テューリンゲンの庭師

牧ヤスキ

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無力の力

4-22

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出入り口の小さな門を抜けると、シムが数日前に見た景色と変化は特になく、奇妙な程に街の活気は続いていた。

シムはその活気に毎度圧倒されるが、カスパルは慣れているのか特段気にした様子もなく、マントを深く被り直し目立たない路地裏にシムを連れながら速やかに移動した。

「シムは行こうと思っている場所はあるのか?
俺に着いてくるならば、適当な場所で馬を借りるつもりだが…」

シムはラナダとレインのことを思い出し、カスパルの言葉に首を振った。

「いえ、行きたい所、あります。
カスパルさんは、カスパルさんの行きたい所に、行ってください!」

カスパルは少し心配そうに考えるそぶりを見せながら言葉を続ける。

「そうか?
…分かった。
誰かに会うのか?」

シムは少し嬉しそうにはにかみながら、マントの中に隠れていたシムのシャツの胸ポケットかクレマチスの花を取り出した。


「はい!助けて貰った、兄弟の子達がいて。
花とこの間のお礼を…」

「……へぇ…」

カスパルは非常に複雑そうに、若干焼きもちにも思える顔をしながら返答を返す。

その兄弟とやらは一体シムにとって何なのだろう。
シムはその兄弟をどう思っているのだろう。

くだらない推測と分かりつつもざわざわ揺れる。
しかしシムがこうして知らない者達とどんどん触れ合っていく姿は微笑ましい。

「俺にはもう花はくれないのか?」


不貞腐れているとしか思えない発言を思わず口に出してしまい、そんな自分自身に子供だな…と反省するも、目の前のシムにその言葉が十分効いたのか申し訳なさそうに眉を下げた。

「そんな!まさか!
俺はあの子達に、礼を…」

動揺させてしまったカスパルは申し訳なさそうにマントの上からシムの頭に手を置いた。

「すまない。
今のは俺が意地悪だった。
行きたい所があるのは分かった。
じゃあ時計塔が17時を指す頃、その時計塔の下で待ち合わせしようか?」

街の方面を見ると遠くの方に時計塔が見える。シムは頷いた。
「わかりました。」


「よし、それじゃあまた後で。
気をつけるんだぞ。」

カスパルはシムの頭を撫で、送り出す。

シムは少し照れた様に下を向いた後、街の方へと歩き出した。


「…。」

カスパルはそのシムの後ろ姿を路地裏の暗がりで見つめた後、直ぐ傍の建物の裏側に回った。

ゴミ溜めの樽に足を掛けベランダの柵に難なく飛び乗り、軽快に建物の屋根まで飛び上がる。


シムが付いてくると言えば言葉通り馬を借りようと思っていたが、一人なのであれば人目に付かない屋根を伝って移動した方が遥かに効率がいい。カスパルは音も立てず身を屈めながら風の様に走り出した。

カスパルは風の様に屋根伝ってを走り抜けた。

目的地は、遺体集積所である。






シムはカスパルに見送られながら路地裏から出て街に繰り出す。
この活気も人も大分慣れてきたおかげか、動揺せず人混みを移動することが出来るようになってきていた。

加えて今日はカスパルが被せてくれたマントもある。
マントから香るカスパルの匂いはシムの心に安心感を与えていた。

(思ってみれば、マントの人結構いるな…。)

マントを気にして見ていなかったシムは、この日初めて人混みの中にマントを被る者がわりと存在する事に気が付いた。

マントを被っているからと言って怪しいという訳ではないが、そのマントからちらちらと覗く顔は、色が黒かったり見慣れない目の色だったり、異国の者達も街に混在しているようだった。

随分他国の人も入り乱れているのか。
流石城下街は違うなとシムは一人感心しながらも歩みを進めた。


「フルーツジュースはどうだい!美味しいよ~!」

「髪飾り入荷だよ!
今回は珍しい緑のバゴだ、是非お近くで見てっときなー!」


呼び込みの声が飛び交う露店沿いを横目に、その間の路地に耳を澄ませる。
露店の店主たちの威勢の良い接客を聞いているとついつい忘れそうになるものの、露店の隙間の暗い路地の恐ろしい程の静けさや殺伐さから、その活気が仮初の平和である事をまざまざと感じ取る。

シムは今までの数少ない経験上、そう言った静かな場所や暗い場所に目線を向けていると碌なことにならない事を学んでいるので耳だけ澄まして歩き続けた。


「……だ、……らしいが…」

何処かの路地から静かに話す声を捉える。
それは凡そ楽しい雰囲気ではない低く硬質な声色だった。

「…イリ…が……は、こちらも…切り札を…。
殺してみせれば…、……?」

殺す


シムは突然の物騒な単語にマントの中で思わず固唾をのみ込む。

雑多な街中で凡そ文章らしく鮮明に聞き取ることは出来ない。
しかし注力し聞き耳を立てれば辛うじてわかるその話に“切り札”という単語を拾ったシムは、頭でピースを嵌めていく。

