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近づく心(1)
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その夜、湯あみを終えてミリアが髪を乾かしていると、ヘルマが新しいタオルを持って来て手伝った。
「お嬢様」
「なあに」
椅子に座り、後ろの髪を拭くのをヘルマに任せる。本来彼女の役目はそういった女中のようなことではなかったが、進んで「お嬢様の髪はわたしが乾かします!」と彼女が言うので、そうしているだけだ。
「ヴィルマーさんは、お嬢様のことをお好きなんじゃないですか」
「……さあ」
うっすらと笑みを見せるミリア。
「わたしには、よくわからないの。誰かがわたしを好きになってくれるなんてことが……本当にあるのかしら。ヴィルマーさん……いいえ、ヴィルマー様はわたしの肩書きをご存じだったし、きっとサーレック辺境伯としては、王城へのつても欲しいのだと思うのよ」
彼がサーレック辺境伯の息子であることは、ヘルマには話している。何故ならば、ヘルマも彼の所作を見て、身分に関することをミリアよりも先に口に出していたからだ。
ヘルマはなんでも直情的で言葉にするように見えるが、そういったことはきちんと弁えている。そういう意味でも、ミリアは彼女に信頼を寄せている。
「でも、どういう形であれ、ヴィルマーさんがお嬢様に好意を抱いているのは、本当だと思いますよ。何も言われていないんですか?」
「ええ、何も。特に。お互いにお互いをどう扱えばいいのかを、測りかねているような、そういう感じね」
「そうなんですか……」
ヘルマは少し残念そうにため息をついた。
「それに、まだ出会ってそう経ってないでしょう。なのに、相手に好意を持つなんて……」
「……」
ミリアのその言葉で、ヘルマは一瞬手を止めた。それに気付いてミリアは
「ヘルマ?」
と、心配そうな声音で声をかける。
「いえ、いえ、なんでもありません」
なんでもなくはないだろう。ミリアはそう思ってヘルマを見る。彼女は、慌てて「いえ、なんでも! 本当に大丈夫です!」と繰り返す。ああ、そうか……ようやくその時、ミリアの腑に落ちた。
「あなた、もしかして……クラウスさんのことでも?」
「ちっ、違い、ます! そんなっ、こと、ないです!」
「ヘルマ」
ミリアは体を起こして、椅子の背ごしに振り返った。見れば、ヘルマは頬を真っ赤にして困ったように俯いている。
「わっ、わたしは、そのっ……そんな、恋愛感情なんて……お嬢様をお守りするためにここにおりますしっ……」
「いいのよ。ヘルマ」
「お嬢様」
「この町に滞在をするのは、あと2か月半よ。そして、彼らに会えるのも、今回はあと数日。それからあと2回、それぞれ1週間程度でしょう。わたしの治療が終わってから、あなたがどうしたいのか、きちんと考えてちょうだい」
「で、でも、そのっ……そんなことは別に考えなくてもいいと思います……そのう……どうせ、こんな気持ちは、クラウスさんには……」
そう言って、ヘルマは「お嬢様、髪を拭きますから!」と再びミリアの背を無理矢理椅子の背当てにつけるよう、両肩を押さえた。ミリアはそれに抵抗はせず、されるがままになる。
ヘルマはミリアの後ろ髪を丁寧に拭く。その様子は、特に何かを忘れたくてやっているような、逃避をしているような感じはなく、あくまでも「いつもの」様子だった。きっと、彼女は彼女で自分自身に対して我慢を強いているのだろうと思う。
(自分でも、馬鹿なことを言ったものだわ。出会ってそう経っていない相手に好意を持つなんて、そんなことはない、ですって……)
それでも、出会ってそう経っていなくてもわかる。ヴィルマーは、優しい。大雑把に見せかけているのは、その方が物事がうまく回るとわかっているからだ。ああ見えて、彼は配慮に長けた人物だ。きっと、サーレック辺境伯の息子であることを隠しているのも、その一つだろうと思う。本来、彼らがサーレック辺境伯所縁の者であると言った方が色々なことは楽なのだ。だが、彼はそうしない。あくまでも雇われている体裁を整えて、平民のふり、流れの傭兵や何かの振りをしている。
(きっと、本当は申し訳ないと誰よりも思っているのだろう。サーレック辺境伯の力が及ばないのは、サーレック辺境伯の責任ではない。だが、領主である以上責任追及は免れないともわかっている)
だから、せめて。
