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巡礼前夜
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明日から巡礼が始まるという夜、アルフレドは夕食を終えたリーエンの元に訪れた。明朝、出発の儀を終えれば、そこから巡礼を終えるまで基本的に2人は会えなくなる。
巡礼に行くとは言え、ゲートを使って行き来して夜には魔王城に戻るのだから本当の意味で会えないわけではない。だが、しきたりに出来る限り従うため、お互い「会いたい」といった感情でお互いの元へ行くことは我慢することになる。
「緊張しているか」
「少しだけ、緊張しています」
「そうか。よく眠れる茶を出してもらうと良い。慣れぬことを明日からするのだし、毎日戻ったら自分に心地良いことだけをして過ごすようにしろ」
「はい」
リーエンの部屋のソファに座り、向い合せでぽつぽつと話をした後、アルフレドは2つの箱を取り出した。ひとつは平たくてリーエンの手の平から指先全体ぐらいのサイズ。もう一つはもっと高さがあり、リーエンの手の中央に乗るほどのサイズだった。
「これは、俺からお前への……贈り物というにはおこがましいほど機能性重視のものなのだが。今から身に着けるように」
「えっ……? これは……バングル……ですか?」
「そうだ。これは、俺から漏れすぎた魔力がお前の体に害をなさないように、魔力酔いを防ぐための石がはめられている」
銀色のシンプルな細いバングルはリーエンの小指第2関節ぐらいの長めの細い石がはめこまれている。言われるがままリーエンが左手首につけると、アルフレドは彼女のその手をテーブルの上でそっと取り、何やら呪文のようなものをぼそぼそと唱えた。
「あ……?」
すると、間違いなくしていたはずのバングルはすうっと姿を消す。慌てて手首に触れてもバングルの感触は残っていない。
「見えないだけではない。そこにあるが、普段はお前の体と溶けている」
「体と溶けている!?」
「ああ。お前が、バングルの姿を見たいとか、外したいと意識すれば勝手に見えて触れられるようになるだろう。だが、いつも見えていては、装いによっては邪魔になるだろうし、常につけていることが望ましいものなのでな。それこそ、お前がこれの存在を忘れてしまっても良い」
「……」
彼が言う通り、リーエンは「バングルを見たい」と念じてみた。すると、今消えたと思っていたバングがすうっと手首に姿を見せる。「消したい」と念じれば、すうっと手首に本当に「溶けるように」埋まっていく。
「こんな術まで使えるのですね……?」
「ああ。便利なので、服で出来ないかと試したことがあったのだが」
「服!」
その発想はなかった、とリーエンは驚きの声をあげる。
「面積が大きいと無理なようでな。そのバングル程度までだ。それから、定期的に俺が術を掛け直す必要がある。だが、これは、魔力が強すぎる俺と共に生きるために必要なものだ」
「わかりました。ありがとうございます。問題がなければ、可能な限り見えるようにしていたいのですが……良いでしょうか」
「何故? そこにあると気にならないか?」
「なりますけど……アルフレド様からいただいたものを、そんな、まるでなかったもののように扱いたくないんですもの。それに、シンプルですから普段の装いを邪魔しないと思います」
「そうか……? 素っ気ないデザインすぎないか」
「足りない時は、他のブレスレットを重ねれば良いんですもの。アルフレド様からいただいたものですから大切にしますね」
リーエンはそう言って笑うと、手首を色んな角度に動かしてはそのバングルを見つめる。アルフレドも僅かに微笑み「そう言ってもらえるのは嬉しいものだな。邪魔でなければ、好きなだけ見えるようにしていてくれ」と言った。
「もう1つは何でしょうか?」
「ああ、こっちは、明日の出発の儀でお前に渡される例の指輪だ。大した説明もないはずだが、お前は先に説明を聞きたいだろうとコーバスに言われたので、前もって見せようと」
「例の指輪……ああ、魔力を集める、妖精界の女王が作ったと言われている指輪ですね?」
「ああ」