拾えただけの単語を並べても切り札というのは、生きている何者かが“切り札”であり、それを殺すことで何かを示そうという話をしている。

その切り札がどのようなものかは流石に検討もつかないシムは言い知れぬ重い気持ちが心に流れ込んだ。


(街の見えない部分は怖いな…。
早く見つけないと、…小風)

心で小風を思いながら、マントの袖を握りしめる。
シムは足早にその場を去った。










時折地図の絵本を取り出しつつ、シムは何とか先日訪れたゴミ処理上付近まで辿り着く事に成功した。

随分急いだもののもう太陽は大分移動し、黄色い夕日の兆しが見え始めていた。

シムは17時という待ち合わせ時間に間に合わせようと早歩きでゴミ処理場の裏手へと回った。



相変わらず高い木製の柵は経年劣化で朽ちており、破壊しようと思えばいとも簡単に崩せそうだった。

(確かここら辺の隙間から…)

シムは子供達に連れてこられた道を必死に思い出しながら寂れた柵を歩いて辿る。
角を曲がろうとしていたところでふいに背後から声を掛けられた。

「あ!にいちゃ!」

シムは目を見開き振り向くと、同じく驚いたような表情を浮かべるラナダが、その辺で拾ったのだろう角ばった石ころで手遊びしながら片手にシムを見上げていた。



シムはラナダの顔を見た途端にぱっと破顔し、ラナダもそのシムの優しげな笑顔に顔をほころばせ身体に抱きついてきた。

「にいちゃが、また会いにきてくれたー!」

大変嬉しそうにシムの足に顔を埋める、その頭をシムも片手で撫でた。

「俺もラナダ君に、会いたかったよ。
レイン君はいるかな?」

ラナダは顔を上げて首をかしげる仕草をし、それがレインの居所が分からないと表すには十分だった。



「にいはいつもラナダを置いてどっかいっちゃうんだよ。
だから遊んでまってる。」

ラナダは片手で握りしめていた小石を誇らしげに褒めてと言わんばかりにシムに見せた。


「そっか、ラナダ君えらいね。
あ、そうだ!」

シムは思い出した様にマントの中に手を入れ、自身のシャツの胸元のポケットに手をやる。
そこから取り出したのは小さく可憐に咲いた一輪のクレマチスだった。


そのクレマチスを見た瞬間ラナダはわぁ、と空気の漏れるような声が出た。

「この前は、俺を、助けてくれてありがとう。
俺は花を育てていて、これ、お礼の花を貰って、くれるかな。」


シムの言葉は柔らかく落ち着いた雰囲気だった。

ラナダはシムの言葉と眼差しを受け止め、嬉しそうに目を瞬かせた後そっと花に手を伸ばす。

「ありがとう!」


それはそれは大切そうに花を持ちじっと見つめるラナダは何かを懐かしむような、愛おしむような、まだほんの小さな子供がするには大人びた表情をしていた。

「これは冬に咲く、クレマチスっていう、花なんだよ。」

シムの説明に、ラナダは一つ頷き嬉しそうにシムを見上げる。

「うん。ラナダ知ってるよ。
この花はだいすきなんだ」

「知ってるの?すごいね!花が好きなの?」

知っていたことに驚きつつも、花に興味を持ってくれることが大変嬉しくシムは前のめり気味に伺う。
その時シムの背後の砂利道を踏む音がし、シムとラナダは後ろを振り返る。

そこには何やら歪んだ大きな鉄屑を担いだレインがシムとラナだを見下ろしていた。


「無事に帰れたんだな、シム。」

少し意地悪そうにニッと口角を上げるレインに、シムは嬉しそうに微笑んだ。


「レイン君。
あの時は本当に、ありがとう。
二人のおかげで無事に、帰る事が出来たよ。」


立ち上がり礼を言う。
大体同じ身長のレインはどこか聞いているのかいないのか分からない表情で視線を外し「ふーん」とだけ呟いて鉄屑を担ぎ直しゴミ集積所の方へと歩き出す。


シムはその後ろ姿を見る。
ここでラナダを遊ばせている間に小遣いになりそうな物を拾い集め、食べる資金を調達している事をやんわりと察した。

弟に不自由をさせまいと頑張る兄としてのレインは非常に強く素晴らしい人間であるとシムは尊敬の眼差しで見つめた。


今レインに花を渡しても邪魔になると察したシムは、胸元のポケットからもう一輪のクレマチスを取り出してラナダに目線を合わすように屈んだ。


「ラナダ君、レイン君が戻ってきたら、この花も渡してくれないかな?
この間のお礼にって。」

「わかった。きっとにい、とってもよろこぶよ!」

勿論と言わんばかりにラナダは気持ち良く頷いてみせた。

しかしラナダは大切そうに花を持ちながら、そっとシムの身体に身を寄せ擦り寄ってきたため、シムは少し目を開きながら背中を摩った。


「ラナダ君?」



「またあいにくるでしょ?
にいちゃはやさしくてすき。」


小さな身体で寂しがるラナダに切ない思いで背中を撫で続けた。

「勿論だよ。
また会おうね、ラナダ君。」









 
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