141 / 171
愛について
5-17
しおりを挟むずっと微睡みの世界で永遠を流れている様だった。
暖かく日差しに照らされている様な穏やかな空気。
”とうさん、かあさん!”
愛する子供がまだ赤子の弟を抱きしめながら自分の名前を呼ぶ、
隣には亡き妻が楽しそうに微笑んでいた。
”ほらレイン。
弟が出来たらお兄ちゃんらしくするって約束したでしょ?”
妻の言葉にその通りだと大きく頷いた。
少々お転婆が過ぎる愛しい息子は、とても小さな手で生まれたての弟を愛情いっぱいに抱きしめている。
この家族を与えてくれた妻に溢れるほどの感謝で涙が溢れ、視界が歪む。
”レイン、聞いたかい?
ラナダの良いお兄ちゃんになろうな。”
そう言って振り返ると妻はもうそこにはいなかった。
その代わりに、そこには涼しく不思議な顔立ちの黒髪の長身が微笑んで自分を見ていた。
”いつか僕にも君のご家族を紹介してくれよ、リゲル”
誰だ?
しかしとても見たことがある。
何度も何度も見た事があるはずの顔だ。
”はい、よろこんで!
いつか紹介させてください、ーーー様”
自分の気持ちとは裏腹に自分の口からはスラスラと言葉が出る。
自分はその相手にとても感謝の込もる声を発していた。
とても大切な…
思い出そうと目の前の男を見つめると、次第に自分の体がギシギシと痛みに包まれていくのを感じた。
突然石や枝の混ざる濁流に身体を投げ出された様な激痛だった。
訳も分からない激しい痛みの波は徐々に重力が伴っていく。
「…痛い、ッ…、く…これは何だ…!」
いよいよ立っていられなくなりその場に跪く。
痛む全身を庇う様に腕に力を込めると、その上からふわりと暖かい感触が伝った。
目の前には先程撫でていた愛する息子が、自分の手を握り微笑んでいた。
”戻っておいで、お父さん!”
「…はぁ、…っはぁ…は……」
重過ぎる瞼を無理やり押し上げると、見た事のない天井だった。
口の中が酷く乾いている。
全身が凄まじく痛み動かす事も出来ない。
肺の使い方を忘れてしまったかの様に、ゼエゼエと不器用に息をする事で全ての力を使い果たしそうだった。
唯一自由が効く眼球だけをきょろきょろと彷徨わせると、すぐ側に人間がいる事に気が付いた。
その人間は離れた場所で何かを畳んでいる様だったが自分の荒い息に気付いたのか慌ててこちらに走り寄ってくる。
「目が…目が覚めたんですね…!
良かった、本当に良かった…」
その男は酷く嬉しそうにくしゃりと顔を歪ませた。
「…、…っ…」
喉が張り付きまともに声が出せず苦しげに口だけをパクパクさせる姿を、その男は優しく見下ろし大丈夫だと言う様に胸に手を置いてきた。
「待っててくださいね、今水持って来ますから。」
そのまま男は部屋を後にするのを眼だけで追う。
その目は自分の知っている誰かの眼差しに似ていた。
暗く冷たい地下水路で、自らの手を汚してまで自分を逃してくれた命の恩人。
キンバリー様、
娼館主人ユーゴの寝室には、ユーゴと娼婦の稼ぎ頭であるマリーがパイプで煙草をふかしながら密会をしていた。
「最近この街もめっきり客が減ったわよ。
こんなとこで遊んでる場合じゃないからね。」
「そりゃいよいよ物騒だからな。」
ユーゴは溜息と煙を一緒に吐きながらカーテンを少しずらし、外の様子を伺った。
「あんたは一見へらへらしてるしタラシだから信用ならなそうだけど…やばい客は追い払ってくれるし若い子達のケアきちんとしてくれるし…。
あんたの所で働くの悪くないと思ってるのよ?
でもまずくなったら皆で逃げてもいいと思うわ。」
非常に薄着で豊満な胸もほぼ見えかけている様なワンピースを着るマリーを、子供を見る様な眼差しでユーゴは見る。
「勿論だよ、そうなったら逃げる事くらい言われなくてもずっと前から考えてるさ。
その時女の子達まとめるのはマリーちゃんにお願いしようと思ってるくらいにね~」
冗談なのか本気なのか分からない程の軽い口調で笑ってみせる。
「はぁ?!嫌よ面倒臭い!」と悪態をつくも、ユーゴを兄の様に慕っているマリーは言葉に出さずとも勿論引き受ける気でいた。
その時寝室の扉が叩かれ、二人は扉の方へ視線を向ける。
「入っておいで。」
ユーゴがそう扉越しの者に声を掛けると静かに扉は開かれた。
そこには水の入ったポットとコップをトレイに乗せた雑用係のシムが、嬉しそうな少し泣きそうな顔で佇んでいた。
「ユーゴさん、目が覚めました…!