リーエンがコーバスからおおよその話を聞いたのだとアルフレドは知っている。古めかしい小箱を開けると、中には高級な布張りの土台の上に、一見して「綺麗」とは思えないような変わった指輪があった。
「無理矢理台座にサークルを作って6つの石をぎゅうぎゅうに詰めて、円の形に近づけているつもりなのだろうが、まったく円になっていないな……」
「まるで、子供が無理矢理好きなものを詰めたようですね」
様々な色のいびつな研磨前の細かい原石を、無理矢理金属の輪につめただけのもの。台座が文化的に感じるのに、石には原始的なものを感じる、見ただけで「何かおかしいいわくつき」に見える指輪だとリーエンは思う。
「石はすべて違うのですね」
「そのようだな。妖精界が6エリアで構成されているから6つ入っていると言われているが、それも迷信のようなもので何も記述は残されていない」
「魔石というものは、研磨したものとしていないもので違いがあるのでしょうか」
「ない。ただそのバングルのように身に着けやすくするため加工に合わせて研磨するというだけだな」
「そうなんですね」
リーエンは指輪を裏返したり厚みを見たり、飽きずに観察をしている。指輪のサイズは結構大きく見える。誰の指のサイズに作られているのだろう……と思えば、リーエンの思いを見透かしたのかアルフレドが「指にはめれば勝手にサイズが調整される」と説明をしてくれる。リーエンはその指輪と自分の手首のバングルを見て「魔力って凄いんですねぇ」と改めて嘆息した。
「魔力を注入する儀式が成功していてもいなくても、この指輪を我々が見て判断出来ることはない。お前はすべての巡礼を終えた後この指輪を返す。あとは婚姻の儀で俺が立会人からこれを受け取って終わりだ」
「立会人から受け取る……?」
「言っただろう。以前はこの指輪をそのまま魔王妃の指輪にしていたが、あまりにもデザインは酷いし、何より不吉だ。だから、指輪は別に用意をしてその代わり俺がこれを妖精界に持っていく約束を宣誓して立会人から受け取る。結婚式の翌日、俺は妖精界に行ってこれを妖精王に渡してくる。魔界の婚礼にいちいち妖精界が絡んでくるのが不愉快だが、こればかりは仕方がないな」
「翌日に行くなんて、お忙しいですね」
「妖精界に行くのも執務をするのもそう大差ない」
アルフレドはそう言って笑った。リーエンからすれば、婚礼の翌日にもう執務をしている時点で「お忙しい」だと思うのに……といったところだが、そもそも魔界に結婚式という概念は魔王以外にはないのだし、大きな会議のようなもの程度にしか思っていないのかもしれない、と考える。
「それから、しきたりを守って、巡礼が終わるまではあまり会わないように一応は気を付けるが……正直、破ったところでどうということもないしきたりだ。何かあれば、すぐに俺を呼べ」
「大丈夫なのですか?」
「お前はそういう時に我慢をして、貴族の矜持だか何やらでしきたりを優先してしまいそうだが、ここで大切なことはそれではない。魔族はみな、どこかしら享楽的で、高位魔族であろうとしきたりを優先しない場面が多い。だが、それは『守らなくても良い状況』にしているしきたりの方が悪い、守れと言うなら守らせるために堅固な仕組みを作れと言う考え方が元になっている。本当に守らせようとするなら、明日からお前は別の場所で寝泊まりさせるぐらいのことをする、という話だ」
「自分の意思で守るのではなく強制力を求めるということですか」
「そうだな。だから、明日からの巡礼は、魔王妃候補だけが入れる場所は本当に他者が入れないような術が施してある。そういうことだ。いや、俺が言いたいのは簡単にしきたりを破っていい、ということではなく……そういう発想をする魔族が言う『強制力がないしきたり』のために優先順位を間違えるなということだ。これは、この先も心得ていて欲しい。そして、魔界ではそれを破ったところでそこまで責められることはないと」
「わかりました。ありがとうございます」
リーエンは聡明だ。彼のその言葉はただただ自分を心配しているだけのものだとわかっている。ちなみに、この微妙な「魔界流」のせいでアルフレドは日々「確かにそういうことは出来てしまう状況だが、だからといってやるか?」と唸るような話を魔族達から持ち込まれて渋々対応をしている立場だ。そのため、自分がいつもその「魔界流」に頭を悩ませているのに自分達ばかり守らなければいけないのは不公平だとすら思うほどだ。
