弱みを見せない騎士令嬢は傭兵団長?に甘やかされる

今泉 香耶

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2人の想い(2)

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 ギスタークの後片付けなどをクラウスたちや警備隊、ヘルマに任せ、ヴィルマーはミリアと共にヤーナックの町に向かった。人々にあれこれ言われたが、それを軽く振り切って、彼はミリアの家に彼女を送り届けた。

「足は大丈夫か」

「まだ、力が入りません。少し無理をし過ぎたようです」

「あとでスヴェンが怒るかもしれない。先に連絡をとって言い訳をしておこう」

 ヴィルマーは先に馬から降りる。左足に力が入らないミリアは、慌てて前傾になって馬の首にそっとしがみついた。その手を「大丈夫だ」とヴィルマーはほどき、自分の首に回させる。

「俺に言っただろう。舞い上がってもいいって」

 それは、自分に甘えろ、という意味だ。ミリアは今更ながら、かあっと頬を紅潮させた。どうして先ほどはそんなことを言えたのだろうか、と自分でも驚くぐらいだ。だが、それほどきっと気分が高揚していたのだ。彼女は照れくさそうに呟く。

「少し……言い過ぎましたね」

「あっはは、今頃我に返ったのか。君は可愛い人だな」

 そう言って、彼女の体を馬から下ろし、横抱きの状態で家の扉を開けるヴィルマー。ミリアは何かを言おうと思ったが、言葉を失ったようでおとなしくしている。が、突然左足に激痛が走って、体を縮こまらせた。

「っつぅ……!」

「痛むか。炎症でも起こしているのかな」

「少し熱いです。でも、しばらくすれば収まりますので……ヴィルマーさん、後はお任せしても良いでしょうか」

「ああ、任せろ。寝室はどこだ? ああ、ここか?」

 そう言うと、ヴィルマーはずかずかと家の中を歩き、彼女の部屋に入った。それから椅子に彼女を静かに下す。左足の痛みに僅かに顔をしかめながら腰かける彼女の前で、彼は膝をついた。

「すまないな。さすがに土でそれだけ汚れていても、着替えやそのあたりは手伝ってやれない。ヘルマが戻るまで、なんとか着替えて、少しでも休んでいてくれ」

「はい。ありがとうございます」

「うん」

 彼はミリアの手を取った。先ほど彼が口づけた方と逆の手を持って、再びそっとその甲に口づける。まるで時間が止まったようだ。ミリアは呼吸を止めて、じっとその様子を見守る。こんな風に、男性が自分に口づけてくれるなんて。それをまじまじと見ると、鼓動が早くなって泣きそうな気持ちになる。

「正式なプロポーズは、また後でな」

「……はい……」

 彼女の返事に彼は嬉しそうに笑う。すっと立ち上がって「じゃあ」と部屋から出て行こうとした。ミリアはなんと声をかけていいのか困ったように、唇を半開きにして「あ……」と小さな声をあげた。

 すると、その声に反応したようにヴィルマーはくるりと振り返った。

(え? ヴィルマーさん……)

 少し早足で彼はミリアの元に戻り、手を伸ばす。突然のことでミリアはそれに反応が出来ず、彼を見上げるのが精一杯だった。

「っ!」

 頭を軽く押えられ、彼から与えられたのはあっさりとした口づけ。ミリアは驚いたが、その瞬間なんとか瞳を閉じた。まるで、ついばむようなキスを2回。そして、唇から離れ、頬に1回。彼はミリアを覗き込むように小さく笑って

「悪い。これぐらい許せ。我慢が出来なかった。じゃあ、本当に行ってくる」

と、ようやく部屋を出て行った。バタン、と閉じられた扉を見ながら、ミリアは椅子の背に体をもたれかけ、ずるずると尻を前にずらして体を低く沈める。左足がずきずきと痛んだが、そんなことは彼女にはもうどうでもよかった。

「甘えているのは、ヴィルマーさんの方じゃないですか……もう……」

 そう呟いてから、彼に口づけられた自分の甲に、軽くミリアもキスを落とした。

――俺は、君が好きだ――

 思い出す彼の言葉。なんてシンプルで、そしてなんて愛しい言葉なのかとミリアは思う。なんとなく。そう、なんとなく互いの気持ちにはわかっていたけれど、自分が口にするには恐ろしく、かといって彼から聞きたいのかと言われれば、それも少し恐ろしかった、その感情。やはり、その扉を開けたのは彼の方だった。

 やはり、自分は彼に甘えてしまっている。そして、それを彼はよくわかっていないのだろう。

――なるほど、君は情熱的な人だったんだな。知らなかった――

 それは、自分も知らなかった自分の一面だ。命の危機から彼が救ってくれた。そして、そんな彼が自分を好きだと言ってくれた。きっと、自分が高揚をしていたことを、彼は気づいていないだろう。いや、軽いキスをしてしまったことで、わかってくれたのだろうか。

(わかってくれたのか、だなんて。わかって欲しいと思っているのかしら……)

 なんだか、自分が欲深い人間になったような気がしてならない。だが、きっとそれを彼に言えば、別に問題ないだろう、とでも言ってくれるに違いない。そんなことを言う彼を想像して「ふふ」とミリアは小さく笑って、指でそっと自分の唇に触れる。

 心の底から湧き上がってくる、喜びの感情。それを邪魔するように左足の痛みは強くなっていく。「やれやれ」と言いながら、左足をさすった彼女の口元は、珍しく少し緩んでいた。
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