テューリンゲンの庭師

牧ヤスキ

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無力の力

4-24

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 「あれ?シムは?
遊んでもらってたんじゃねぇの?」

鉄屑を集め終わり身軽になったレインは、鼻を擦りながら何かを見つめるラナダに近寄った。

ラナダは振り向くと嬉しそうにはにかんだ。

「にい!
にいちゃが、にいにって!」

ラナダはころころとはしゃぎながら手元の花を一輪レインに向かって掲げた。

レインはラナダの手元の花を見た後、ラナダがシムから花を受け取った時と同じ様な顔で、目を見開きながらその花を見下ろした。


「その花、…冬に咲く花だ。」
「うん!にいちゃが、この間は助けてくれてありがとって、お礼だって!」

レインはラナダの側でしゃがみ込みその小さな花を受け取る。


その花、クレマチスはラナダもラインもよく知っていた。

「母さんがよくくれた花だよね!
ラナダちゃんとおぼえてるよ。」


“レイン、お誕生日おめでとうー!”



レインはもう暫く思い出す事のなかった実母の声を思い出し目を細めた。

「ああ、そうだな…」


クレマチスは二人がもっと幼い頃、よく冬に摘んできては母が二人にくれた花だった。

レインは寒さが佳境を迎える冬に誕生日を迎える為、冬に咲く数少ない花をプレゼントとしてくれていた。
ついでにおこぼれで貰っていたラナダもよく覚えている思い出の母の花だった。

母はもうとっくの昔に亡くなっている。
父からは病死だと知らされている。


貧民層の国民には珍しい事でもなかったが、父と男三人の暮らしは苦労ばかりであった。

小さなクレマチスの花は、まだレインとラナダが苦労を知らずただ愛されていた子供の頃を、痛い程に思い出す大切な花だった。

今を生きる事に毎日必死で、レインは大切な花の事も母の記憶にも蓋をしていた事に初めて気が付いた。


シムは不思議な人間だ。
同じ男でここまで柔らかい人間には初めて出会った。

レインはシムに対してどう接したら良いのか分からず、妙に大人びた態度ばかり見せてしまっている事を後悔していた。


この冬始め、兄弟にクレマチスをくれた人間。
言い知れない縁を感じていた。

「……シムはなんて?」

表情にはあまり変化がないものの、花を見つめる兄の姿に何か思うところがあったのか、ラナダは大変嬉しそうに首をすくめながら口を開いた。


「またくるってさ!」


















シムはマントを羽織ったまま、来た道を戻りながらラナダとレインの事を思い出した。

自分が行く事によって嬉しそうな顔をしてくれる事はとても嬉しかった。

人と出会い触れ合う事が大切である事をシムはカスパルと小風、そしてミシアやジェーンから教わり、そして今度はあの子供達から教わってきた気分だった。


ラナダは花をレインに渡してくれただろうか。
渡さなくてもそれでラナダが幸せであればそれで良いとも思う。


また行くとは言ったもののこの情勢の中、高い頻度で遊びに行く事はやはり難しい。
しかしこの広い街の何処かに知り合いがいるという事はとても心強いものになった。


辺りももう夕焼けの光で赤く染まり、時計塔も直ぐそこにまで来ていた。
もうしばらく歩みを進めると時計塔の麓も見えてくるようになった。


時計塔の周りには建物はなく広場の様に開けており、必然的に様々な人が集まる活気が溢れる。
人が集まれば露店も我先にとそこで物を売る為、時計塔の麓も一種の市場と化している。

広場に辿り着き、シムは辺りを見渡す。


先程カスパルの着ていたマントを思い出しながら視線を巡らせながらも、シムはカスパルらしき男を見つける事が出来なかった。


「背が高いから、直ぐわかると、思ったけど……」

小さく呟きながら、もしや自分一人が迷子になってしまったのか、時間は間に合っていたかと時計塔の時計を一度見てそわそわと心配から不安げな表情を浮かべた。


ただでさえ不安に駆られるが、シムの横を前を市民だろうか買った物を抱きしめながら歩く女性や、煙草を吹かしながら談笑する男達、その大抵の市民はシムよりも背が高く、カスパルが自分を見つけられるだろうかと更に不安になる。


普段は素晴らしい人間に囲まれている幸運に加え、好きな仕事を存分にさせて貰えている分自分の背が余り高くないことなど身体的な部分を気にすることも少なかったが、久方ぶりに劣等感の様な複雑な気持ちがシムの心を侵食した。

そうだった、俺はそういえば見窄らしい見た目の男だった。


「シム。」


不意に背後から、低くそして穏やかな男の声が自身を呼んだ。

その声を聞くだけで何故か心が温まり熱くなる。
その声の主へと顔を向けた。


そこにはマントの陰で優しく微笑むカスパルがシムを見下ろしていた。

「カスパルさん」

シムはこの雑多な場で自分を見つけてくれた嬉しさと、無事会えた安堵に思わず頬が緩んだ。


「俺の事、見つけられないん、じゃないかと、思ってました。」


その言葉に対しカスパルは冗談だと思ったのだろう、声を出して笑う。


「どこにいたってお前の事は見つけられるさ。
自信がある。」



その表情と声色に、今の今迄湧き出していた劣等感など何処かに飛んでいく。
訳も分からないまま胸が詰まりそうになったシムは照れる顔を隠す為にマントを被り直す素振りをした。








 

 
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