残に……残骸となりゆく後継第三階梯その人を、彼の目の前に、のこして。

「魔物が……来る……姉君あねぎみを、お守りせねば―――」

 その舌であめのように妄想をしゃぶりながら、我らが栄光であったイヅェン後継第三階梯は廊下を行く―――身長ほどのたけこんを、杖にするでもなくずるずると引きずりながら、あわれましく蹌踉そうろうめいた足取りで。もう半日以上、こうして城内を彷徨さまよっていた。彼は、それに付き従っていた。伝統的に代々の王家が習得してきたこんによる武術を、イヅェン後継第三階梯はたゆまぬ努力によって極めていた―――少なくとも、極めようとしていた。毎日のように中庭で朝靄あさもや穿うがち、修練に習練を重ねる姿を、彼はずっと見届けていた。イヅェン後継第三階梯のしつ護衛役ごえいやくを拝命した半年前から、任務に関係なくその風景をまもり通してきた。

 だからこそ、今ではもう理解していた。静かな昼だけがイヅェン後継第三階梯を休ませる。促せば食事もお摂りになるし、なんならお眠りあそばしてくださる。夜に目覚めてしまったのは不幸だった。そしてひときわ不幸なことに、今宵こよい服喪ふくもつどいから流出してくる騒音の量と けたたましさが天井知らずに鰻登うなぎのぼりと来る。乱心をあおり立てる騒々そうぞうしい潮騒しおさいに、英哲えいてつたたえ美しく輝いていたはずの双眸そうぼうは、焦点も定まらずにごりゆくだけ。

 彼はそれを、ずっと見ていた。かつては遠目から、衆目の一部として―――今となっては、すぐそばから、護衛官かつ看護夫かんごふとして。見詰めていた……

 並んで中腰になりつつ、こちらへ向けられることのない瞳と目を合わせて、こちらへかたむけられることのない耳へと語りかける。その絢爛けんらんな羽の合間からのぞく両耳はひどくむしられて、耳朶じだと言わず耳孔と言わず血をにじませ、指の爪の間にも赤黒くこびり付いていた。その指で成した数々の勲功くんこうを知っている。誰よりも見聞きしてきたし、なによりその数多あまたを誰よりも敬ってきたと―――彼は自負していた。

「殿下、然様さようなご心配には及びませぬ。魔物も、姉君も……我らが王冠城には、殿下をおびやかすような者は―――」

 そこで言葉に詰まったのは、肺腑はいふ煮上にあげるような感情でのどふさがってしまったからだ。

 それでも、ひねり出す。反吐へどのように……うみのように。

「―――キルル後継第二階梯だけ」

 言うまでもない。イヅェン後継第三階梯が野心なく献身する日々に胡坐あぐらをかき、献上されるがまま功名も栄華も右から左に受け取るだけ受け取った、能なしの口たたき。今になって王家らしく立ち回っていると聞いたが、遅すぎる―――イヅェン後継第三階梯の働きには遠く及ばない。及ばなかったと……言うのに。今となっては。すげ替わる世界は。裏切った。

「ああ……ああ。なにゆえ男子というだけで、殿下を後継第三階梯にえ置きたもうたのか……お恨み申し上げますぞ……あの女さえ後継第二階梯でさえなければ……こんなことには……」

 落涙らくるいんで、彼はひたすらイヅェン後継第三階梯に寄りい続ける。徘徊はいかいにも、妄執もうしゅうにも―――変わり果ててしまった王家訓戒おうけくんかいにも。

「……いついわく、王とは、一に敵前へ進むべき国家の雑兵である」

「敵など、おりませぬ―――魔物どころか姉君など、おいでになるはずがないでしょう……かつては、あんなにもお嫌いになった、根も葉もない醜聞ではありませぬか。殿下。王冠城へお戻りになったのは、あの小娘なのです。あなたを食いつぶした、小姉君ちいあねぎみと称するのもおぞましい女―――」

いわく、ゆえに王とは、いつたりとて欠かすことまかりならぬ国家の無二である」

「殿下、殿下……あなたこそは、ア族ルーゼ家ヴェリザハーが第三子たるイヅェン後継第三階梯であります。あなたにかしずいたこの半年の栄誉を、栄光の日々を―――わたしは、……」

いわく、―――……」

 彼はイヅェンを見詰めていた。半年前に後継第三階梯のしつ護衛役ごえいやくを拝命した時から、護衛官かつ看護夫となった今ですら、この直後にイヅェンが魔物を見つけた瞬間も。彼は、見たいものばかり、見たいように見詰めていた。それはそうだろう。そうだ、としても―――

 その時イヅェンは魔物を見つけた。
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