世間知らずの魔塔主は優しい娼婦を溺愛する

今泉香耶

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1-4.始まりの日(4)

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「ね、お医者さんを呼んでくるわ。待てる?」

「いえ、医者はいりません……それより……」

 声が小さい。耳を必死に傾けるバネッサ。

「なぁに?」

「どこか……ここではないどこかで……眠らせて欲しい……」

 苦しそうに息をつきながら、なんとか顔をあげる男。すると、頭に引っ掛かっていたフードが、ぱさりと後ろに落ちる。

「!」

 見れば、薄暗さの中でも分かる整った顔。前髪の隙間からちらちらと見える、苦しそうに細められている瞳は赤く、どことなく不吉な印象を抱く。しかし、顔色は悪いし、息は荒くハァハァと苦しげだ。そんな彼を、バネッサは放っておくわけにはいかない。

「そう言っても、あなたを連れていく力なんてわたしにはないわよ。今、人を呼んでくるから……」

「いえ……大丈夫です……手を……わたしを起こして……」

「ええ?」

 バネッサは、言われた通り恐る恐る手を伸ばした。と、彼は何かぶつぶつと呟いて、それから彼女の手を握る。

「わっ!?」

 驚いて声をあげるバネッサ。ほんの少し引っ張っただけなのに、男の体はあっという間に立ち上がって、彼女にもたれかかる。が、その「もたれかかって」いる状態でも、まったく体重を感じない。一体これはなんだ。驚いて何度か目を瞬かせる彼女に、青年は息も絶え絶えに話しかけた。

「これなら……運べますか……? 30分ぐらいしか、続かないんですけど……」

「30分? 何が?」

 何を言っているのか、という顔でバネッサは彼を見た。が、直後、それが「彼の体重がやたら軽い」ことなのだとうっすらと気付く。

(ああ、そうなのね? この人、魔法使いなんだわ。きっと)

 魔法使い。少しの魔力を持つものは、その辺でも普通に歩けば当たるぐらいで、そう珍しくもない。たとえば、明かりを灯すような簡単な生活魔法「だけ」を使える者は案外と多い。しかし、たったそれだけでは「魔法使い」とは名乗れないし、何の自慢も出来ない。

 本当に「魔法使い」と呼ばれる者は、四大元素の魔法のどれか、あるいは複数を使い、その属性にあった魔法を五つ以上使える者だと聞いたことがある。炎、水、風、土。それらから、あるいはそれらの掛け合わせた魔法を容易に使える者。きっと、この男は「魔法使い」なのだろうと思う。
「わかった。じゃあ、わたしの部屋まで連れていくわ。狭いけど我慢してくれる?」

「ありがとうございます……」

 弱弱しい声。時折、がくんと彼は意識を失いそうになって倒れそうになる。だが、それでも特に問題がない。なぜなら、今の彼は「バネッサが片手でも持ち上げられる」ほどなぜか軽いからだ。

 きょろきょろと周囲を見渡すと、たまたま人の気配が消えた。ちょうどいい、と路地裏から出る。

(本当に今日は散々だわ……実家は相変わらずどうしようもないし、通りがかりに死にそうな変な男を拾っちゃうし)

 だが、こうなっては仕方がない。バネッサ自身も理解しているのだが、彼女はなんだかんだで正義感が強い。時に「娼婦の癖に」と言われることがあるけれど、娼婦で正義感が強いことの何に矛盾があるのだ、と思う。

(……でも、えっと、どこに傷があるんだろう。大分血が流れていたみたいだけど、こんな運び方で大丈夫?)

 そうだ。彼の体の傷はどうなっているんだろう。そっと振り向くと、途中までは道に転々と血が落ちていた。だが、不思議なことにある一点からまったく血は落ちていない。

(そんなに簡単に傷がふさがるものかしら?)

 彼女の客には、ギルドに所属をしている傭兵たちもいる。そういう者は、時々「今日は怪我をしちまってて」と包帯を巻いているのにやって来ることもあるのだが……。

 いや、魔法使いなら、治癒魔法も得意かもしれないし、こんなこともあるのかもしれない……そう思いながらバネッサは人通りが少ない道を選び、娼館の裏口から男を部屋に運んだのだった。
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