テューリンゲンの庭師

牧ヤスキ

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嵐の後に

6-7

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カスパルは暗い壁に鎖で繋がれ、予想を裏切って彼は静かな表情をして湿気に濡れた地面を見ていた。

「……、」

セスはカスパルを目の前にして足元が竦む。
小風はセスの背中を押してカスパルの前まで行かせた。

カスパルは、暴動があった日と同じ服のままだった。

着ていた黒い軍服こそ剥ぎ取られていたが、中のシャツはそのまま血がかかっており、それは黒く変色していた。
その血は故国王と故王妃のものに違いなく、幽閉されたカスパルがそれを身に纏い続けている姿は、まるで二人の罪と罰を代わりに背負っているかのようであった。


セスはカスパルにどう声を掛けようか動揺する頭で考える。
言いたいことが沢山ある、謝りたいことも沢山。
何から謝ればいいか分からない程に。

「…っ」

吐く息は震えるが、無理矢理呼吸をして口を開いた。

「…隊長、俺…。」

そう言葉を発してみたものの続きの言葉がどうしてもつかえてしまう。
喉がなぜか焼けるように熱く、気を緩めたら涙が溢れてしまいそうだった。
しかしその涙がどういう感情から来るものなのかは混乱するセス自身でさえも分かりえなかった。


セスの辿々しい声でカスパルはゆっくりと視線を合わせる。

「…もうお前の隊長ではないだろう?」

言葉と反してその声色はとても優しく穏やかで、セスは走馬灯の様にカスパルとの思い出が頭の中を駆け巡った。
自分に剣技を仕込んでくれた厳しくも優しい上司は、いつも周りを見てくれていた。
セスのことももちろん幾度も気にかけて話しかけてくれた。
その優しく穏やかな声色で。


「…いいえ、隊長は隊長です、ずっとこれからも俺の隊長です…!
それなのに、俺はあなたを裏切ってしまいました…、
もう…俺の顔なんてきっと、見たくなかったと思いますが…っ
でも俺はずっと隊長を…尊敬しているんです…!」

堰を切ったように溢れ出る言葉が頭よりも先に口から次から次へ飛び出す。
セスは無意識に涙をぽろぽろと溢していた。


カスパルは少し困った様に口角を上げると首を横に振った。

「裏切られたとは思っていない。
お前はお前の出来得ることをやりきった。
そうだろう、セス」

セスは涙で滲んだ視界でカスパルを見る。
自分のしてきた選択を何度悔いたか分からないセスは、カスパルの言葉に膝が震えて今にも座り込んでしまいそうだった。

「っ隊長…!」


堪らなくなり抱き付かんと言わんばかりにカスパルに駆け寄ろうとしたセスの首根っこをすかさず掴んで引き戻したのは、今まで静かに二人の会話を聞いていた小風だった。

「もう話は終わったかな?」


冷静にセスに問うと、セスはまだカスパルに近寄りたい気持ちで名残惜しそうにカスパルを見つめるも、涙を荒く袖で拭き少し複雑そうに「ああ…。」とだけ小風に返した。



カスパルは、小風の負傷した右手の包帯に視線をやり、再び地面に視線を落とした。
小風もその視線に気付き皮肉げに微笑む。

「君にやられた腕はまだ完治までかかりそうだ。不便で仕方ないよ。」

「…すまなかった。」


小風からぶつけられた言葉を受け止めて出たカスパルのその謝罪は本物だった。

しかし小風が真に話したかったのは自身の利き腕を負傷させられたことではない。
カスパルが全て一人で背負う判断をしたことであり、そうさせてしまった間自分が側にいれなかったことであった。


カスパルは元から責任感が異様に強く、こういう男であると自分が一番分かる立場にいたのに小風は結局何ひとつとして止めることはできなかった。
それなのにカスパルは今、自分の目の前で幽閉され、共に罪深い自分に対して謝罪をしている。
その姿が堪らなく小風自身の罪を浮き彫りにしていた。

