世間知らずの魔塔主は優しい娼婦を溺愛する

今泉 香耶

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2-1.娼館(1)

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 今日、バネッサは実に半年ぶりの休みを取得していた。だが、娼館に戻って自室で彼を寝かせた後、彼女は服を着替えて身支度を整えた。仕事を休んでいるとはいえ、時には挨拶程度で呼ばれることもあるからだ。

 毎日ブラッシングを欠かさない美しい茶髪は柔らかく波打つ。青い瞳を囲むように紺色のラインを細く入れ、うっすらと薄暗闇に映える化粧をする。ドレスは体の線を出しつつも下品ではないものを選んだ。大きく背中が出ていてデザインは色っぽいものの、うなじと腰にリボンを結んで、少しだけ可愛らしさを残したお気に入りだ。宝飾品は、呼ばれたらつけよう、肩が凝るし……と、手際よく着替え、姿見でチェックを入念にした。

「よし。さて、と」

 ちらりとベッドを見れば、男は静かに眠っている。彼が言っていたように30分を経過する頃、彼の「体重は元に戻って来た」らしく、ベッドに彼の体は深く沈んだ。すうすうと静かに眠る顔色は相変わらずよくない。が、死んでしまうのではないかと思ったのは、どうも余計な心配だったようだ。

(でも、あの時は本当に心配したのよね……)

 それは、彼の息が不必要に荒いのに細かったこと。足元に血だまりが出来ていたこと。そして、体があまりにも不自然に斜めに傾いて倒れていたこと。それらが要因だ。しかし、今の彼を見れば、まるでそんなことは嘘のように「少し怪我をしているが、穏やかに眠って」いるように思う。

 ベッドに横たわらせる前に、まず外套を脱がせた。裏地には血が大量にこびりついていたし、服もあちこち破れてそちらも血が固まっていたため、パラパラと赤い小さな塊が床に落ちていく。仕方がないので上半身の服をすべて脱がせれば、彼の体には酷い傷があちこち見られた。刺し傷に火傷に打撲に……と、とんでもない数の傷が現れたため、一瞬バネッサは声をあげそうになった。だが、どれも傷口はふさがっているようだったので、たまたまあった男性用のシャツ――昔の客が置いていったものだ――を着せた。

「それにしても、不思議な人ね」

 30分でも、彼は間違いなく魔法を使って、彼自身の体重を軽くしていた。だが、そんな魔法をバネッサは知らない。

「魔法って、炎、水、風、土の四つの属性だと思うんだけど……何を使ったらそんな自分を軽くすることが出来るのかしら? 風? それとも……土……?」

「無属性です……生活魔法の一種みたいなものですね……」

「わあっ!」

 突然言葉が返って来て、彼女は驚いて声をあげた。すると、眠っている青年の瞳がそっと開く。

「わたしの魔法の属性を知りたかったのでしょう?」

「え、ええ……」

 赤い瞳は、案外しっかりと開かれる。路地裏で初めて見た時は苦しそうに細められていたが、今は問題なく元気そうだ。

「先ほどの魔法が、あの時のわたしの精一杯でした。もう今日は魔力が底を尽きて……ちょっと無理をしたので……あれは無属性の魔法です。まあ、四大元素もすべて使えますが……」

「むぞくせい? それに、四大元素みんな使えるんですって?」

 バネッサは開いた口が塞がらない。そんな魔法使いがいるなんて聞いたことがない……そう言おうとすれば、青年はあっさりと「はい」と頷いた。

「そうなのね。ねえ、あなた、体は本当に大丈夫なの?」

「はい。一晩眠れば、朝には回復していると思います」

 あの瀕死の状態を思い出し、それはとんでもない回復力だとバネッサは思う。

「ありがとうございます……あの路地にあのままいたら、もしかしたら追っ手が来ていた可能性もあったので……」

「追っ手? やばいことはご免だわ」

「まあ大丈夫だと思うんですけど……そこまでやばい話ではないので、心配しないでください。いやぁ、あなたが助けてくれて助かりました……本当に……」

 よくわからない話だが、バネッサは「ふうん」と言って肩をすくめた。それから、次にもう一度質問をしようと思ったが、口を閉ざした。何故なら、男は再び目を閉じ、すうっと寝入ってしまったからだ。

「変な人……変な魔法使いね」

 そう言いながら、バネッサは彼の髪を何度か撫でた。眠っている顔も整っているな、と思いながら彼の前髪を軽くあげてみたが、彼は深く眠ったようでまったく動かなかった。
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