「何かあれば、アルフレド様のお力をお借りしますね」
「ああ。そうしてくれ」
アルフレドは指輪を箱にしまって立ち上がった。
「夜遅くに邪魔したな。では、明日の巡礼出発の儀で会おう」
「はい。アルフレド様もよくお眠りになってくださいね。おやすみなさい」
「ああ。おやすみ」
過度に「頑張れ」やら「期待に応えろ」等の声掛けもせず、アルフレドはあっさりとリーエンの部屋を出た。過剰な声がけは必要ない。ただ、彼女が今日はゆっくり眠れたら良いと思える。
(なるほど、魔力が安定をしていると、こんなに穏やかに2人でいられるものなのだな……)
抱きたい、触れたい、という気持ちは失っていない、いや、むしろそれは以前よりも大きい感情になっているものの、踏みとどまれる。そして、じんわりと胸に広がる愛しさというものを感じる。以前彼女と過ごしていたティータイム等も、あれはあれで良い時間だったのだが、今ならばわかる。自分はやはり色々と余裕がなかった。いや、表面上問題なく振舞っていたが、常に自分を抑えようという意識を伴ってのことで、彼女に集中を出来ていなかった。
だが、どうだ。こうやって自分と彼女だけの時間に、お互いのことだけに集中して過ごせるようになったら、こんなにも心が温かい。不思議なもので、その感情があまりに大きくなりすぎると逆に多くを彼女に求めることが出来ないようだ。その息苦しさの原因はわかっている。これが、自分がようやく彼女に自覚してしまった恋と言うものなのだろう。
(どれほど、自分の中のインキュバスの血が今まで強く作用していたのかがよくわかるな……)
強く好意を持てば持つほど孕ませたくなるなんて、考えれば考えるほど最悪だ。この調子で少しずつ魔力を回収して自分に馴染ませて安定させていかなければ。これまで自分の魔力運用に対して粗雑だったアルフレドは、心底そう思うようになった。彼のその意識は魔界全体として「やばい時はなんでも魔王がやってくれる」が通用しなくなるので大損害ではあるし、アルフレド自身も「逃げ」の一手として「俺がやればいい」を容易に使わないという大きな改革になるのだが、本来あるべき姿になるだけだ。少しずつ進めていこうと心に誓うアルフレドだった。
巡礼に行くとは言え、ゲートを使って行き来して夜には魔王城に戻るのだから本当の意味で会えないわけではない。だが、しきたりに出来る限り従うため、お互い「会いたい」といった感情でお互いの元へ行くことは我慢することになる。
「緊張しているか」
「少しだけ、緊張しています」
「そうか。よく眠れる茶を出してもらうと良い。慣れぬことを明日からするのだし、毎日戻ったら自分に心地良いことだけをして過ごすようにしろ」
「はい」
リーエンの部屋のソファに座り、向い合せでぽつぽつと話をした後、アルフレドは2つの箱を取り出した。ひとつは平たくてリーエンの手の平から指先全体ぐらいのサイズ。もう一つはもっと高さがあり、リーエンの手の中央に乗るほどのサイズだった。
「これは、俺からお前への……贈り物というにはおこがましいほど機能性重視のものなのだが。今から身に着けるように」
「えっ……? これは……バングル……ですか?」
「そうだ。これは、俺から漏れすぎた魔力がお前の体に害をなさないように、魔力酔いを防ぐための石がはめられている」
銀色のシンプルな細いバングルはリーエンの小指第2関節ぐらいの長めの細い石がはめこまれている。言われるがままリーエンが左手首につけると、アルフレドは彼女のその手をテーブルの上でそっと取り、何やら呪文のようなものをぼそぼそと唱えた。
「あ……?」
すると、間違いなくしていたはずのバングルはすうっと姿を消す。慌てて手首に触れてもバングルの感触は残っていない。
「見えないだけではない。そこにあるが、普段はお前の体と溶けている」
「体と溶けている!?」
「ああ。お前が、バングルの姿を見たいとか、外したいと意識すれば勝手に見えて触れられるようになるだろう。だが、いつも見えていては、装いによっては邪魔になるだろうし、常につけていることが望ましいものなのでな。それこそ、お前がこれの存在を忘れてしまっても良い」
「……」
彼が言う通り、リーエンは「バングルを見たい」と念じてみた。すると、今消えたと思っていたバングがすうっと手首に姿を見せる。「消したい」と念じれば、すうっと手首に本当に「溶けるように」埋まっていく。
「こんな術まで使えるのですね……?」
「ああ。便利なので、服で出来ないかと試したことがあったのだが」
「服!」
その発想はなかった、とリーエンは驚きの声をあげる。
「面積が大きいと無理なようでな。そのバングル程度までだ。それから、定期的に俺が術を掛け直す必要がある。だが、これは、魔力が強すぎる俺と共に生きるために必要なものだ」
「わかりました。ありがとうございます。問題がなければ、可能な限り見えるようにしていたいのですが……良いでしょうか」
「何故? そこにあると気にならないか?」
「なりますけど……アルフレド様からいただいたものを、そんな、まるでなかったもののように扱いたくないんですもの。それに、シンプルですから普段の装いを邪魔しないと思います」
「そうか……? 素っ気ないデザインすぎないか」
「足りない時は、他のブレスレットを重ねれば良いんですもの。アルフレド様からいただいたものですから大切にしますね」
リーエンはそう言って笑うと、手首を色んな角度に動かしてはそのバングルを見つめる。アルフレドも僅かに微笑み「そう言ってもらえるのは嬉しいものだな。邪魔でなければ、好きなだけ見えるようにしていてくれ」と言った。
「もう1つは何でしょうか?」
「ああ、こっちは、明日の出発の儀でお前に渡される例の指輪だ。大した説明もないはずだが、お前は先に説明を聞きたいだろうとコーバスに言われたので、前もって見せようと」
「例の指輪……ああ、魔力を集める、妖精界の女王が作ったと言われている指輪ですね?」
「ああ」
リーエンがコーバスからおおよその話を聞いたのだとアルフレドは知っている。古めかしい小箱を開けると、中には高級な布張りの土台の上に、一見して「綺麗」とは思えないような変わった指輪があった。
「無理矢理台座にサークルを作って6つの石をぎゅうぎゅうに詰めて、円の形に近づけているつもりなのだろうが、まったく円になっていないな……」
「まるで、子供が無理矢理好きなものを詰めたようですね」
様々な色のいびつな研磨前の細かい原石を、無理矢理金属の輪につめただけのもの。台座が文化的に感じるのに、石には原始的なものを感じる、見ただけで「何かおかしいいわくつき」に見える指輪だとリーエンは思う。
「石はすべて違うのですね」
「そのようだな。妖精界が6エリアで構成されているから6つ入っていると言われているが、それも迷信のようなもので何も記述は残されていない」
「魔石というものは、研磨したものとしていないもので違いがあるのでしょうか」
「ない。ただそのバングルのように身に着けやすくするため加工に合わせて研磨するというだけだな」
「そうなんですね」
リーエンは指輪を裏返したり厚みを見たり、飽きずに観察をしている。指輪のサイズは結構大きく見える。誰の指のサイズに作られているのだろう……と思えば、リーエンの思いを見透かしたのかアルフレドが「指にはめれば勝手にサイズが調整される」と説明をしてくれる。リーエンはその指輪と自分の手首のバングルを見て「魔力って凄いんですねぇ」と改めて嘆息した。
「魔力を注入する儀式が成功していてもいなくても、この指輪を我々が見て判断出来ることはない。お前はすべての巡礼を終えた後この指輪を返す。あとは婚姻の儀で俺が立会人からこれを受け取って終わりだ」
「立会人から受け取る……?」
「言っただろう。以前はこの指輪をそのまま魔王妃の指輪にしていたが、あまりにもデザインは酷いし、何より不吉だ。だから、指輪は別に用意をしてその代わり俺がこれを妖精界に持っていく約束を宣誓して立会人から受け取る。結婚式の翌日、俺は妖精界に行ってこれを妖精王に渡してくる。魔界の婚礼にいちいち妖精界が絡んでくるのが不愉快だが、こればかりは仕方がないな」
「翌日に行くなんて、お忙しいですね」
「妖精界に行くのも執務をするのもそう大差ない」
アルフレドはそう言って笑った。リーエンからすれば、婚礼の翌日にもう執務をしている時点で「お忙しい」だと思うのに……といったところだが、そもそも魔界に結婚式という概念は魔王以外にはないのだし、大きな会議のようなもの程度にしか思っていないのかもしれない、と考える。