まだ少し声が出せないみたいなんですけど本当に良かった…、
ずっとここに置いてくださったユーゴさんのおかげです…。
本当に、本当にありがとうございます。」
ユーゴはシムの元に歩み寄り、同じ様な表情でシムの頭を抱きしめた。
「あぁ…奇跡だ。
良かったねぇ…シム。」
「はい、…はいっ…」
抱きしめられたシムはユーゴの腕の中でどの様な表情をしているかは分からない。
しかしシムの喜びをこれでもかと共有し一緒に喜ぶユーゴを、とても優しい男だとマリーは改めて思った。
ユーゴは助けてほしい人間に手を差し伸べるのを使命だと感じている。
男の愉しませ方など何も知らず売られ吃音症を患ったマリーを、この男は嫌悪感を抱かせずに優しく手解きしてくれた。
何度か肌を重ねた相手をそう思うのは変だろうが、マリーにとってユーゴは本当の兄だと思う程尊敬していた。
マリーはシムとユーゴの姿を眺めながら自慢げに微笑んでみせる。
あんた、この男に助けてもらって良かったね。
うちの兄は顔はタラシだけど、面倒見はとても良い男だから…
ユーゴとシムは急いで男の部屋に向かう。
寝かされていた男は先程と同じ姿のままやはり眼球だけをきょろきょろとさせていた。
「起きたてだから喉が干からびてるんだろう。
俺の言葉は分かってるな?」
見下ろしながらユーゴは男に問いかける。
シムは横で水を汲んで飲ませる準備をしていた。
男は相変わらず話す事はまだ困難な様で、ほんの少しだけ首を縦に動かして見せたがそれだけでも身体に激痛が走るのか苦しむ呻き声を出した。
ユーゴは言葉が分かっていると判断し、ベッドの脇に腰掛け中年の男を見た。
「お前はここら辺の近くの運河からボロボロの状態でやってきて、そこの奴が拾ってここで匿って欲しいと言ってきたのさ。
この1ヶ月少しずっと介抱されていたんだよ。
…ボロボロになる前の記憶ちゃんとあるかい?」
そこの奴と言われたシムも、側で心配そうに男を見ていた。
男は呻き声を漏らしながらも先程よりもしっかりと頷いて見せた。
それを見たユーゴとシムはお互い微笑み合い、男に向きなおる。
シムは水の入ったコップを手に取りながら男の頭を支える様に手を首下に差し入れた。
「喋れる様になったら教えてくださいね。
お水も…少しずつでいいんで飲んでみてください。」
22
あなたにおすすめの小説
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
後宮に咲く美しき寵后
不来方しい
BL
フィリの故郷であるルロ国では、真っ白な肌に金色の髪を持つ人間は魔女の生まれ変わりだと伝えられていた。生まれた者は民衆の前で焚刑に処し、こうして人々の安心を得る一方、犠牲を当たり前のように受け入れている国だった。
フィリもまた雪のような肌と金髪を持って生まれ、来るべきときに備え、地下の部屋で閉じ込められて生活をしていた。第四王子として生まれても、処刑への道は免れられなかった。
そんなフィリの元に、縁談の話が舞い込んでくる。
縁談の相手はファルーハ王国の第三王子であるヴァシリス。顔も名前も知らない王子との結婚の話は、同性婚に偏見があるルロ国にとって、フィリはさらに肩身の狭い思いをする。
ファルーハ王国は砂漠地帯にある王国であり、雪国であるルロ国とは真逆だ。縁談などフィリ信じず、ついにそのときが来たと諦めの境地に至った。
情報がほとんどないファルーハ王国へ向かうと、国を上げて祝福する民衆に触れ、処刑場へ向かうものだとばかり思っていたフィリは困惑する。
狼狽するフィリの元へ現れたのは、浅黒い肌と黒髪、サファイア色の瞳を持つヴァシリスだった。彼はまだ成人にはあと二年早い子供であり、未成年と婚姻の儀を行うのかと不意を突かれた。
縁談の持ち込みから婚儀までが早く、しかも相手は未成年。そこには第二王子であるジャミルの思惑が隠されていて──。
繋がれた絆はどこまでも
mahiro
BL
生存率の低いベイリー家。
そんな家に生まれたライトは、次期当主はお前であるのだと父親である国王は言った。
ただし、それは公表せず表では双子の弟であるメイソンが次期当主であるのだと公表するのだという。
当主交代となるそのとき、正式にライトが当主であるのだと公表するのだとか。
それまでは国を離れ、当主となるべく教育を受けてくるようにと指示をされ、国を出ることになったライト。
次期当主が発表される数週間前、ライトはお忍びで国を訪れ、屋敷を訪れた。
そこは昔と大きく異なり、明るく温かな空気が流れていた。
その事に疑問を抱きつつも中へ中へと突き進めば、メイソンと従者であるイザヤが突然抱き合ったのだ。
それを見たライトは、ある決意をし……?
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
腐男子♥異世界転生
よしの こひな
BL
ある日、腐男子で新卒サラリーマン・伊丹トキヤの自室にトラックが突っ込む。
目覚めたトキヤがそこで目にしたのは、彼が長年追い続けていたBL小説の世界――。しかも、なんとトキヤは彼が最推しするスパダリ攻め『黒の騎士』ことアルチュール・ド・シルエットの文武のライバルであり、恋のライバルでもあるサブキャラの「当て馬」セレスタン・ギレヌ・コルベールに転生してしまっていた。
トキヤは、「すぐそばで推しの2人を愛でられる!」と思っていたのに、次々と原作とは異なる展開が……。 ※なろうさん、Caitaさん、PIXIVさんでも掲載しています。
劣等アルファは最強王子から逃げられない
東
BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。
ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。
不幸体質っすけど、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!
タッター
BL
ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。
自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。
――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。
そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように――
「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」
「無理。邪魔」
「ガーン!」
とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。
「……その子、生きてるっすか?」
「……ああ」
◆◆◆
溺愛攻め
×
明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け
なぜ処刑予定の悪役子息の俺が溺愛されている?
詩河とんぼ
BL
前世では過労死し、バース性があるBLゲームに転生した俺は、なる方が珍しいバットエンド以外は全て処刑されるというの世界の悪役子息・カイラントになっていた。処刑されるのはもちろん嫌だし、知識を付けてそれなりのところで働くか婿入りできたらいいな……と思っていたのだが、攻略対象者で王太子のアルスタから猛アプローチを受ける。……どうしてこうなった?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる