テューリンゲンの庭師

牧ヤスキ

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愛について

5-38※(グロ表現あり)

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静まり返り冷えた石壁の牢獄の中で、ぱさついた白髪まみれのやつれたエリザベスは石のベッドに腰を下ろしていた。


凛と背筋を伸ばして目を閉じている。

その姿は、見窄らしくみっともない身なりだったが、この国の王妃である責任を決して離さない清さと威厳があった。



四方を分厚い石に囲まれ、宮廷の地下深くに掘られているこの牢獄には地上の喧騒の音が届かない。
それでもエリザベスは何かを聞くように目を閉じ、耳に意識を集中させ続けていた。




そして暫くそのまま身動き一つしていなかったエリザベスが、ゆっくりと瞼を上げて立ちあがり扉へ視線を向ける。


ガシャリガシャリ、と何かが擦れる些細な金属音と落ち着いた様子の足音が僅かに聞こえる。

エリザベスはその足音に穏やかに微笑んだ。



「カスパル。」


その足音の主に石牢の中から声をかけると、その足音は止まった。


しかし暫くして再び歩き出す音が響き、牢の扉は開かれた。



扉から入ってきたカスパルは黒い人影のようだった。
否、血を被りその血が酸化した赤黒さでそのように見えた。


カスパルの右手には血で赤黒くなった大剣が握り締められている。
そのカスパルの愛用する剣を見るのも久しいエリザベスは、懐かしさに目を細めた。


「来てくれると思っていたわ、カスパル。」



エリザベスは落ち着いた、どこか嬉しそうにも取れる声色でカスパルに語りかけた。

カスパルはこの日、目を伏せたり泳がせることは一度もせずここまで辿り着いたが、エリザベスのその言葉に初めて些か動揺したように目を伏せた。


「王妃陛下、…あなたの首を頂戴します。」


カスパルの固く低い声が石の牢に響く。

エリザベスは最初から全てを分かっていたように、自分の長い白髪を申し訳程度の三つ編みを結って、斬りやすいよう首を晒した。


「…あなたは、私が群衆の晒しものにならないように来てくれたのでしょう。
最期まで優しくしてくれてありがとう。
そんなあなたに最期まで迷惑をかけてごめんなさい。」



祈るように胸の前に手を置きカスパルに首を垂れる。

「………っ」


カスパルは全てを包むエリザベスの祈りにくしゃりと顔を歪ませ、この日初めて膝をついた。


「っ……どうか私を決して許さないでください。」


悔しくて仕方がない。
エリザベスを殺したくない。
カスパルの心はそう叫ぶ。


しかし今この手で殺してやらなければ、エリザベスは国民に捕縛され、処刑台で首を切られる最期まで惨たらしい残酷な仕打ちがエリザベスを襲う。
そしてその様相は国民にとっての娯楽となるのだろう。

エリザベスと親しかった自分が、誰にも見られていないこの場で速やかに逝かせてやることが、カスパルが出来る最善の方法に変わりない。



エリザベスは懺悔するカスパルの頭を、まるで我が子のように撫でた。


「…あの世というは、きっとテューリンゲンの地で眺めた、あの素敵な庭園がずっと続く場所だと思うの。
懐かしく穏やかな…あの日に私は還ることだと思うのよ。

だから怖くはない。
あなたに終わらせてもらうことは私の誇りよ。

あの庭で見守っているからね、カスパル。」


エリザベスは優しく微笑み、首を差し出した。



カスパルはエリザベスの言葉にぶるぶると拳を力一杯握り締め震わせた。涙が溢れ出しそうだった。


ルージッドからレグランドへやってきた時、エリザベスは最初からカスパルを気遣ってくれた人だった。
それはまるでエリザベスがジェーンを気遣っていたように。

まだ幼稚さの残る自分を我が子のように弟のように、時には友人のように気さくに接してくれた人。


エリザベスの凜とした姿、強さ、優しさ、心の広さ、全てを間近で見てきたカスパルは彼女を心から尊敬していた。



カスパルは震える喉で息を吐き出し、漸くゆっくり立ち上がる。

両手で大剣を握り締め、エリザベスの上空へ振り上げる。
エリザベスは首を垂れながらゆっくりと目を閉じる。


「ありがとう、カスパル。」






















「おい!!国王を出せぇ!!」

「俺達の前で土下座させろ!
どうした引きこもって隠れて俺達が怖いのか!!」

「そうだそうだー!
出てこい卑怯者!!」

宮廷の敷地に火炎瓶が投げ込まれては割れ、炎が立ち上る。
正門前の庭は見るも無惨な景色と化している。

しかしそれを止められる程の兵力ももう既に宮廷に残っていなかった。


宮廷の正門前は武器を手に持つ群衆で溢れ返っていた。
遥か遠くまで、見渡す限り人が集まっている。

正門前の中心には帽子を被ったセスがその一派と固まり、ルージッドから密輸された攻撃力の高い銃や手榴弾を持っていた。


集まっている者達は働き盛りの女や男がその多くを占めている。いよいよ訪れる腐った王族政治の崩壊を皆今か今かと待ち侘びていた。

年寄りや子供は教会の随所で、かつて護衛軍だった男達が身を挺して保護していた。




セスは長い散弾銃を手に持ち、帽子の中で汗を流していた。
キンバリーが宮廷内に侵入してから、暫く時間が経っている。
否、経ちすぎている。

もうそろそろ、何か合図があるはず。
もしくはここに戻ってくるはず。
何かがあったのか。
どうしたのか。


セスはこの膠着状態でどう判断するべきか考えあぐねていた。

「おいどうするイリス…!
もうずっとこの調子だ、あいつらは出てきやしないぞ!」

「いい加減乗り込もう!!
まだ正門と宮廷の扉をぶっ壊すくらいの大砲は温存してある。」

セスをイリスと呼ぶ者達も次々に声を荒げる。
皆口々で強気なことを放つ裏で、国王を逃してはならないという焦りも滲んでいた。


「分かってる…!
もう少しだけ待ってくれ。
少しだけでいいから!」

セスは皆以上に声を荒げ制す。


どうする。
どうすればいい。


今皆で宮廷を襲ったとして、キンバリーはもうとっくに殺されていたら?
膠着状態と見せかけているのは罠で、私軍が中で待ち構えていたとしたら?

返り討ちにされた場合、こちら側の死者数は予測出来ない。
かと言って、ここでこの膠着を眺めていても事態は進展しないのもまた事実。

既に国王と王妃達はとっくに逃げおおせて、宮廷内は蛻の殻になっていることだってあり得る。


進むにも止まるにも確証が足りない。
(キンバリー…!
頼むから何か合図をくれ!)


セスは目を閉じて神に祈るように両手を強く合わせて俯いた。




その時、宮廷の一番大きな正面玄関の扉が音を立てて細く開いた。


「………」


宮廷に集まった国民達は火炎瓶や石を投げる手を止め、黙って僅かに動いた大きな扉に目を凝らす。

正門玄関から正面扉は些かまだ距離があるため、正確にどのぐらい扉が開いているのか判断が出来なかった。


「………キンバリー?」

セスも突然水を打ったように押し黙った群衆に目を開き、宮廷の方へ視線を向けた。



宮廷の中から一人の大きな男が静かに現れた。

まるで黒い人影のような男がこちらに向かって歩いてくる。


片手には何かを、もう片手にはベッドか何かの白いシーツのような布切れを。


セスはその男を遠目で見た瞬間、キンバリー!と声を掛けようとして言葉を詰まらせた。


あの身体はキンバリーでは、ない。
もっと大きい。

だがあの形、覚えが確かにある。


セスはその瞬間、足の先からさっと音を立てて冷えていった。

「た…、…」

隊長。






宮廷から正門まで足を進めたカスパルは、驚愕の表情を向けてくる群衆を前に立ち止まる。

そして片手で持っていた二つの物を、まるで群衆に差し出すようにごろんごろんと床に落とした。

それは、レグランド国王と王妃の血に濡れた生首だった。



そして抱えていた白い布を自分の大剣に結びつけ、風に靡くこの印を皆が視認出来るよう、頭上高くに掲げた。


「レグランド国政府及び宮廷内勢力は今この時を以て、この首を差し出し全面降伏・実権放棄を宣言する。」








 
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