ミリアはヘルマに髪を乾かしてもらっている間に、うとうとと眠気に誘われた。やがて、彼女はそのまま寝入ってしまい、ヘルマに毛布をかけてもらうことになった。
「お嬢様」
「なあに」
椅子に座り、後ろの髪を拭くのをヘルマに任せる。本来彼女の役目はそういった女中のようなことではなかったが、進んで「お嬢様の髪はわたしが乾かします!」と彼女が言うので、そうしているだけだ。
「ヴィルマーさんは、お嬢様のことをお好きなんじゃないですか」
「……さあ」
うっすらと笑みを見せるミリア。
「わたしには、よくわからないの。誰かがわたしを好きになってくれるなんてことが……本当にあるのかしら。ヴィルマーさん……いいえ、ヴィルマー様はわたしの肩書きをご存じだったし、きっとサーレック辺境伯としては、王城へのつても欲しいのだと思うのよ」
彼がサーレック辺境伯の息子であることは、ヘルマには話している。何故ならば、ヘルマも彼の所作を見て、身分に関することをミリアよりも先に口に出していたからだ。
ヘルマはなんでも直情的で言葉にするように見えるが、そういったことはきちんと弁えている。そういう意味でも、ミリアは彼女に信頼を寄せている。
「でも、どういう形であれ、ヴィルマーさんがお嬢様に好意を抱いているのは、本当だと思いますよ。何も言われていないんですか?」
「ええ、何も。特に。お互いにお互いをどう扱えばいいのかを、測りかねているような、そういう感じね」
「そうなんですか……」
ヘルマは少し残念そうにため息をついた。
「それに、まだ出会ってそう経ってないでしょう。なのに、相手に好意を持つなんて……」
「……」
ミリアのその言葉で、ヘルマは一瞬手を止めた。それに気付いてミリアは
「ヘルマ?」
と、心配そうな声音で声をかける。
「いえ、いえ、なんでもありません」
なんでもなくはないだろう。ミリアはそう思ってヘルマを見る。彼女は、慌てて「いえ、なんでも! 本当に大丈夫です!」と繰り返す。ああ、そうか……ようやくその時、ミリアの腑に落ちた。
「あなた、もしかして……クラウスさんのことでも?」
「ちっ、違い、ます! そんなっ、こと、ないです!」
「ヘルマ」
ミリアは体を起こして、椅子の背ごしに振り返った。見れば、ヘルマは頬を真っ赤にして困ったように俯いている。
「わっ、わたしは、そのっ……そんな、恋愛感情なんて……お嬢様をお守りするためにここにおりますしっ……」
「いいのよ。ヘルマ」
「お嬢様」
「この町に滞在をするのは、あと2か月半よ。そして、彼らに会えるのも、今回はあと数日。それからあと2回、それぞれ1週間程度でしょう。わたしの治療が終わってから、あなたがどうしたいのか、きちんと考えてちょうだい」
「で、でも、そのっ……そんなことは別に考えなくてもいいと思います……そのう……どうせ、こんな気持ちは、クラウスさんには……」
そう言って、ヘルマは「お嬢様、髪を拭きますから!」と再びミリアの背を無理矢理椅子の背当てにつけるよう、両肩を押さえた。ミリアはそれに抵抗はせず、されるがままになる。
ヘルマはミリアの後ろ髪を丁寧に拭く。その様子は、特に何かを忘れたくてやっているような、逃避をしているような感じはなく、あくまでも「いつもの」様子だった。きっと、彼女は彼女で自分自身に対して我慢を強いているのだろうと思う。
(自分でも、馬鹿なことを言ったものだわ。出会ってそう経っていない相手に好意を持つなんて、そんなことはない、ですって……)
それでも、出会ってそう経っていなくてもわかる。ヴィルマーは、優しい。大雑把に見せかけているのは、その方が物事がうまく回るとわかっているからだ。ああ見えて、彼は配慮に長けた人物だ。きっと、サーレック辺境伯の息子であることを隠しているのも、その一つだろうと思う。本来、彼らがサーレック辺境伯所縁の者であると言った方が色々なことは楽なのだ。だが、彼はそうしない。あくまでも雇われている体裁を整えて、平民のふり、流れの傭兵や何かの振りをしている。
(きっと、本当は申し訳ないと誰よりも思っているのだろう。サーレック辺境伯の力が及ばないのは、サーレック辺境伯の責任ではない。だが、領主である以上責任追及は免れないともわかっている)
だから、せめて。
ミリアはヘルマに髪を乾かしてもらっている間に、うとうとと眠気に誘われた。やがて、彼女はそのまま寝入ってしまい、ヘルマに毛布をかけてもらうことになった。
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