身代わりで嫁いだお相手は女嫌いの商人貴族でした

今泉 香耶

文字の大きさ
36 / 37

本当のプロポーズ(3)

しおりを挟む
 夢のようだ、とアメリアは思う。あのアウグストが自分の前に跪いて、そしてプロポーズをしている。一体何が起きているのだろうかと思う反面、これ以上の幸せが自分にあるのだろうかと心が満たされる感覚にアメリアは包まれた。

 大体、何故彼はここにいるのだろう。どうして自分は彼とここで出会えたのか。それすらよくわかっていない。よくわかっていないけれど、自分の前で彼は自分が書いた手紙を読み、そして、その上で求婚をしてくれているのだ。

 まるで、間違った出会いをしてしまった自分たちのやり直し行うように。それは、アメリアにとって、心から歓迎するべきことだった。彼は自分を金で買ったと言っていたが、それすらなかったように思える。だって、彼はこうやって自分が欲しい言葉を与えてくれている。

(カミラの代わりでもなく、わたしに。わたしの名を呼んで、そして、わたしがいいと言ってくださっている……)

 そんなことが自分の人生であるなんて。アメリアは抑えきれない涙をぼろぼろと瞳から零す。頬を濡らし、あごを伝って落ちる涙。それを、アウグストは下から手を伸ばしてそっとぬぐってくれる。その彼の指が太くて長い男性のものだということに初めて気づき、アメリアは「あ……」と小さく声を漏らす。


(ああ、そんな風に、わたしに触れてくださるなんて)

 恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだ。かあっと頬を紅潮させたアメリアは、それでも自分の精一杯で答える。

「わたし、わたしで、良いのでしょうか」

「君がいい」

「……嬉しい……嬉しいです……嬉しい……あなたが好き……好きです……」

 その言葉を聞いたアウグストは、はっと瞳を大きく見開いた。

「そうだ。すまない。大事なことを言っていなかった」

 一体何を言うのかと思えば、彼はそっとアメリアの片手を取った。細くて、骨ばった手の甲。それを彼女は恥ずかしいと思う。だが、彼はそっとその甲にキスをした。

「わたしも君が好きだ。そして、君に、こんなわたしを選んで欲しい……ああ、そうなんだ。わたしは、アメリア、君のことが好きなんだ……」

 そう言って、アメリアを見る彼の瞳はまっすぐだ。アメリアは、息を呑んで彼の瞳をじっと見つめる。答えはわかっているだろうに、とアメリアは思うが、彼の瞳は真剣だ。

(ああ。こんな、みすぼらしいヒルシュ子爵家の庭園なのに。自分は、今世界で一番幸せだ……!)

 アメリアはそう思い、かすかに震える声で「はい」と答えた。どんなに考えても、他にうまい言葉は見つからなかった。だが、それでアウグストには十分だったらしい。彼は立ち上がるともう一度彼女を抱きしめた。その腕の中で、彼女は初めて自分から彼の服を握って、彼の胸に頬を寄せた。人というものは、こんな風に温かいものだったのだ……そう思った途端、彼女は再び泣き出してしまった。だが、アウグストはそれに焦ることなく、彼女の髪を撫でて優しく告げる。

「バルツァー侯爵家に帰ろう」

 彼のその言葉に、泣きながらも今度ははっきりと「はい」と頷いた。その自分の声が、これまでの人生でなかったほど、あまりにもきっぱりと、あまりにもはっきりとした響きを伴っていて、アメリアは驚く。

(わたし……少しだけ、やっぱり変われた気がする)

 そしてそれは、きっとアウグストもそうなのだ。彼の腕からするりと抜けると、アウグストは手を伸ばし、アメリアの手に指を絡めた。それに、彼女も軽くではあったが、ぎゅっと握り返したのだった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

氷の騎士と契約結婚したのですが、愛することはないと言われたので契約通り離縁します!

柚屋志宇
恋愛
「お前を愛することはない」 『氷の騎士』侯爵令息ライナスは、伯爵令嬢セルマに白い結婚を宣言した。 セルマは家同士の政略による契約結婚と割り切ってライナスの妻となり、二年後の離縁の日を待つ。 しかし結婚すると、最初は冷たかったライナスだが次第にセルマに好意的になる。 だがセルマは離縁の日が待ち遠しい。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。

悪役令嬢と誤解され冷遇されていたのに、目覚めたら夫が豹変して求愛してくるのですが?

いりん
恋愛
初恋の人と結婚できたーー これから幸せに2人で暮らしていける…そう思ったのに。 「私は夫としての務めを果たすつもりはない。」 「君を好きになることはない。必要以上に話し掛けないでくれ」 冷たく拒絶され、離婚届けを取り寄せた。 あと2週間で届くーーそうしたら、解放してあげよう。 ショックで熱をだし寝込むこと1週間。 目覚めると夫がなぜか豹変していて…!? 「君から話し掛けてくれないのか?」 「もう君が隣にいないのは考えられない」 無口不器用夫×優しい鈍感妻 すれ違いから始まる両片思いストーリー

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!

ぽんちゃん
恋愛
 ――仕事で疲れて会えない。  十年付き合ってきた恋人を支えてきたけど、いつも後回しにされる日々。  記念日すら仕事を優先する彼に、十分だけでいいから会いたいとお願いすると、『距離を置こう』と言われてしまう。  そして、思い出の高級レストランで、予約した席に座る恋人が、他の女性と食事をしているところを目撃してしまい――!?

【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!

りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。 食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。 だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。 食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。 パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。 そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。 王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。 そんなの自分でしろ!!!!!

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

処理中です...