世間知らずの魔塔主は優しい娼婦を溺愛する

今泉 香耶

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1-1.始まりの日(1)

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「あーあ、まいったなぁ~」

 暗い館の広いエントランス。そこに立つ銀髪の男性は、のんびりとした声を出す。だが、その声音とは裏腹に、体はぐらりと傾き壁に寄りかかった。ぼんやりと足元を見ると、ぽつぽつと赤いものが落ちていく。ああ、自分の血か……そう気づけば、着ているフードつきの外套をやたら重く感じる。

「わたしだって好きで魔塔の主をやってるんじゃないんですけど。まったく、力で対抗しようとするから、こっちも力づくになるんでしょうが……」

 その声には生気がない。落ちてくるまぶたを「いかんいかん」と無理矢理こじ開けるが、すぐしかめっ面になって目は細められる。

「いてて、傷が多いな……とはいえ、これぐらいなら一晩眠れば……」

 ぶつぶつ言いながら、彼は手で空中に何か印を書いた。すると、足元に突然魔法陣が青白く光って浮かび上がる。長めの前髪をかき上げ、赤い瞳を細めると深く息をついた。現れた顔立ちは随分と整っている。年のころは二十代半ば。体のあちこちに負った怪我のせいだろう、顔色はすこぶる悪い。

「やあ、転移出来る魔力が残っててよかった……まさか人の魔力を吸収する作戦に出るとは……おかげで、半数は自滅してくれたようですけど。馬鹿だなぁ、ほんと……」

 そう言いながらもよろめき、息を荒くついた。そのエントランスには、100人ほどの人間が床に倒れている。半数は意識を失っているだけだが、残りの半数は既に事切れている。

 この館は既に人の手を離れているようで、あちらこちら埃をかぶっていた。きっと、自分を殺すために調達したのだろう……そう思いつつ、足元の魔法陣の様子に目を細める。

「まいったな……魔法陣の展開が遅いな……それにしても、よくもあの魔塔からわたしを『引っこ抜いて』転移させたものだ。それは感服しますよ。まーじ危なかった……これだけの人数の魔法使いがいれば、それぐらいのことも出来るんですねぇ。帰ったらちょっと結界を強く張らないと……って!? うわ!? なんだ!?」

 ぐにゃりと足元の魔法陣が歪む。しまった。こんなところにまで罠が張られていたなんて、と男は焦り、反射的に叫んだ。

(しまった。空間干渉されて……行き先が歪められる……!)

 魔法陣を正しく保たないと。そう思っても、どうにも歪みを修正することが難しい。すると、一人の男のかすれた声がその場に響いた。

「ははは! ははは! お前が転移をするのを、待っていたぞ!」
 
 床に倒れている男たち。そのうちの一人が、上半身を起こそうとしたが途中で力なく倒れ、それでも床に這いつくばったまま、狂ったように大きな声をあげた。

「よくも、大司教様を殺したな! 今こそ復讐の時だ! 3年がかりの計画を甘く見るな!」

 今更慌てても、と、銀髪の男は肩をすくめて言葉を返す。

「ええ~? だって、あの大司教が悪かったんじゃないですか? それに、殺したのはわたしではないのになぁ……そもそも3年でこれですか?」

 3年間かけて、彼の「敵」がやったことと言えば、まず彼が住む魔塔に間諜を何人か入れたのだろう。そして、魔塔の主がいる最上階の結界を緩める力技を発動するための魔法陣でも、日々静かに水面下で描いていたに違いない。3年間かければそれぐらいは可能だろう。

 そして、次は下位の魔法使いを大量に集めて、彼一人から魔力を吸収するための「器」に仕立て上げた。きっとそれは50人くらいがその役割を担っていたのだろう。だが、吸収しきれずに、その50人は勝手に自滅をして、今床に倒れている。

 そして、残りの50人は、彼を拘束するための魔法を使ったり、攻撃をしたりとあれこれ大掛かりだった。大掛かりだったが、まあそれは案外と効いていた。それでも、最後には全員倒れ、今彼がこの場に立っている。何にせよ、そのどれをとっても「三年間もかけてこれか」と彼にとっては失望となる結果だったのだが。

「あ~……無効化出来ないやつだ、この転移……」

 いつもならば、そんな「歪められた」魔法陣での転移なぞ、無理矢理無効化する。強引に魔法陣を打ち消してなかったことにするのだが、彼は既に「今持っている分」の魔力も底をついており、それすら出来ない。いや、正確には魔力を「回復したら、した分使われて」いるのだ。

「治癒が勝手に進むから、そっちに魔力が持っていかれるんだよなぁ~……生きるだけなら生きられるだろ……しかし、これ、どこに転移しちまうんだろうな……」

 はぁ、はぁ、と荒い息をつきながら、彼の姿は次の瞬間消えた。そして、床に浮かび上がった魔法陣も、綺麗さっぱり消えてなくなったのだった。
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