テューリンゲンの庭師

牧ヤスキ

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愛について

5-17

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ずっと微睡みの世界で永遠を流れている様だった。










暖かく日差しに照らされている様な穏やかな空気。

”とうさん、かあさん!”

愛する子供がまだ赤子の弟を抱きしめながら自分の名前を呼ぶ、
隣には亡き妻が楽しそうに微笑んでいた。

”ほらレイン。
弟が出来たらお兄ちゃんらしくするって約束したでしょ?”

妻の言葉にその通りだと大きく頷いた。

少々お転婆が過ぎる愛しい息子は、とても小さな手で生まれたての弟を愛情いっぱいに抱きしめている。
この家族を与えてくれた妻に溢れるほどの感謝で涙が溢れ、視界が歪む。


”レイン、聞いたかい?
ラナダの良いお兄ちゃんになろうな。”


そう言って振り返ると妻はもうそこにはいなかった。


その代わりに、そこには涼しく不思議な顔立ちの黒髪の長身が微笑んで自分を見ていた。


”いつか僕にも君のご家族を紹介してくれよ、リゲル”


誰だ?
しかしとても見たことがある。
何度も何度も見た事があるはずの顔だ。


”はい、よろこんで!
いつか紹介させてください、ーーー様”


自分の気持ちとは裏腹に自分の口からはスラスラと言葉が出る。
自分はその相手にとても感謝の込もる声を発していた。

とても大切な…


思い出そうと目の前の男を見つめると、次第に自分の体がギシギシと痛みに包まれていくのを感じた。
突然石や枝の混ざる濁流に身体を投げ出された様な激痛だった。


訳も分からない激しい痛みの波は徐々に重力が伴っていく。




「…痛い、ッ…、く…これは何だ…!」


いよいよ立っていられなくなりその場に跪く。
痛む全身を庇う様に腕に力を込めると、その上からふわりと暖かい感触が伝った。

目の前には先程撫でていた愛する息子が、自分の手を握り微笑んでいた。

”戻っておいで、お父さん!”








「…はぁ、…っはぁ…は……」

重過ぎる瞼を無理やり押し上げると、見た事のない天井だった。

口の中が酷く乾いている。
全身が凄まじく痛み動かす事も出来ない。

肺の使い方を忘れてしまったかの様に、ゼエゼエと不器用に息をする事で全ての力を使い果たしそうだった。

唯一自由が効く眼球だけをきょろきょろと彷徨わせると、すぐ側に人間がいる事に気が付いた。

その人間は離れた場所で何かを畳んでいる様だったが自分の荒い息に気付いたのか慌ててこちらに走り寄ってくる。



「目が…目が覚めたんですね…!
良かった、本当に良かった…」

その男は酷く嬉しそうにくしゃりと顔を歪ませた。

「…、…っ…」


喉が張り付きまともに声が出せず苦しげに口だけをパクパクさせる姿を、その男は優しく見下ろし大丈夫だと言う様に胸に手を置いてきた。

「待っててくださいね、今水持って来ますから。」

そのまま男は部屋を後にするのを眼だけで追う。

その目は自分の知っている誰かの眼差しに似ていた。
暗く冷たい地下水路で、自らの手を汚してまで自分を逃してくれた命の恩人。

キンバリー様、








娼館主人ユーゴの寝室には、ユーゴと娼婦の稼ぎ頭であるマリーがパイプで煙草をふかしながら密会をしていた。

「最近この街もめっきり客が減ったわよ。
こんなとこで遊んでる場合じゃないからね。」

「そりゃいよいよ物騒だからな。」

ユーゴは溜息と煙を一緒に吐きながらカーテンを少しずらし、外の様子を伺った。


「あんたは一見へらへらしてるしタラシだから信用ならなそうだけど…やばい客は追い払ってくれるし若い子達のケアきちんとしてくれるし…。
あんたの所で働くの悪くないと思ってるのよ?
でもまずくなったら皆で逃げてもいいと思うわ。」


非常に薄着で豊満な胸もほぼ見えかけている様なワンピースを着るマリーを、子供を見る様な眼差しでユーゴは見る。

「勿論だよ、そうなったら逃げる事くらい言われなくてもずっと前から考えてるさ。
その時女の子達まとめるのはマリーちゃんにお願いしようと思ってるくらいにね~」

冗談なのか本気なのか分からない程の軽い口調で笑ってみせる。

「はぁ?!嫌よ面倒臭い!」と悪態をつくも、ユーゴを兄の様に慕っているマリーは言葉に出さずとも勿論引き受ける気でいた。



その時寝室の扉が叩かれ、二人は扉の方へ視線を向ける。

「入っておいで。」

ユーゴがそう扉越しの者に声を掛けると静かに扉は開かれた。

そこには水の入ったポットとコップをトレイに乗せた雑用係のシムが、嬉しそうな少し泣きそうな顔で佇んでいた。

「ユーゴさん、目が覚めました…!
まだ少し声が出せないみたいなんですけど本当に良かった…、
ずっとここに置いてくださったユーゴさんのおかげです…。
本当に、本当にありがとうございます。」

ユーゴはシムの元に歩み寄り、同じ様な表情でシムの頭を抱きしめた。

「あぁ…奇跡だ。
良かったねぇ…シム。」

「はい、…はいっ…」

抱きしめられたシムはユーゴの腕の中でどの様な表情をしているかは分からない。
しかしシムの喜びをこれでもかと共有し一緒に喜ぶユーゴを、とても優しい男だとマリーは改めて思った。


ユーゴは助けてほしい人間に手を差し伸べるのを使命だと感じている。
男の愉しませ方など何も知らず売られ吃音症を患ったマリーを、この男は嫌悪感を抱かせずに優しく手解きしてくれた。

何度か肌を重ねた相手をそう思うのは変だろうが、マリーにとってユーゴは本当の兄だと思う程尊敬していた。
マリーはシムとユーゴの姿を眺めながら自慢げに微笑んでみせる。

あんた、この男に助けてもらって良かったね。

うちの兄は顔はタラシだけど、面倒見はとても良い男だから…





ユーゴとシムは急いで男の部屋に向かう。
寝かされていた男は先程と同じ姿のままやはり眼球だけをきょろきょろとさせていた。


「起きたてだから喉が干からびてるんだろう。
俺の言葉は分かってるな?」


見下ろしながらユーゴは男に問いかける。
シムは横で水を汲んで飲ませる準備をしていた。

男は相変わらず話す事はまだ困難な様で、ほんの少しだけ首を縦に動かして見せたがそれだけでも身体に激痛が走るのか苦しむ呻き声を出した。


ユーゴは言葉が分かっていると判断し、ベッドの脇に腰掛け中年の男を見た。

「お前はここら辺の近くの運河からボロボロの状態でやってきて、そこの奴が拾ってここで匿って欲しいと言ってきたのさ。
この1ヶ月少しずっと介抱されていたんだよ。
…ボロボロになる前の記憶ちゃんとあるかい?」


そこの奴と言われたシムも、側で心配そうに男を見ていた。
男は呻き声を漏らしながらも先程よりもしっかりと頷いて見せた。

それを見たユーゴとシムはお互い微笑み合い、男に向きなおる。

シムは水の入ったコップを手に取りながら男の頭を支える様に手を首下に差し入れた。


「喋れる様になったら教えてくださいね。
お水も…少しずつでいいんで飲んでみてください。」










 
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