「…謝るのは僕の方だ。」

一歩前に出てカスパルの視線に合うように片膝をつく。
カスパルは尚も視線を合わせようとしない。

「僕が君を止められたはずなのに、いや…君と同じ場所に立つべきだったのに全て君にやらせてしまった。
君には…大切な人もいるのに。」

“大切な人”という言葉にカスパルは微かに瞼を震わせる。
もう二度と会えない者を思い出すような、優しく寂しい瞳になった。


しかし一度強く目を瞑ると、小風の言葉をもう聞きたくないと遮るように落ち着いた声で話し出した。


「…何時だ、俺の処刑は。
その話をしに来たんだろう?」


カスパルは、この地下牢でずっと自身の処刑について考えていた。
生きたまま火炙りだろうか、斬首だろうか。執行はどの国が執り行うのか。

出来ればシムには見ていてほしくない。
カスパルの身体が無惨な姿になるのを見たらきっとシムに深い傷を負わせてしまうからだ。

処刑で決して楽になろうとは考えていない。
然るべき当然の結末に抗う意思がないだけであった。

自身の命にはもうケジメをつけている。

自身の心は、シムと通じ合えたあの奇跡のような夜に置いていこう。
命が終わる時、シムの幸せを願い、シムの周りにはいつも花が絶えないように願おう。

そして自分が誰かを心から愛したことを誇って目を閉じよう。

そう決めていた。



しかし、カスパルが予想していた返答は返ってこなかった。

「カスパル、君は処刑されないよ。」


「…、どういうことだ?」

カスパルは動揺したように初めて顔を上げた。
その表情は困惑に満ちている。

「そんな道理は通らない、近隣国が黙っていないぞ…!市民だって、」

しかし小風はいつもの飄々とした態度のまま肩を竦めて話を遮った。

「僕たちは近隣諸国と会議をしてきたんだ。
そこで正式に決まった。
君は、僕とセスとの面談の後なるべく早くにルージッドへ返還となった。
つまり明日以降の近日中、ということになる。」

「……、そう…か」

カスパルは拍子抜けしたように顔を再び下に向ける。

処刑を免れたと分かってもカスパルの表情はとても暗かった。
別に命など惜しくなかったからだった。

「まあ、僕としては早めに祖国に送られてほしいけどね。
君を早く殺せと叫ぶ市民もいる。
そんな奴らから君をここで守る労力も減るわけだし。
ルージッドでの今後はルージッドで改めて言い渡されるんだろう、僕たちはそこにも関与していないから安心してくれ。

ただ…。」



小風は言葉を切ると、腰をかがめカスパルの胸ぐらを掴み上げた。

先程の飄々とした表情は消え、酷く真剣で、憤りさえ感じる鋭く強い目でカスパル射抜いていた。


「シムの行方が分かっていないんだ。
僕は故郷のテューリンゲンにでも逃げ延びてくれていることを願っているが、きっとシムはジェーンと共に行動している。
そのジェーンの子がもし産まれていたとしたら、シムはどうなると思う?

…カスパル、君は本当にもう役目を終えたと思うか?」



カスパルは肩を振るわせながら顔を上げる。
その瞳は怯えと焦りを孕んでいた。


シムに危険が迫っている。
こんな所で鎖に繋がれている場合ではない、無意識に動くはずのない腕や足に力を込めた。


小風は徐に自身の剣を慣れない左手で抜く。

「…小風?一体何を、」

後ろでセスが焦った声色で話しかける。

しかし小風は振り返らずに、カスパルの鎖を潔い音を立てて打ち切っていった。
カスパルは自由になった手をゆっくりと握ったり開いたりしてみせる。

「お、おい!」

慌てて近づくセスを剣を持ったままの左手で制し、小風は話を続ける。


「カスパル、君は近日中ルージッドへ返還されるが、誰かさんのせいでシムもルージッドへ行くことが許されている。
君はこの“近日中”という間、誰にも見つからずにシムを助けに行けるか?
そしてまたここに戻ってこれるか?

…いや、無理だとは言わせない。これは命令だ。

シムを助けに行け。今すぐ。」


小風の今までにない強く低い声はカスパルの魂に火を灯していく。

自分にはまだ役目がある。そのチャンスを友から受け取った。
絶対に無駄にすることはできない。


カスパルはゆっくり立ち上がった。
小風と同じように、強い瞳で小風と視線を交わす。


「分かった。」

その声にもう悲観も絶望も諦めもなく、カスパルの本来の強さと生命力に溢れるものだった。


小風は左手で持っていた剣と、自身が羽織ってきたマントを脱いでカスパルに渡した。


「…シムを死なせたら、僕は君を一生許さないからな。」

自分で助けに行けない悔しさを隠しながら、低い声でカスパルに言い渡す。
その悔しさの欠片をカスパルも感じ取り、その役目を自分に与えてくれた友の肩を撫でた。



カスパルはマントを羽織り、剣を腰に差してセスと小風の間を通り抜けて扉を開ける。

暴動の主役となったカスパルの顔はマントに隠されて、誰にも気づかれないまま街に紛れていった。









 
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