「それから、しきたりを守って、巡礼が終わるまではあまり会わないように一応は気を付けるが……正直、破ったところでどうということもないしきたりだ。何かあれば、すぐに俺を呼べ」
「大丈夫なのですか?」
「お前はそういう時に我慢をして、貴族の矜持だか何やらでしきたりを優先してしまいそうだが、ここで大切なことはそれではない。魔族はみな、どこかしら享楽的で、高位魔族であろうとしきたりを優先しない場面が多い。だが、それは『守らなくても良い状況』にしているしきたりの方が悪い、守れと言うなら守らせるために堅固な仕組みを作れと言う考え方が元になっている。本当に守らせようとするなら、明日からお前は別の場所で寝泊まりさせるぐらいのことをする、という話だ」
「自分の意思で守るのではなく強制力を求めるということですか」
「そうだな。だから、明日からの巡礼は、魔王妃候補だけが入れる場所は本当に他者が入れないような術が施してある。そういうことだ。いや、俺が言いたいのは簡単にしきたりを破っていい、ということではなく……そういう発想をする魔族が言う『強制力がないしきたり』のために優先順位を間違えるなということだ。これは、この先も心得ていて欲しい。そして、魔界ではそれを破ったところでそこまで責められることはないと」
「わかりました。ありがとうございます」
リーエンは聡明だ。彼のその言葉はただただ自分を心配しているだけのものだとわかっている。ちなみに、この微妙な「魔界流」のせいでアルフレドは日々「確かにそういうことは出来てしまう状況だが、だからといってやるか?」と唸るような話を魔族達から持ち込まれて渋々対応をしている立場だ。そのため、自分がいつもその「魔界流」に頭を悩ませているのに自分達ばかり守らなければいけないのは不公平だとすら思うほどだ。
「何かあれば、アルフレド様のお力をお借りしますね」
「ああ。そうしてくれ」
アルフレドは指輪を箱にしまって立ち上がった。
「夜遅くに邪魔したな。では、明日の巡礼出発の儀で会おう」
「はい。アルフレド様もよくお眠りになってくださいね。おやすみなさい」
「ああ。おやすみ」
過度に「頑張れ」やら「期待に応えろ」等の声掛けもせず、アルフレドはあっさりとリーエンの部屋を出た。過剰な声がけは必要ない。ただ、彼女が今日はゆっくり眠れたら良いと思える。
(なるほど、魔力が安定をしていると、こんなに穏やかに2人でいられるものなのだな……)
抱きたい、触れたい、という気持ちは失っていない、いや、むしろそれは以前よりも大きい感情になっているものの、踏みとどまれる。そして、じんわりと胸に広がる愛しさというものを感じる。以前彼女と過ごしていたティータイム等も、あれはあれで良い時間だったのだが、今ならばわかる。自分はやはり色々と余裕がなかった。いや、表面上問題なく振舞っていたが、常に自分を抑えようという意識を伴ってのことで、彼女に集中を出来ていなかった。
だが、どうだ。こうやって自分と彼女だけの時間に、お互いのことだけに集中して過ごせるようになったら、こんなにも心が温かい。不思議なもので、その感情があまりに大きくなりすぎると逆に多くを彼女に求めることが出来ないようだ。その息苦しさの原因はわかっている。これが、自分がようやく彼女に自覚してしまった恋と言うものなのだろう。
(どれほど、自分の中のインキュバスの血が今まで強く作用していたのかがよくわかるな……)
強く好意を持てば持つほど孕ませたくなるなんて、考えれば考えるほど最悪だ。この調子で少しずつ魔力を回収して自分に馴染ませて安定させていかなければ。これまで自分の魔力運用に対して粗雑だったアルフレドは、心底そう思うようになった。彼のその意識は魔界全体として「やばい時はなんでも魔王がやってくれる」が通用しなくなるので大損害ではあるし、アルフレド自身も「逃げ」の一手として「俺がやればいい」を容易に使わないという大きな改革になるのだが、本来あるべき姿になるだけだ。少しずつ進めていこうと心に誓うアルフレドだった。
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